第六羽、戦闘力MAX

 …――眼前には近衛七斤衆〔このえななきんしゅう〕。


「若様。こちらのご学友の方々には眠ってもらいますか」


 朱色のラインが入ったフードを目深に被った女が言う。


 黒のネックウォーマーをマスクのようにして、目の下まで覆い、顔を隠している。


 現代版忍者と言えば適確かな。タートルじゃない忍者。


「そうだな。これだけ状況が不利だと分かっていても、なお、埋蔵金を諦めないんだからな。万が一を考えて眠ってもらおうか。よし。あとは、お前らに任せたぞ」


 七斤衆。


 謙一が、静かに目を閉じて右口角をゆっくりと上げる。


 うむっ。


 章二の、口から勝手に言葉が溢れる発言を聞いたあと、いきなり目の前に現代版忍者である近衛七斤衆が現われた。無論、このタートルじゃない忍者達は謙一の身辺警護を請け負っている暗殺集団だろう。まあ、暗殺・暗躍・暗算の暗殺の部分だね。


 空気が凜と冷え風花が吹き抜けてゆく。


 寒いッ!


 てかっ。


 もちろん、真面目に暗殺などはしない。


 けども、さっきヤツらも言ったように気絶させる事を生業としているんだろうね。


 それが暗殺なんだ。謙一にとって……。


 というか、本気で謙一は裏切ったんだね。なんとなくだけども悲しくなる、私は。


 だって謙一も間違いなく一年B組の一員で仲間なんだ。


 もちろん、予め予想できていて裏切る事は薄々感じていた。けど。……それでも、いざ実際に裏切られると悲しくなるってもんだわよ。当然だが、この場で、一番、裏切りに憤っているのは章二だろう。敢えてなのか、飽くまで飄々としてるけど。


「ククク」


 謙一じゃない。章二だ。一体、どうした。もはや哀しさMAXで笑うしかないの?


「そうだな。BOOMの島唄を贈ってやんよ。……ささやかな幸せは泡沫の波の花」


 ってな。


 BOOMの島唄。リアタイでは聞いた事がない。けど。


 動画視聴のお奨めに表示され聞いた事があるぞ。悲しいというか切ない曲だった。


 でも、今、そんな歌を歌ってどうする?


 というかさ。くちびるを動かさずに歌うなんて珍しい歌い方だわね。


 それ、凄いけど、無意味、味気がない。


 でも、あんた、そういうの本当に得意だよね。適当に生きてるおかげ? うむっ。


 てかさ。


 近衛七斤衆の背に隠れ、影を背負い、厭らしく笑う今の謙一に贈ってどうするの。今更、言うまでもないが、七斤衆の戦闘力はMAX。むしろ、戦闘力に全フリした無敵の暗殺者たる人選だと過去に謙一から聞かされた事がある。うむっ。だわよ。


 そうなのだ。前に、こんな事があった。


 一年B組の一員である、あのO君〔……オカルト好きのあのO君〕が街で格闘家崩れの不良に襲われた時、七斤衆の七人が謙一の影から現われて、その細マッチョな不良を瞬殺した。で、不良は、悔しかったのか負けたくないと仲間も参戦させた。


 その数が、10人以上に膨れ上がった。


 へへへ。


 謝んなら今のうちだぜ? ザコがよッ!


 もちろん手にはナイフや警棒などの武器を持ってだよ?


 で、七人いた近衛七斤衆は、それでも飽くまでも一人で相手をしてさ。で、瞬殺。


 不良さんたち十数人をだわよ。まさにモノホンの10ニキ伝説を地で行く活躍だったんだ。そんな戦闘力全フリな七斤衆の三人が私達の前に立ち塞がった。今度は頼もしい味方ではなく敵として。ピンチというより絶体絶命というより死んだね。


 間違いなくね。……もう笑うしかない。


 うむっ。


 いや、うむっなんて言ってる場合じゃない。真面目に。


 私はドキドキという音で跳ね回る跳ね馬ライダーな心臓を、なんとかかんとか飼い慣らし、不敵に笑う章二を見つめる。勝算があっての事なのか、或いは、いつもの通りに何も考えてなくて適当に笑っているだけなのか、その判断すらつかない。


 まだ不敵に笑む章二は右口角を上げる。


「それとも。……完璧な嘘つきな君は天才的なアイドル様とでも贈っておこうか?」


 YOASOBIだわよ。YOASOBIのアイドルだ。


 てか、BOOMもそうだが、こんな場面で、歌詞を、曲を、贈ってどうすんのよ。


 また唇を、しっかと結んだままで歌ってやがる。本当に意味がない。無意味だよ。


 てか、それこそ地蔵の意味深な一言の真似っこ? まあ、なにも考えてねぇよ、なんて言われちゃったら、はい、それまでよ、なんだが。そうこうしている内にジリっと音を立て七斤衆が一歩を踏み出す。瞬間、章二は上半身だけを仰け反らす。


 そのままバランスを崩した状態からバク宙を敢行する。


 そうして数回のバク宙を挟み、七斤衆との距離をとる。


「ククク」


 と、また意味深な笑いの章二。うむっ。


 ドキドキし過ぎての、うむっ、だわよ。


「カモン」


 と挑発をしているんだろうか。章二よ。


「カモン、地蔵ッ!!」


 ほへっ?


 なんだよ、いきなり。拍子抜けて、こけそうにもなる。


 危ない。


 てかっ!


 地蔵を呼んでどうする。思わず改めて地蔵に視線がいったけど笑ってるだけだよ。


 今も、まだ。唯々ね。


 ふふふ。


 ってさ。


「ぐぅっ」


 七斤衆の内、青のラインが入ったフードを目深に被る細身の忍者が仲間を制する。


 どうやら、この青ラインが三人のリーダーらしく他の二人も青ラインに従う。もちろん、私には、なんで忍者達が警戒しているのか分からない。謙一にも分からないらしく、しきりに、行けッ! なんて命令しているけど、忍者達は動かない。一切。


 私達の視線が地蔵に集中する。その刹那。おもむろにも地蔵の口が静かに開くッ!


「おやかたさまがピンチだよ。ヤバいよ」


 うおっ!


 どういう意味だ。意味が分からないぞ。


 なんて私が考えていると、忍者達、近衛七斤衆は、三人、寄り集まり、ボソボソと小さな声で相談を始める。謙一も、なにかしらの圧に、たじろいだのか、言葉を失っている。いや、そろそろ地蔵のアイデンティティの危機だ。本当によくしゃべる。


 今の地蔵はね。それこそどうしたんだ。


 まあ、そんな事よりも、今は、おやかたさまがピンチって、どんな意味があるの?


 章二に視線を移すと笑ってやがった。分かってるのか、あんたは、この意味をね。


「当然だろう。分からんわけがねぇぜよ」


 うむっ。


 と、なんで章二に分かって、私と謙一には分からないんだ。何か、めっさ悔しい。


「ご免ッ」


 とッ!?


 ザザッと、いきなり七斤衆が散開。燃え尽き墜ちる線香花火の火種が如く、ここから消え去ったのだ。突然の事で、また言葉を失う謙一。若様である己の命令を無視して持ち場を離れた忍者の三人に、どんな思惑が在ったのか、と茫然自失だ。


「テケテケテケ、テン」


 と一方で章二は調子が外れたハミングで軽いテンションを演出する。


 無論、あの味気なく意味もない、単なる特技を使ってだ。口を締めたままのアレ。


「やっちゃいました。やらかしちゃいました。てへ。暗躍と暗算。分かんねぇベ? 誰にも分かっちゃいねぇべ? 俺が、なにをしたのかをな。だろ? ミカン?」


 うん。私も分かってない。一切、理解してない。今のあんたの行動。


 うむっ。


「よかろう。冥土の土産に、懇切丁寧に解説してやろうではないか。この俺様がな」


 フハハ。


 ウザっ。


 章二よ。


 なんて、私は思ったが、謙一の方は、そうだな。頼む。解説を。と低姿勢を保つ。


 信じられない事が起こって逆に謙虚になったんだろう。


 それを聞いた章二は笑いながらも言う。よきにはからえと前置きをしたあとでだ。


「近衛七斤衆ってよ。七人いただろうが」


 あ、そうだわよ。O君が襲われた時、確かに七人いた。


 それに近衛七斤衆なんていう名が付いているという事は本来は七人組なんだろう。


「で、今、目の前にいたのは三人だ。これが意味するのは別行動の四人は他の任務が与えられていたって事だ。ソレが何なのかは分からん。けどソレは間違いない」


 ソレ、ソレ、言われてしまい、ちょっと混乱したけども言わんとする事は分かる。


 つまり。


 七人の内、三人が謙一の警護で、残りが別行動で他の任務にあたっているという事だよね。で、三人と四人を比べれば、四人の方が、より重要な任務の可能性がある。もちろん、四人が更に別れて別々の任務となればソレは当てはまらないけどさ。


「正解だ。お見事な解だ。ミカン。でだ」


 また心を読みやがった。つか、デフォ。


「俺は残り四人が固まって別任務を受けていると考えた。いや、その可能性に賭けた。博打だな。ソレは、のるかそるかだったけど、まんまと成功したってわけだ」


 うむむ?


「一体、どんな可能性に賭けたの。章二」


「地蔵が、おやかたさまがピンチだよ、って言ったろうが。そこまで言っても分かんねぇか? おやかたさまだぞ? まあ、サービスでの追加ヒント。若様は謙一だ」


 ああ? おやかたさま、若様、だって?


「ああ!」


 私の脳内に、抜け落ちていたピースが天から舞い降りて、がっちりと絵にハマる。


「御館様なのね。つまり謙一の父親。轟建設の会長ッ!」


「そうだ」


 と章二。


 私は、しきりに頷いて章二を見つめる。


 つうか。


 と私だ。


 続ける。


「別行動の四人組は御館様の警護にあたっていたと。つまり三人で警護にあたる謙一よりも御館様の警護の方が大事って事ね。で、おやかたさまがピンチだよ、か」


 うぬぬ。


 なるほど。そうなれば、あの散開も、妙に納得だわよ。


「まあ、閃きが嬉しくて、ちょこっとだけ説明臭くもなってるミカンも好きだぜ?」


 俺はよ。


「てか、はよ、続きを。章二。御館様の意味は分かった。けど、それは地蔵が言った事だし、しかも忍者軍団が言葉を信じて散開する理由にはならんぞ。オッケ?」


 私の気持ちは急いていて続きが気になってしょうがない。さっさと続きをだわよ。


 うむっ。


「まあ、あれだ。あの三人組の忍者は謙一の警護だろ? だったら謙一の影に隠れ、密かに、俺達、一年B組埋蔵金発掘チームに付いてきたと考えられるわけだ」


 そうだね。それは間違いない。うむっ。


「そしたら地蔵の神秘性だって知ってるわけだ。ゆみがとんでくるよ、だとか、じしんがおこるよ、だとかだな。埋蔵金に関してもヤツらは在ると断定したからこそ」


 地蔵の一言には、あり得ないほどの力が在る、と信じちゃっていたわけだ。だろ?


 ああ。章二。そうか。私達も地蔵の一言に振り回されるまくった。それは、やっぱり、何らかの言葉の力というか、存在感というか、そういったものに不可思議さを感じちゃっていたからだ。謙一の後ろという影に付いてきた忍者軍団も、だろうね。


「まあ、ここまでが暗算だ。裏で計算して出した結論だ」


 うむっ。


「でも、だったら、なんで、あの瞬間、都合良くも地蔵がしゃべったのさ。章二よ」


 あんたが、カモン、地蔵ッ!! なんて言った瞬間に。


 助けてくれた、なんて誤魔化すわけ? はよ、続きを。


「アハハ」


 と章二が腹を抱えながら笑い、そして、私を見つめる。


「ああ、そうだな。都合が良すぎるぜ。しゃべらないがアイデンティティなのにな」


 でしょ?


「俺、これも出来るんだ。子供の頃、配信動画で、ゾンビドラマ、できるかなってのを観てな。のっぽさんってのが出てくんだよ。で、のっぽさん、しゃべんないの」


 うむっ。


「で、のっぽさんって、こんな声か? それともとかアレか、とか、色々、想像するのが面白くてよ。自分の声もあてて遊んでた。そしたら出来るようになった」


 てへッ!


 と、一切合切、口を開かず、動かさずに、言い放った。


 ふ、腹話術かッ! そうか! アレは章二が言っていたのか。あの地蔵の言葉は。


 思い返せば、くちびるを結んだまま歌ったりもしてた。もしかして、アレは地蔵に向けて、俺、こんなの出来るから協力してくれって。ああ、そうか。だから贈るって言ったのか。なるほど。アレは謙一に贈るじゃなくて地蔵に贈るだったのかッ!


 そして地蔵に口パクをさせた。章二の腹話術に合わせ。


 つまり、


 地蔵への合図だった訳だ。あの歌は。章二、やるじゃん。ちょっとだけ見直した。


 うむっ。


 ふふふ。


 そだね。


 なんて言葉を形にはしなかったが、地蔵が、確かに、そう言ったような気がした。


「それにしても、こんなにも、あっさりと引くなんて俺もビックリだぜ。おやかたさまがピンチだよ、は、マジ気に博打だったから宝くじで一等を当てた気分だぜ?」


 まあ、でも、ヤツらは戦闘力に全フリの脳筋だからな。


 適当な俺ッちの適当なる作戦でも成功するってわけだ。


 とまでは言わなかったが、そんな事を私に言いたげな章二の気持ちを受け取った。


 クソがッ! と謙一が顔を歪めて悪態をつき、舌打ち。


「チッ。近衛七斤衆が役に立たないならば、俺が、直接、手を下すまで。目にものを見せてくれるわ。ククク。本家本元の暗殺・暗躍・暗算の恐ろしさを思い知れッ!」


 チーン。


 いつもいつも裏で暗躍して自らが手を下す事が少ない謙一が、適当でブレイクダンスまで出来る章二に敵うわけがない。もちろん、言うまでもなく、謙一は、章二に、のされた。それこそ瞬殺。秒で。謙一が突っ込んできたところに飛び膝一発だ。


 チーン。


 ファイト・一発。謙一、少し、そこで反省なさいだわ。


 こうして一年B組埋蔵金発掘チームは、また、一人、減った。英輝に続き謙一も。


 まあ、謙一の場合、自業自得で、しかも発掘チームのメンバーというか、リーダーである章二に、のされてなんだけどね。というか、章二と私、そして地蔵しか残っていない。で、地蔵は、しゃべらないから、実質、章二と私の二人きりだわよ。


 マジか。


 マジでか。うぬぬ。まあ、でも何かがある、つまり色恋のソレは絶対にないから。


 間違いなど、若さゆえの過ちなど起こるはずもないのだ。フハハ。誠に残念だが。


 あったら、それこそ死ぬわ。安楽死させてもらうわよ。色恋のソレにね。うむっ。


 そんな事を考えていたら、また地蔵が笑った。静かに。


 ふふふ。


 と……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る