銃弾と音楽

逢初あい

第1話

 今日も僕は、古びた 酒場の一角でピアノを弾く。客達はその音を気にも止めない。毎日、この酒場でピアノを弾き、店の後片付けをすることで日銭を稼いでいた。僕は純粋に音楽が好きだった。楽器が奏でる美しい音色も、生物が生み出す命の音も、全ての音が女神の福音であるように感じられた。僕は、この世界に溢れる様々な音を楽しんでいた。

 ある日、部屋へ帰ると郵便受けに一通の手紙が入っていた。僕に手紙を出す人なんてなんていないはず。そう思いながら封を切ると、中には徴兵の命令書が入っていた。ついにか、と僕は思った。僕の住む国は、徴兵制があり全ての国民は数年間徴兵される決まりだ。この期間中、何事もなければただ訓練を受けて終わりだ。しかし万が一有事になれば、考えるだけでも恐ろしい。何事も無い事を祈りたいものだ。

 僕が兵役についてすぐ、運が悪いことに隣国と戦争状態に入った。私は、狙撃手として前線に送られた。敵を狙撃し斃す、という仕事のみを淡々と繰り返した。戦争は1年を待たずに終結した。私たちは戦争もあって兵役は途中で切り上げられた。同時期に兵役についた兵士達は安堵し、家族や仲間に会いたいと皆一様に言っていた。私も、あの酒場の店主や常連客達に何故か会いたい気持ちが込み上げてきた。

 1年ぶりに帰ってきた部屋は、私が兵役についた時とほとんど変わりなかった。どうやら大家が掃除だけはしていてくれたらしい。安さだけが取り柄のボロボロのアパートが嫌に懐かしく感じる。暫く楽器に触れていない。戦争中はそんな余裕はなかった。私は、酒場へと向かった。無性に私が感じたことを、音楽にして聞いて欲しくなった。酒場には懐しい顔が見てとれた。店主が私の肩を叩きながら労ってくれる。挨拶もそこそこに私は店主に告げた。“久しぶりだが、音楽を披露したい。構わないかな?”

店主は、二つ返事で了承してくれた。客達は、珍しく私の方に注目している。

私は演奏を始めた。今まではただ聞き流していただけの客達も、私の奏でる音に圧倒されてか、悲鳴すら聞こえる。私はただひたすら愉しんだ。自らが奏でる音と周囲から湧き立つ音を。演奏を終えると、周囲は静寂に包まれていた。誰も身動き一つとらない。どうやら私の奏でた音色は皆を圧倒しすぎたらしい。窓辺から光が差し込み店内が赤く燦く。静寂に包まれた店内を私は後にした。

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銃弾と音楽 逢初あい @aiui_Ai

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