クソ病院ハンター、寧護

白都アロ

第1話 病院の怪談、見えない誰かの話(+1)

 『昔、施設で働いていた時の話なんだけどね。

 夜勤で巡視をしてて、看護師二人夜勤で二人一緒に巡視をしてたの。そしたらある患者さんの前に行ったらさ、その患者さん起きてて、私たちを見てこう言うんだ。

「今日は、看護師さん3人で夜勤なんだね。」

 看護師は二人しかいないのに、3人。何度訂正しても3人だって。だからどうせ幻覚だと思って、そのまま夜勤を続けたの。そしたら明くる朝、他の階で患者さんが亡くなってて、その患者さん、若い頃は看護師だったらしくってさ。それ聞いた瞬間、ゾッとしたよ。』

 

 そんなオカルティックな体験談の話を、日本のリトルオーストラリアで初めて共に夜勤する50代女性看護師から聞き、『ほへー。』と思った僕だった。

 で、この翌週。もう一度、僕と彼女の夜勤があった。そんな話を聞いた事自体忘れて迎えた午前2時。相方は休憩室で休憩を。僕は僕で詰所で粗大ゴミのようなボロボロで重い簡易ベッドで休憩を。

 そう、お気づきだろうか?この病院は看護師二人同時に夜間の休憩に入るのだ。他に夜間帯の勤務者はいない。なんともまぁ、怖い話である、が、それを伝えたかった訳ではない。

 ゴミベッドに横たわり、目を閉じていると、女がギャアギャアと騒ぐ声がする。しばし聞こえないふりをするが、その声は終わることがなく、暗い病棟にこだまする。

 どうせ、患者だろう。放っておきたい所ではあるが、他の患者が覚醒すると厄介だ。様子を見に行こう。廃棄物ベッドから降り、靴を履き、廊下へ。相方の看護師も休憩室から出てくるが、しっし、と手を振り休憩室に帰らせる。僕一人で十分だろう。

 で、騒ぎの現場に来てみれば。無言で座る女性患者に怒鳴る女性患者。予想通りの光景だ。怒鳴っている患者が一方的に絡んだのだろう。

「はい、はい。夜中にこんな所でパーティータイムしないでくれるかな?部屋、帰るよ。」

 騒いでいる方を、個室の自分の部屋に誘導する。誘導された後も、あーでもない、こーでもない、と喚き続ける。

 眠い頭の中でBボタンを連打しつつ、はいはい、と傾聴もどきをし、彼女が落ち着いた所で、

「もう騒がないで、寝なさいよ。」

 と、言い残し、僕は個室を出ようとする。すると

「ねぇ、看護師さん。なんか今日、不幸ごとあったの?」

 問いかけられる。

「いや、誰も死んでないけど。なんでまた。」

 問いかけかえすと、彼女は何もない、窓しかない方向を見て、言う。

「ね、××ちゃん。さっきそう聞いたもんね。」

 何もない、誰もいない空間に、話しかけている。

 なんとなく、ゾッとした。この患者が、イマジナリーな相手に話しかける姿は、僕は見たことがない。でも、この患者は、先日男性患者とこの部屋で桃色遊戯を完遂させて以来精神的に不穏になっている為、そんな事を急に言い出してもおかしくはない。

 僕的には、説明のつくある意味見慣れた光景ではあったのだが、やはりゾッとした。

 だが、こんなのもどうせ妄想か幻覚なのだろう。

「とっとと寝てくださいよ。まだ夜中だから。」

 そう言い残し、愛の巣・・・じゃない、病室から出て詰所へ。手を洗い、ドクターの机の椅子に座り、自分のカバンを漁る。夜食のパンを取り出し、頬張る。電子レンジで温め直したい所だが、詰所に電子レンジはない。諦めて、頭空っぽのまま、頬張り続ける。

 半分ほど、食べた頃。詰所から廊下が見える窓を見る。そこに、人が。初老の、人。普段着の、おじさん。バッチリと目が合う。

 ・・・患者、かと一瞬思った。が、多分、この病棟に、こんな患者はいなかった筈だ。なんぼ患者の顔をおざなりに覚えている私でも、断言できる。こんな患者は、現在病棟にいない。

 では、こいつは、誰だ。思考は激しく巡るが、そこに解はない。

 とりあえず、パンをもう一口。

 男が、歩き去る。詰所のドアの前に来る。

 ・・・新入した、不審者か?

 これ以外に、出る解はない。その解が出たからには、パンを口に突っ込み、構える。キャスター付きの椅子で殴るのが最強か。自分の座っている椅子を掴む。

 ちゃら、ちゃら、と音がする。これは、鍵の音。鍵を持っていると言うことは、多分、職員か。

 男が詰所の鍵を開けて、入ってくる。

 無言で、睨みつける私。

 男は、開口一番。

「死にそうな患者は、どこですか?」

 ・・・?

 こいつは何を言っているのだろうか。

「え・・・?そんな人、多分、いないと思いますが・・・。」

 ・・・?

 今度は男が首を傾げる。そして、

「あ、階間違えたかも。」

 答えを述べる。そして、慌てて詰め所から出ていく。下の階に向かったのだろう。

 再び一人になった僕は、今の男が当直医なことを思い付きながらも、椅子から動けずにいた。

 まさか・・・ね。先ほどの不穏な患者の発言を思い出し、再びゾクゾクしたが、そんな、まさか。

 そんな時、ノックされる詰所の窓。

 先ほどの不穏患者だ。また、あーでもない、こーでもないを始めようとした所で、

「ね、そんな事より、さっきの不幸ごとの話、誰に聞いたの?」

 話を遮り、先に問う。

「んー、分からない。被害妄想かなー?」

 そういった後、会話ははちゃめちゃな方向に走り出す。

 なので、ヒートアップする前に、再び愛から生まれた事故現場の自室に追い返す。

 一人になった所で、ぼーっとしてみる。まさか、まさかね・・・。

 しばらくして、午前3時。相方が起きてくる。

「他のフロアに、死にそうな患者さんいるみたいですね。」

「あー、なんか数日以内に亡くなりそうな人いるって、そう言えば。」

 あああああ。なーるほど。納得いってきた。

 ここまでの、事の一部始終を説明する。

「えええええ、何それ、怖い・・・。」

 ビビる相方。そして、

「電子カルテ、見てみようか。」

 そう、この病院は電子カルテなので、他の病棟の情報を見れるのだ。

「確か。この患者だったと思うけど・・・。」

 その噂の患者のカルテを覗くが、準夜からの記事がない。

「記事、ないって事は、生きてんでしょう・・・多分。とりあえず、オムツ行きますか。」

 そう言って、詮索を辞め、オムツ交換に二人でかかる。で、オムツ交換なんぞしていたら、あっさり時間は過ぎまして。午前4時。

 二人でオムツ交換を終え、汗を拭いながら詰所に帰って来て、僕が先に手を洗う。そうして、ペーパータオルで手を拭きながら内線と外線が入る電話機の横に立つ。その時。鳴り出す電話。こんな時間に電話がかかって来る事は、まず、ない。

 言い様のない、嫌な予感。

「え?え?何?やだ。」

 相方も何かを感じたらしい。わざわざ、僕が取れるタイミングで鳴る電話。僕に取って欲しいのだろう。

 きっと、これは、必然。

「はい、もしもし。」

 淡々と、受話。

「セレモニーです。⚪︎⚪︎さんのお迎えにあがりました。」

 ・・・葬儀屋。と、言うことは。患者が死んだのだろう。件のフロアに外線を繋ぎ、電話機を置く。

「葬儀屋、でしたねー・・・。」

 ドン引きしながら、相方に報告。

「え?えー・・・。」

 カチカチと、相方が電子カルテをいじり出す。

「あ、更新されてる・・・午前2時頃、ステってるわ・・・。」

 怪談、成立。丁度、私が不穏患者と話をしていた頃の時間ジャストである。

「怖い・・・。やだ・・・。」

 怯える相方。それを見ながら、僕は、もう一つ、気づいてはいけない事に気がついてしまう。

 この手の話には、絶対必須の、オチが、あるのだ。

「・・・あの、死んだ患者の病室って、どこかわかりますか?」

 カチカチと、マウスをいじる。

「206」

 ・・・確定。不穏な患者のラブルームは、306。

「これ、多分真下・・・ですよね。」

「ええええええええええええ。まさかー。」

「確認、しに行きましょうか。」

「やだよ、絶対やだ。」

「ここまで来てんですから、確認しなきゃ、ダメでしょう。」

「絶対やだ。」

 相方のヤダヤダ期は覆せず、結局私一人で件の病棟へ。

 サクッと、結果を見届けて、帰棟。

「やっぱ、真下でしたよ。」


 要約すると、現実と妄想の区別がついていない不穏な患者が、そのドグラマグラな視界の最中、見えちゃいけない何かを見て、入れちゃいけない情報を仕入れてしまった、ただ、それだけの事。

 かつての昔、予言する巫女にはクレイジーガールが多い、と言うのはこういった事なのだろう。

 何が本当で、何が妄想なのか。周りの人間は当然として本人自身も区別がつかず。そして、もしかしたら、何もかもが本当なのかもしれない。

 まさか、自分がこんな王道な怪談に遭遇するなんてなー、と感動したが、王道すぎて同僚たちからは嘘だと思われ信じてもらえなかったのが今回の話。


 この後、巫女疑いの患者はさらにクレイなGとなり、クレイなGの医者によって、超G級な治療が施される事となったのだが、それは別の怖い話である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る