接触

 ここ最近嫌なことばかりだったので、甘い物を食べてリフレッシュしたい。そんな事を考えていたわたしは、自分に近付いてくる人物に気が付かなかった。

「あの、新田明良さんですよね」

「はい?」

 名前を呼ばれたので、そちらに顔を向けると一人の男性が立っていた。男性の首には一眼レフカメラがぶら下がり、手にはボイスレコーダーを持っている。

 マスコミか週刊記者だろうと判断したわたしは、何もなかったことにして、あかねたちを連れて立ち去ることにする。

「待ってくださいよ!」

 男はすぐにわたしの腕を掴んで引き止める。男の強引さに心の中で舌打ちをして、その手を振り払う。

「何するんですか、やめてください!」

「無視しないでも良いじゃないですか。わたしは少し話を聞きたいだけですよ」

「話すことは何もないので、お引き取りください」

「そこをなんとか。複数誘拐事件のメンバーが次々と殺されているんですよね。しかも、新田さんは二人目の第一発見者じゃありませんか。その時の状況を詳しく教えてくださいよ」

 食い下がる男に大きなため息をつくと、あかねたちにアイコンタクトを取って踵を返して走り出す。

「待ってください!」

 突然逃げ出したわたしたちを追いかける。思ったより足が速く、あっという間に捕まった。わたしたちの態度に苛立ったのか、男はわたしの右横髪を引っ張った。

「痛っ!」

「こいつ、調子に乗りやがって!」

 男は怒りでさらに髪を掴んだ腕に力が込められ、わたしの頭からブチブチと嫌な音が聞こえる。

「明良を離せ!」

 あかねが男の腕を掴むが、男はあかねを突き飛ばしわたしを睨みつける。

「さあ、大人しく話してもらうぞ」

 男がわたしを自分の側に寄せようと、腕を引き寄せる。

 ブチリ、と一段と大きな音を立てたと思うと、わたしはその場で尻餅をついた。てっきり男のところに行くと思っていたので、意味が分からず男の方を見る。すると、男の手に一束の髪の毛が掴んだままになっていた。

 それが自分の髪の毛だと知ると、慌てて横髪に触れる。そこには髪の感触がなく、不自然な肌触りとなっていた。

「え、嘘。わたしの髪が……」

「明良!」

 わたしの側に近寄り肩を掴んだあかねは真っ青な顔をしている。

 男の方も抜けたわたしの髪を驚いたようで、絡まった髪の毛を地面に落とす。

「これは立派な暴力行為ですよ! いまから警察を呼びますから‼︎」

 あかねがそう言ってスマホをかざすと、男があかねのスマホを奪おうとする。

 それを遮るようにフラッシュとシャッター音が響く。それは桃香のスマホから鳴ったもので、画面をわたしたちに見せた。それは髪の一部が抜けて倒れているわたしに寄り添うあかねを今にも襲おうとする男の姿が撮られていた。

「早く立ち去らないと、この写真をSNSに投稿します。それが嫌なら今すぐ消えてください!」

 桃香はすぐにスマホをタップして投稿しようとする。

「もしもし、警察ですか。友人が知らない男に襲われました!」

 その間にあかねが一一○番をしたのか、警察に連絡をしていた。わたしたちの騒ぎで野次馬が集まり、分が悪いと感じた男は忌々し気にわたしたちを見たが、すぐに走ってどこかへ行ってしまった。

「やっと逃げたね」

「今警察がこっちに来るって。それより明良、頭は大丈夫?」

 あれだけの髪の毛が抜けたのだから、血が出ていてもおかしくない。わたしは恐る恐る抜けた箇所に触れるが、血が滲んでいる感触はない。それより横一線にぷっくりと膨らんだような感触があり、違和感を覚える。

「怪我はしてないみたい」

「そうか。とりあえず、さっきの事は今から来る警察にしっかり言って被害届を出そう」

「そうよ。わたしの写真を証拠にして捕まえようね」

「二人とも、ありがとう」

 正直、一人だとあの男に酷い目に遭わされていたかもしれない。二人がいてくれて本当に良かったので、心の底から感謝をした。

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