第七羽、仇なのだ。うむっ!

「ヤミにかかるよ。きをつけてね。しょうじ」


 謙一がのされた後、地蔵がまたしゃべった。


 もはや驚きは半減で、むしろ、なんで、こんなにも、しゃべるのかの方が驚きだ。


 てかっ。


 章二の背後。大きなイチイの木の根元で眠る謙一。一応、人質として確保だわよ。


 謙一から支給されていた布ロープで、ぐるぐる巻きにしてある。


 うむっ。


 そだね。


 地蔵の一言だが、今回は名前が入っている。しょうじ、とだ。この、しょうじは章二で間違いないね。いや、章二じゃないとするならば、障子だとか、商事にもなる。だがしかし、しょうじ、単体で意味を持つとなれば名前と考えるのが妥当だろうね。


 あの区切り方は単体だと考えてもいいから。


 唐突ッ!


 私が、色々と考えていると阿呆〔章二〕は池の水を手ですくいかけてきやがった。


 パシャ。


「ウフフ」


 ウフフじゃねぇ。冷たいわ。冬だぞ。今は。


 パシャ。


「アハハ」


 いや、狂ったのか、阿呆。


 パシャ。


「キャハ」


 やっぱり、狂ったようね。


 章二よ。


 それにしても、きっしょい声ね。寒すぎる。


 腐った人参と凍った大根をミキサーですり潰し混ぜてジュースにしたような声だ。


 この世の終わりの日から現われたタイムトラベラーに、明日、世界は終わります、なんて宣言された気分にもなるわよ。ムズムズ。背中が。こんな声を聞いても地蔵は相変わらずで、いや、むしろ、それこそが微笑ましいとばかり静かに微笑む。


 パシャ。


 てかっ。


 水、かけるな。冷たいからさ。死にたいの?


 パシャ。


 つうか。


 止めなさい。止めないと怒るわよ。マジで。いいの? 鉄拳制裁、喰らいたいの?


 ハァァ。


「俺さ。憧れててさ。海岸で戯れるカップルにな。それは、やっぱり、ウフフで、アハハで、キャハなわけだ。なあ、ミカンだったら、この感覚、分かんだろ?」


「はい。まったく分かりません。以上ッ!?」


 以下も中間もねぇ。OK?


 章二君。


 もう水をかけるなよ。死ぬぞ。真面目にね。


 うむっ。


 大体、私と、あんたじゃ、どこを、どう間違ってもカップル成立なんてあり得ん。


 例えば、


 さっきの、この世の終わりから来たタイムトラベラーが、この世界線の世界は滅亡しません、だから避難してきました、なんて意見を翻しても嬉しくないと思うくらいにカップル成立など、あり得ん。むしろ、この世の果てにダイブしてやるわ。


 あんたが、私の彼氏になったらね。うむっ。


 あんたは親の仇だわよ。仇敵。仇敵だわよ。


 うむっ。


 章二は私の心を読んだだろう。泣き始めた。


 しくしくと静かに貞淑に粛々と。きしょいから止めろ。警告。繰り返す。死ぬぞ?


 とッ!?


 目の端に、いきなりダッシュな地蔵が飛び込んできて彼は章二の目の前で止まる。


「ふふふ」


 と笑う。


「おい。どうした? なにかあったか? それともアレか。また、しゃべるのか?」


 なんて章二が、おどけて言っているが、地蔵はソコでフリーズして動かなくなる。


 私にも、章二にも、意味が分からず、だから地蔵が次に何をするのかを興味津々に待った。ここに柱時計でもあれば、カチリ、カチリと時間を刻む厳かな音が聞こえてきそうなほどの寂静なる刻。すると、唐突にも、ボーン、ボーンと時報が鳴る。


 私の妄想という幻の中で。


「うわっ」


 ソレが鳴ったと同時に章二がバランスを崩して倒れそうになる。


 無論、阿呆は、水をかける為、池の端に立っていたから、当然の如く、そのまま池にダイブしそうになる。ソレが分かっていたのか、地蔵は、章二を助けるべく手を伸ばす。1cm、0.5cm、0.25cm、と地蔵の指が章二の指に近づく。


 もうちょい。あとちょい。


 私は章二との距離が離れていたから、こうやって思うしか、手は残されていない。


 届いて!


 地蔵の指と章二の指の距離が一気に離れる。


 ざぶぅんなんて大きくワイルドな音を立てて章二は池に落ちた。


 思わず目を閉じてしまう。


 両手で目を覆ってしまう。


 うひゃ。


「冷てぇ」


 どうやら地蔵の助けは章二には届かなかったようだ。大丈夫ッ?


 章二よ。


 私は恐る恐る目を覆っていた手のひらの間から章二の無事を確認する。池の端だったから深さはないようだ。尻餅をついた章二が水浸し。地蔵は苦笑いをしながらも、やっぱり、こうなったか、というような顔で、ごめんね、と章二を見つめる。


「まあ、しゃねぇわな。自業自得ってやつだ」


 タハハ。


 と言いつつも、から笑って章二は天を仰ぐ。


 その後、池から上がった阿呆は、へっくしょんなんて漫画的な、くしゃみをする。


 ごめんと申し訳なさそうに頭を下げる地蔵。


「気にすんなよ。地蔵。俺が悪いんだからよ」


 と章二は、また、から笑ってから地蔵の肩を軽くもポンと叩く。


 そんな事があったから、まずは暖をとろうという事で、たき火をする事になった。でも私も章二も、たき火なんて生まれてこの方した事がないから四苦八苦して火をおこした。意外と地蔵が、たき火のコツを知っていたのが、大きな助けにもなった。


 パチパチ、と軽い音を立てて小枝が燃える。


 池のそばだから不意に燃え広がっても水はあるし、不安はない。


 むしろ、なんとなくだけども、切なくも懐かしい気持ちになる。


 私は、静かに、たき火の火を眺めつつ言う。


「でも、なんで、バランスを崩したの? なにもないアソコでさ」


「ううん」


 それ、聞くの? 聞いちゃうの? ミカン。


 なんて言いにくそうにしながら苦笑う章二。


「まあ、あんたにしては珍しい言いよどみだけど、それも、きしょいから止めてね」


「てかよ。ミカンの中で、俺って、どんなキャラなんよ? 俺だって言いよどむし、言いたくない事だって、いっぱいあるぜ? むしろ人より多いくらいだっつうの」


「うっさい。あんたは適当に言いぱなしが基本じゃない。この認識、間違ってる?」


「ううん。間違っちゃいない。けど、俺だって、色々、あんだよ。さっきも言ったけど、むしろ、それは人以上に多いっつうの。まあ、ちょっとだけ寂しいぜよ?」


 うむっ。


「そんな事はどうでもいい。それよりも、なんで、あの場面でバランスを崩すのよ」


 一時は、本当に、どうなるかって心配しちゃってハラハラだったんだわよ。阿呆。


 なんて言わないけど、まあ、心を読まれるんだよね。阿呆には。


「ちびっとだけど嬉しいぜ。正直な。ミカン」


 うっさい。黙れ。阿呆を心配して損したわ。


 フハハ。


 なんて思いながらも顔を赤くしてしまった。


 てかさ。


 思うんだけどさ。英輝も私の心を読んでいた。そして章二にはズバズバと心を読まれ続けている。もしかして、私って、そんなに単純で、お馬鹿なのかな。英輝には仕方がないとしても、章二に、こうも読まれ続けると自分で自分が恐くなる。


 不安になる。それこそ寂しい気持ちになる。


「まあ、それがミカンの良いところだ。うむっ、とか言っておく」


 また心を読みやがったな。


 章二よ。


 うむっは私の専売特許だ。とんな。べぇだ。


 ペッペッと、唾でも吐いておいてやろうか。


 うむっ。


 そして。


 なんとなく私らはお互い黙ってしまって、たき火を見つめる。もちろん地蔵もだ。


 でも地蔵がいてくれて良かったよ。こんな阿呆と二人っきりになったら何をされるか分かったもんじゃない。高校を中退させられたあとブラックな企業に就職させられて、そこで得た給料を全て吸い尽くされる。そんな状況にも、なりかねないぞ。


 マジで。


 まあ、ブラックな企業云々なんてのは、飽くまで例えだけどね。


「てかよ」


 どうした。章二。何か言いたい事があるの?


「さっき中断した話。バランスの話な。聞きたいか? 本当に?」


 バランス? ああ、なんで、あの場面でバランスを崩すのよ? って、やつの事?


「そうだな。これだけ言っておこう。お前の右肩に毛虫が乗ってるってな。ククク」


 えっ!!


 ちょっとマジで。マジで?


 私は、どちゃくそ焦って自分の右肩を左手のひらで、はたいた。


 すると毛虫というか、芋虫というか、そういった謎の生命体がUFO〔肩〕から無賃乗車だと蹴落とされた。目の前に、その艶やかな肢体を晒す。もぞもぞと動くソレは、もはや、この世で創り出された芸術作品のどれよりも暗黒でブラックだった。


 ズゾゾっと光すら捉えて放さないブラックホールがソコに在る。


「うわっ」


 きしょい。きっしょッ! 止めて。本当に。勘弁して。虫、嫌い。ごめんなさい。


「そうだな。冬にも毛虫がいるってのは、あんま、知られてないからな。ミカンも油断したんだろ。で、お前、虫が嫌いだったからな。……まあ、そんなところだ」


 止めて。目の前から、その謎の生命体をかき消して。お願いッ!


「バランスの話は、そんなところだ。以上も以下もねぇぞ。もちろん中間もなッ!」


 どんなところかは知らんが、毛虫をなんとかしてくれぃ。マジ。


 そんな私を見て、章二は、意地悪そうに笑ってから毛虫君をココから退場させる。


 と、お決まりの漫才を繰り広げていると、矢田京介こと地蔵は微笑ましいとばかりに笑った。ふふふ、と。そんな地蔵を見て、毛虫が恐くて不安だった私も安心した。むしろ微笑ましくもなる。笑い返す。それでも章二は意地悪そうに笑ってたけど。


 うむっ。


 そんなこんなの鍋敷き山での穏やかで、平和な、たき火だった。


 ただ、章二の服を乾かすのに時間がかかって時刻は夕方へと移り変わっていった。


「あ、そういえば、じしんがおこるよ、だったな。地蔵が言ったの。だろ。ミカン」


 違うっ。


「ヤミにかかるよ。きをつけてね。しょうじ」


 だわよ。


「それこそ違う。違う。その前に言った事だよ? 謙一が裏切る前に言った事。じしんがおこるよ、だ。俺の記憶が確かならな。その後に、ヤミにかかるよ、だぜ?」


「ああ、そういう事。でも、じしんがおこるよ、は既に解決済みの案件じゃない?」


 なんて、私が興味なく素っ気なく答えると。


「いや、何となく、弐臣が怒るよ、じゃねぇかなとか思ってな。どうでもいいけど」


 弐臣? なにそれ? 美味しいの? ほへ?


 と不思議な気持ちになって章二を見つめた。


 また、その様子をみた地蔵は静かに笑んだ。


 ふふふ。


 と……。

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