第7話 大日本ホテル

太郎による国会襲撃事件後

太郎は、最悪のテロリストとして一気に有名になった。

多くの政治家が落下した破片によりけがをして入院し、日本の政治機構は完全に停滞してしまう。政治的空白が生まれたことにより、日本は世界から一気に信用を無くして円安が進行し、株価が暴落した。

警察は日本の面子にかけてテロリスト山田太郎を逮捕しようと全国手配をする。

「くくく……いい感じに混乱しているな。もっと騒ぐがいい」

とあるネットカフェに潜んだ太郎は、日本の混乱ぶりを眺めて、一人愉悦に浸る。

「それじゃ、そろそろ俺の破壊活動を金に換える活動をするか」

太郎はそうつぶやくと、自分の事を書き込んだホームページを立ち上げた。

「テロリスト山田太郎の部屋」と題されたホームぺージでは、太郎の個人情報から学生時代に受けたいじめの事、そして偽結婚式の動画を載せて誰でも閲覧できるようにする。

すると、太郎の情報に飢えていたネット民やマスコミの目にすぐに留まり、日本中になぜ太郎がテロ行為をするようになったかその原因と理由が広まっていった。

「ひでえな。こんなことされたら復讐したくなって当然だよ」

ちらほらと太郎を擁護するコメントも現れだす。それに対して、こんな声も多かった。

「いや、復讐するならそいつらだけにしろよ。なんで関係ない他人まで巻き込むんだよ」

もっともな意見である。しかし、太郎はそんな声に対して、完全に開き直っていた。

「奴らがこんなことをしても、何の罰も受けなかったのは、権力をもっていたからだ。人気者、高学歴、金持ち、容姿に優れる者たち。奴らは今の日本社会において優位な立場にいて、しかも集団でつるんでいるから、何をやっても許されるんだ。」

そんなことはない。日本は法治国家だから、ちゃんと訴えればよかったという声が挙がるが、太郎は聞く耳をもたない。

「現に俺は何人もの弁護士に訴えたし、警察にも相談した。しかし法務大臣の息子がしでかしたことだからと、誰も相手にしなかった」

その書き込みをみて、太郎を非難していた者たちも沈黙する。

「だから、俺は奴らの権力の源そのものをぶっつぶす。それは人間関係だったり、所属する組織だったり、財産だったりいろいろだ。当然、奴らが所属する国家ー日本そのものも対象に入っている。奴らは日本に守られたのだからな」

それを見て、自分には関係ない事として冷やかしで見ていた者たちも恐怖を感じる。

「所詮この世は弱肉強食で、地位が高い者が権力で下の者をねじ伏せるなら、俺はおとなしく蹂躙されたままではいない。暴力で、すべてをひっくり返してやる。俺の蹂躙を逃れたいと思うなら……」

太郎は魔力でネット上につくった仮想通貨『アーク』の販売サイトに誘導する。それは一コイン100万円で売り出されていた。

「『アーク』を買って俺に貢げ。そうしたら見逃してやってもいい。個人でも企業でもどちらでもいいぞ。自分の身や財産を守りたいなら、それなりのものを支払ってもらおう。日本政府は守ってはくれないぞ」

そこまで書き込んで、反応を探る。予想通り、こんな訳の分からない仮想通貨など買うものはおらず、『アーク』の価格はそのままだった。

「別にいいさ。俺が暴れれば暴れるほど『アーク』の価値があがる。ひいては、俺に富が集まってくるということだ」

そうつぶやくと、太郎は次のターゲットに向かっていくのだった。



大日本ホテル。

各国の国王や政治家が訪日した時にも使われるホテルの従業員控室では、一人の男が頭をかきむしっていた。

「くそ……山田のやつ、こんな大それたことをしやがって……」

テレビを見ながら、その男は不安そうに顔を覆う。そのうなじには、馬の蹄のマークが刻まれていた。太郎につけられた印である。

彼の名前は馬延信夫。このホテルに勤めて三年になる従業員である。

「偽結婚式を開いたのなんて、ちょっとした冗談じゃねえか。そもそも俺は誘われたから参加しただけであって……」

そうブツブツと自己弁護するも、誰にも言えない。史上最悪のテロリストと化した太郎が語った「24人の愚か者」は誰なんだと、マスコミは血眼になって探していた。

「そ、そうだ。俺は悪くないんだ。逆恨みして、俺の職場に突撃なんてことはないよな。そもそも俺はただのサラリーマンだし、会社は関係ないんだから」

必死にそう自分に言い聞かせている。太郎を嵌めた同級生の全員が、経営者や名家の子女というわけではなく、彼のようにしがない勤め人もいるのである。もし自分が原因で勤めているホテルに迷惑がかかったらと思うと、不安でしょうがない。

控室でうんうんとうなっていると、支配人からどやされてしまった。

「馬延!いつまでさぼっているんだ。交代の時間だぞ。さっさと仕事しろ!」

「は、はいっ!」

あわてて立ち上がって、受付カウンターへ向かうのだった。


ホテルの受付業務は忙しい。やってくる宿泊客の相手をしているうちに、いつしかすっかり日も落ちて夜になってしまった。

「もう夜の8時かぁ。そろそろ交代だな」

そんな気だるげな雰囲気が漂い始めたとき、自動ドアが開いて一人の客が入ってきた。

「お客様。ご宿泊でございますか……あっ」

その宿泊客を一目みた女性従業員が絶句してしまう。入ってきたのは、真っ黒い鎧兜と黒いマントを羽織った異様な男だった。

「このホテルに馬延信夫という男が勤めていないか?」

「は、はいっ。すぐにお呼びします」

その従業員は真っ青な顔をして、奥に入っていく。戻ってきたのは、支配人と信夫の二人だった。

「お客様。当ホテルの従業員に何か御用でしょうか」

「ああ。用は大ありだ。久しぶりだな。馬延」

その男は笑いながら兜をとる。その下から出てきたのは、現在日本中を騒がしているテロリスト、山田太郎だった。

「ど、どちら様でしょうか。あの、私には覚えがないのですが……どなたかと勘違いなさっているのではないでしょうか」

睨みつけられた信夫がとぼけようとした瞬間、太郎は天井の向かって腕を一振りする。次の瞬間、建物全体が激しく振動し、天井のシャンデリアが落ちてきた。

「きゃぁぁぁぁぁぁ!」

たちまち客や従業員たちの悲鳴でパニックになる一階受付だったが、太郎は無視して信夫の胸倉をつかむ。

「とぼけても無駄だ、お前には学生時代にも相当いじめられたし、あの偽結婚式でも世話になったよなぁ」

ものすごい力で首を絞めつけられ、信夫の顔色がどんどん悪くなっていく。

そのまま窒息死するかと思われた瞬間、上司である支配人が割って入った。

「お、お待ちください。当従業員になにか不手際でもあったのでしょうか」

「ああ。不手際どころの騒ぎじゃねえ。俺に一生忘れられないトラウマを植え付けてもらったよ」

太郎はつかんでいた信夫の喉笛を放し、ドンっと突き飛ばす。信夫は苦しそうに喉を抑えて咳をしていたが、それが収まるとその場で土下座を始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る