気付いてたよ

見鳥望/greed green

 小さな頃、私には人には見えないものが見えた。


 所謂幽霊というやつだなと幼いながらに思っていたが、当時はもちろん今振り返っても、あの時見たものはあまりにも異質だった。















「まもる兄ちゃん、遊びに来たよー」




 双子の妹の瀬里奈はまもる兄ちゃんが好きだった。年上の兄ちゃんというだけではなく、はっきりと口にはしなかったが、おそらく恋心もあっただろう。


 二個上のまもる兄ちゃんは、たった二つ歳が違うだけなのに他の同学年の馬鹿な男子達にはない落ち着きと余裕があった。もちろん見た目も爽やかでカッコよかったし、何せ優しかった。


 私もまもる兄ちゃんが好きだった。だから家が近かった事もあり、よくまもる兄ちゃんの部屋に姉妹揃って遊びに行っていた。


 


 でも本当は嫌だった。


 まもる兄ちゃんの部屋には入りたくない。


 だって今日も兄ちゃんの部屋には”あれ”がいるから。




 ーー見えてない見えてない見えてない。




 私は必死に知らないふりを決め込む。




「何して遊ぶー?」




 無邪気に振舞う瀬里奈の横に座り同じように笑う。


 


 ーー早く帰りたい。




 油断をすれば本心が漏れそうになる。だが絶対にそんな事口にしてはいけない。


 今日も私は、四方の壁一面にある無数の顔達を必死に無視して遊びに集中するのだ。








 初めてそれを見た瞬間、まもる兄ちゃんは仮面が大好きなのかと思った。それはまるで仮面やマスク専門のお店みたいで、壁一面にそれらが飾られている光景は圧巻だった。


 だがすぐにそれが仮面でもマスクでもないと気付いた。そいつらは私が部屋に踏み込んだ瞬間、




 ぎょぎょろろりり。




 一斉にその目が私の方を向いた。


 全身の血が凍るような思いだった。そして直感的に思った。


 


 ーーバレちゃダメだ。




 妹や兄ちゃんは全く奴らの事を気にしていない。見えていないのだ。


 こいつらは私にしか見えていない。


 私はぐっと全身に力を込める。


 


「何して遊ぶー?」




 何て事ないフリをして私は二人に近寄る。




 ーー知らない知らない何も見えてない。




 






 そうして振る舞い続ける事で何とか自分をごまかした。


 そんなに嫌なら行かなければいい。そうかもしれないが当時の私はその選択をしなかった。一つに瀬里奈だけ一人で行かせるのは姉として不安だったから。一つに私もやはりまもる兄ちゃんに会いたかったから。


 だから大量の顔に囲まれながらも、兄ちゃんの部屋に行くことを止めなかった。








 それから一年程経った時、その日は突然訪れた。




「俺、引っ越すんだ」




 なんだかドラマとかでありそうな展開だった。好きな人が急に引っ越してしまうなんて。


 当然妹は落ち込んだ。だからその後の妹の発言は当然のものだった。




「最後にお兄ちゃんのとこ行こうよ」




 この時の私の感情はとても複雑だった。


 もうまもる兄ちゃんに会えなくなる。当然私も寂しかった。だがもう一つは全く異なる感情だった。 




 ーーもうあの部屋に行かなくていいんだ。




 ずっと気持ち悪かったし怖かった。あんなものもう見たくない。


 


 ーーこれで最後。この最後を乗り切れば終わりなんだ。


 


 私はいつも以上に気合を入れて、妹と共にまもる兄ちゃんにお別れをしにいった。




「また会ったら遊ぼうな」


 兄ちゃんは最後まで笑顔で優しかった。瀬里奈は寂しくて泣いていた。




「うん、また遊ぼうね」




 私はなんとか泣かずに済んだ。皮肉にもあの壁一面の顔達のせいで、感傷に浸りそうな気持ちをしっかりと邪魔された。


 挨拶をすませた後、まもる兄ちゃんがまず部屋から出た。その背中に妹が続く。必然的に私が最後まで部屋に残る形となった。




 ーー終わった。




 これでこいつらの事をもう見なくて済む。私はどこか感慨に耽るような気持ちで、部屋の扉をくぐる際に一度だけ振り返ってしまった。




 振り返るべきじゃなかった。だがそれは必然だったのかもしれない。


 振り返ると、壁にある全ての顔の眼球が私の方をじっと見ていた。そして、




 にたああぁぁあ。




 一斉にまるで嘲笑うかのようにぐにゃりと口角を上げた。




 その瞬間あまりの恐怖に私は部屋を飛び出した。


 まもる兄ちゃんとのお別れは、自分にとって最悪の形で終わった。






 


 幸いにも、これ以降同じようなものを見る事はなかった。


 あれは一体なんだったのか。何故まもる兄ちゃんの部屋はああなってしまったのか。


 ただ一つ、最後の瞬間に分かった事があった。




 あいつらはきっと、始めからずっと気付いていた。


 


 『見えているくせに』




 ずっとおかしくて仕方なかったんだろう。私がうまくごまかせてると思っていた事を。


 だからこそ最後、油断し安心しきった私の姿は最高に滑稽だったに違いない。




 『気付いてたよ。みんな最初から』




 あれは最初から最後まで言葉を発する事はなかったが、私にはそう言われている気がしてならなかった。

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