スターベイション
@kuramaosamu
第1話 Shut me up
薄暗い部屋の中、狂ったようなトランペットの不協和音に合わせて一人の金髪で青い目の男が歌う。
全ては即興で1秒たりとも同じフレーズは無い。しかしそれでもそれは音楽として食事を摂る人々に強烈な印象を残してゆく。
演奏はどんどん激しさを増し、それに合わせて男の歌声も叫ぶような歪んだ声になっていった。
長らくそれが続いて観客が演奏に飽きてきた頃、突如として曲は終演を迎えることになる。
急に訪れた静寂、観客の中には安堵する者も居た。
ぽつぽつと上がる拍手を受けながら事を終えた奏者たちは各々の楽器を持ってそそくさと小さな楽屋へと戻っていった。
仲間が皆帰り支度を進める一方、さっきまで歌っていた金髪の男は手持ち無沙汰を紛らわすように楽屋に置いてあるパイプ椅子に座って何か考えているふりをしていた。
そこへ一人のウェイター服の人物がスッと入ってきて彼に言った。
「よおマイク、お疲れさん」
金髪の男は座ったまま答える。
「よお、いつもここ使わせてくれてありがとうな。感謝してるぜ」
「なあ、すこーしだけお願いがあるんだけどな。俺的には今日のお前らの演奏は最高だったんだけどよお、何人かの客が耳塞いじゃってたから今度はもっとキャッチーな曲やってくれないか?」
ウェイターは少し申し訳なさそうな顔をして男を見る。
それに対し男は薄気味悪い笑顔を浮かべた。
「俺は俺の音楽が理解できないやつに向けてなんか演奏しねえよ。それに、最近じゃコアな奴が演奏聞きに来てんだから良いじゃねえか。」
「そうはいってもなあ、お前の曲好む層なんて俺と似たようなやつだぜ?そんな奴は絶対金なんか店に落とさんよ」
ウェイターがそう言って笑うとそれに釣られるようにマイクも笑う。
「今日はこの後飲んでくのか?」
「いや今日は無理だ、この後用があるんだわ。他の奴らはこの後どうするかわかんねえから聞いてみてくれ」
「なんかまた悪さでもすんのか?やめとけよ〜そういうの、ろくな事にならねえぞ」
「さあね」
口角を上げ得意げなマイクはウェイターの目を見ていた――――。
マイクは地下にあるバーから出ると階段を登った。
(流石に夜中だから人は少ねえな)
彼は人目を気にするように周りを見渡し、静かになった街を歩き始める。
しばらくして立ち止まると細い路地裏へと入っていった。
(そろそろいいか……)
そう思いながら目を閉じる。すると彼の体にある変化が起きる。
金髪は黒髪へ、長かった顎は短く、筋肉質だった体は少しずつ痩せてゆく。
そうしてすべてが終わって黒目に変わった目を見開くとそこにはフードを被ったメガネの男が立っていた。
「こんばんは
「ああ、お前が作ってくれた偽の戸籍のお陰でぼちぼちやってる。」
「そうかいそうかいなら良かった。お、俺は最近また視力が落ちゃってね、またメガネを買い替えたんだ」
「なあなんでお前はいつもメガネつけてんだ?その気になればいくらでも
暗闇とフードのせいで顔のよく見えない男に向かってマイク、もといキャロルはため息をついた。
少し間を開けてフードの男は答える。
「世の中見たくないものが多くてね、それを見ないためにも目は悪いほうがいいような気がしてね」
「相変わらず変なやつだなお前」
「そうかい?詩的できれいな理由だと思うんだけどなあ。まあ、近況報告はここらへんにして本題に入ろうか」
キャロルの目が鋭くなる。
「いよいよデビュー戦ってわけか」
「そうだね。明日の午後1時頃、この街で政府高官の暗殺がある。と言ってもぼ、いや俺が手を回しているからおそらくは失敗するんじゃないかな。仮に成功したとしても街の混乱は避けられないだろうね。漁夫の利ができる状態なわけだから君が暴れるのにも適してると思うよ」
キャロルはうなずきながら答える。
「了解。で、その暗殺の実行犯は誰だ?」
「ブラッドさ」
「ブラッド?」
キャロルは腕を組み考える。
「んー...?あぁ、なんだあいつか。つまんねえぐらいに簡単に終わりそうだ」
「頼もしいね。それじゃあ今日はここらへんで。よく休むんだよ」
フードの男に言われたキャロルは彼に背を向け手を振りながら帰路につく。
「んじゃまたな」
少しだけ賑わっていた路地裏はまた元の閑散としたただの道へと戻る。
そこにぽつんと取り残されたフードの男はキャロルが見えなくなってもまだそこにいた。
「頼んだよキャロル。僕はまだ表に出るわけにはいかないんだ……」
すると次の瞬間、月に照らされてフードの中の暗闇に無数の目玉が光った。
「君には期待してるよ」
ブラッド・ノーマンは追われていた。
「簡単な仕事じゃなかったのかよ!なんだってこんな事になってんだ!!」
今まで幾度となく成功させていた暗殺が失敗に終わったのである。
「待て!」
武装した兵隊が入り組んだ道を走る彼を追う。しかし、彼の走る速度は人間のものとは思えない程に速く、あっという間に大きな差がついてしまっていた。
「へへ、バカが!ただの人間が契約者の俺に追いつけるわけないだろ!」
彼はさらに追手との差をつけようと細い道から大通りに出る。しかし、次に彼が目にしたものは通りを塞ぐようにバリケードの前に待機していた別働隊の姿と2台の護送車だった。
「ッチ!囲まれたか……」
そのあまりの人数に彼は思わず足を止める。
「大人しく投降しろ!」
バリケードの前に立つ人々の中でも
振り返って元来た道を見るとさっきまで自分を追っていた兵隊達の姿が見えた。
ブラッドは少し冷静になって周りを見渡すと笑みを浮かべる。
「ハハハ……お前達は俺の扱いをよくわかってるなぁ。聖遺物と麻酔銃を持った人間をまばらに配置して囲む、まさに俺を
そう言って彼がズボンのポケットに手を突っ込むと、それを見た兵隊たちはすかさず各々の武器を構えた。
「動くな!!」
「ビビってるビビってる!仰々しくやってもお前等に俺を捕まえんのは天地がひっくり返っても無理なんだよなぁ!!ハハハハハ!」
高笑いが響く中、槍兵は手に持つ槍の先を彼に向けた。
「フン、型落ちの
その一言にブラッドの視線が鋭くなる。
「あ?今なんて言った?」
槍兵は笑みを浮かべ言った。
「お前は無能だといったのだ馬鹿者め。社会に必要とされなくなり、更には悪魔と契約して国を破壊するお前など生きる価値はどこにもない!万死に値する!」
「……」
ブラットの余裕に少しだけ怒りが挿す。
「言ってくれるねぇ」
彼はズボンのポケットからカッターを素早く取り出し、自身の首に突きつける。
「戦闘はなるだけ避けろって言われたけど、ちょっとムカついたなぁ!!」
ザクッ――。
尖ったナイフが肉を裂く。
噴き出た鮮血は重力に従って地面に落ちるとやがて彼を取り囲むように
「う、打て!!」
ガガガガガッ!!!
その様子に焦った兵士たちがたまらず発砲する。
しかし、物理法則に従って飛ぶ弾丸は瞬時に血の壁に取り込まれて威力を失ってしまった。
「ダメだ!」
驚く彼らをよそに、弾丸を吐き出した壁はブラッドの体にまとわりついていく。
「お前らの攻撃が俺に効くとでも?」
彼の体が包まれていく間にも鼓動に合わせてどくどくと湧き出る血の量はすでに人一人分を超えていた。
脚、腹、腕ときて最後に顔が覆われた彼の姿はまるで悪魔のようであった。
「今度はこっちの番だ!!」
彼が勢いよく腕をふると大量の血が撒き散らかされ、それらは球体となって空中にとどまる。
「まずい、逃げ――」
槍兵が命令を出そうとした次の瞬間、針状になった血が兵隊たちを素早く突き刺した。
「うわあああああ!」
「痛えええええ!」
「応援を要請しろ!」
一瞬にして形成が逆転する。
「ちょーっと本気出しただけですぐこれだよ」
ブラッドは呆れたような顔だった。
「さーて、さっさとずらかると――ん?」
ふと、戦場を見渡していた彼の視線がある一点で止まる。
「ぐう、この……」
そこには間一髪で攻撃を受け流した例の兵の姿があった。
「お、さすがだねぇまだ生きてるんだ」
彼は槍を杖代わりにしてよろよろと立ち上がる。
「平和のためにも……倒れるわけにはいかない!」
「ハハハ!いいねぇタフだねぇ!」
余裕の笑みを浮かべるブラッドは地面に血の道を残しながら素早く彼との距離を詰める。
「クソ!!隊長に近づくな!」
残った兵たちは彼を狙うものの、人間離れした速度で動く彼を捉えることができなかった。
「うおおおお!」
背の高い兵は力を振り絞って振り上げ彼めがけて槍を突き出す。
「ハハハハハ」
それを簡単に避けたブラッドは素早く後ろに回り込むと、彼の体に血を絡ませた。
「オモチャは没収だ!」
バキッ……。
鈍い音と共に槍兵の腕があらぬ方向へ折れ曲がる。
「ぐわあああ!」
叫ぶ彼は槍を落とした。
「おっと、あんまり暴れないでくれよ。痛いのはわかるけどさ」
「フーッ!フーッ!」
槍兵は必死にもがこうとするが、生暖かく鉄の匂いのする半液体状のそれが邪魔をする。
「なぁ、お取り込み中申し訳ないんだけどよぉ、お前血液型はなんだ?」
そう問いかけるブラットに
「a型か?いーやb型っぽいなぁ」
ニヤニヤと笑う彼は時間とともに大きくなっていった。
「あ、あぁ……」
青ざめた顔をして脂汗を流す槍兵にはさっきまでの威勢はもはや微塵もない。
「まぁでもどっちにしろ……肺まで血で満たしてやるっ!!」
「お、やってるやってる」
逃げ惑う人々の悲鳴と兵隊達の号令の中、キャロルはカフェのテラス席に座りコーヒーを一口飲む。
「そろそろいくか」
そう言ってカップを置くと、近くにあったグラスから氷を取り出す。
そしてそれをコーヒーに落とし指で混ぜ一気に流し込んだ。
「釣りはいらねぇ」
立ち上がって少々雑に札を置いた彼はその場を後にし走り出す。
「まて、そっちは危険だぞ!」
「一般人は近づくな!」
そんな声にはお構いなしの彼の視界に死体や負傷者、そしてそれを助ける人々が写る。
「面白くなってきたじゃねえか」
彼は不敵な笑みを浮かべた。
しばらくして悲痛な叫びが耳に入る。
「助けてくれえええ!!」
交差点まで来ていた彼は一度立ち止まって音のする方へと向かった。
(近いな……)
路地を曲がるとそこには体の穴という穴から血を流す一般人の姿とその頭を鷲掴みするブラットの姿があった。
「よお、随分と派手にやってるじゃねえか」
その声に気がついたブラッドが今や物言わぬ肉塊となったそれを地面に落としキャロルの方を向く。
「キャロルじゃないか。援護に来てくれたのかもしれないけどね、もうあらかた終わったよ」
嬉しそうにそういう彼にキャロルも笑顔で返す。
「そうかいそうかいそいつは良いな」
「今は気分がいいから帰ったら飲みにでも行こう、もちろん俺がおご――」
カチャ。
次の瞬間、キャロルは隠していた銃を右手に持ってブラッドに向けて構える。
「!?」
穏やかだった空気が一瞬にして凍りついた。
「じょ、冗談はよしてくれないか?洒落にならんよ」
動揺するブラッドにキャロルは余裕の表情で返す。
「冗談だと思うなら突っ立ったまま体に風穴増やすんだな」
「お前今自分が何してるのかわかってるか?」
ブラッドはキャロルを睨んだ。
「ああ、だから容赦なく引き金を引ける」
「てめぇ!!」
ズドンッ!
弾丸はブラッドの腹をかすめそのまま
その弾痕はピストルのものとは到底思えないほど巨大だった。
「おっと、反動が強すぎて外しちまった!残念だ!!」
「クソが!!ふざけんじゃねぇ!」
怒りの表情に満ちた彼の頭上に血が急速に集まる。
「くらえ!!」
大きくなったそれは凄まじい速度でキャロルに向かって飛んでいった。
「随分とお大雑把だなあ」
ズドンッ!
キャロルがすかさず銃を撃つと、それは弾けて飛び散る。
「俺を舐めるなよ!!」
その事を読んでいた彼は飛び散ったことで今や無数となった血の雫を針状に変えキャロルを狙う。
「甘いぜ!」
窮地に立たされたキャロルのとった行動は、怯むことではなく笑いながら針の雨に突っ込むことだった。
ブラッドは1つ誤算していた。そう、今彼の目の前にいる人物もまた並外れた運動能力を持つ狂った契約者なのだ。
キャロルは自分の頭上から降り注ぐ針達を潜り抜けるように走る。
全て避けきれるわけでもなく何本かが体に刺さる。しかし彼はそれをものともしない。
「まずいっ!!」
ブラッドはすかさず血の壁を自身の前に作り上げる。
「耐えてみろよ!!」
キャロルは走りながら構えた銃を壁に向かってぶっ放す。
ズドンッ!
弾丸は壁を貫通するとそのままブラッドが身に纏っていた血を弾き飛ばし、最後に彼の右胸を打ち抜いた。
「ガハッ!」
瞬間、ブラッドに強烈な痛みが走る。
ドサ……。
彼が地面に倒れると命令を失った血の壁は力無く崩れていった。
「俺の勝ちだな」
キャロルは彼を下目に見ながらトドメを刺そうとゆっくりと歩き距離をつめる。
あたり一面には血の匂いが広がっていた。
「呆気ないなあ、もうちょっと楽しませろよ」
「アツイ……アツイヨオ……」
痙攣し悶えるブラッドはキャロルを構うことなく撃たれた部分に血を集中させていた。
「ま、お前らしい最後だな」
キャロルが倒れる彼の横に辿り着き銃口の先を向けたその時だった。
「おいそこのお前!」
キャロルが声の下方を振り向くとそこには肩で息をする兵士たちの姿があった。
「あ?なんだよ兵隊さん」
「こっちの方にこう、血に塗れた男が来なかったか?」
「ああ見かけたぜ」
「どっちの方に逃げて行った?」
「ここだよ、今ここに転がってるこれ」
キャロルはそう言って自分の足元を指差す。
しかし、兵隊から帰ってきた答えは意外なものだった。
「お前は何を言っているんだ?そこに誰もいないじゃないか」
少し驚いたキャロルが振り返るとそこに倒れていたはずのブラッドの姿はどこにもない。
(逃げたか……)
街が混乱に陥る中、妙に冷静でいる彼に違和感を覚えた兵隊は彼が銃を持っていることに気がついた。
「おいお前、なぜ銃を持っているんだ?一般人の銃の所持は禁止されているはずだぞ!」
それを聞いたキャロルは笑みをこぼす。
「ハハ、気がついちゃった?」
「さては奴の仲間だな?」
確信したような兵隊は堂々と言った。
「いや違うね。お前らの敵ではあるけどな」
その答えに兵隊達は各々の武器を一斉に構える。
「今からお前を拘束する!!」
より一層不気味な笑顔になったキャロルも銃を構えた。
「いいぜ、できるもんならやってみな!どうせお前らの人生ここで終わるけどよお!!」
その日の夜のこと、ブラッドは小雨の降るの中狭い路地を歩いていた。
「ハァ……ハァ……血が足りねぇ……」
痛々しい姿で歩く彼の体温を雨が容赦なく奪う。
「……クソ……クソが……」
彼は嗚咽混じりに独り言を言いながらフラフラと歩き続け、ついに脚がもつれ倒れた。
ドシャッ……。
小さな雨音をかき消すように水音が響く。
「……」
雨水が服に染み込んでいく感覚を薄っすらと感じる。
静かに息をする彼の頭にこれまでの歩んできた道が次々と浮かぶ。
「同期が解雇になったからって悲しむなよ、馬鹿なんざ消えて当然何だからさ」
「ない知恵絞ってそれなら次に消えるのはお前だなぁ!」
「俺とカタログスペックが2%しか違わないお前が新型だぁ?」
「大丈夫大丈夫、あいつなんか見た感じあんまり仕事できる感じしないし。」
「なんであんなに差がつくんだよおかしいだろ!」
「クソォ……クソがよぉ!!」
「なんで俺がクビなんですか!!……無能はいらないって……俺が?」
「嫌だ嫌だイヤダイヤダ嫌だいやだいやだいやだ」
それは栄光とそこからの転落であった。
(なんで……こんなになっちゃったんだよ……)
目から溢れた温かい涙は雨と混ざって即座に希釈され無慈悲に消えた。
ふと、意識が少しずつ遠のく彼の耳に1つの足音が入る。どうやら近づいてきているらしかった。
傘もささずに歩く人影はブラッドの前で立ち止まると地面に倒れる彼を見下ろした。
「誰だ……」
ブラッドは小さく言う。
「死神だよ」
人影はそう答えると容赦無く彼に銃を突きつけた。
「最後の言葉は?」
「……俺は、俺はなんのために生きていたんだ……?」
それはすべてを悟っても心に残る疑問であった。
ズドンッ!
一発の銃声とともに火薬の匂いと煙が少しだけその場に広がる。
いつの間にか止んでいた雨が作った水たまりには神妙な面立ちで急速に冷えてゆく死体を見つめるキャロルが写っていた。
「しらねえよ」
夜は更けていった――。
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