6-2 失いたくない(中編)
Sランク
愛笑が悔しさに悶える中、崩れた岩の柱によって巻き上がった土煙の中から、喰魔がゆっくりとその姿を現した。
「今のは良い魔法だった! すごく良かったぞ!」
「………っ、それはどうも……………!」
満面の笑顔で愛笑の魔法を褒めるSランク喰魔。
その笑顔に愛笑は表情を少し険しくさせ、怒りと悔しさを込めて返答をする。
命を懸けた戦いで、自分が殺そうとしている相手に余裕の態度で嬉しそうに自分の魔法を褒められる。
それはあまりにも屈辱的であり、怒りと悔しさ、そして自分の非力さに悲しみも込み上げる。
複雑な負の感情が愛笑の心を掻き乱した。
そして、その感情を抑え込む様に右腕を抑える左手と右手の拳に力を込めた。
そんな愛笑とは対照的に上機嫌な笑顔を見せるSランク喰魔。
しかし、突然喰魔の顔から笑顔が消え、がっかりするように肩を落とした。
「はぁー、でも残念だなー」
「………?」
突然の態度の変化に愛笑は訝し気な目を向け、心の中で首を傾げる。
なぜいきなり落胆したのか?
そんな疑問を抱く愛笑に向かって、Sランク喰魔は俯いた顔をわずかに上げて金色の双眸を覗かせた。
「―――もう殺さなくちゃいけないとはな」
「っっっ!!!」
妖しく光る金色の瞳。
しかし、その目には暗闇のような冷たい殺意が宿っていた。
その瞳にゾクッと愛笑の背筋が凍りつく。
かつてない緊張と恐怖が電撃のように体を走った。
「傀頼のやつを助けに行かなきゃならないからなー。はぁー」
頭を掻き、子供のように愚痴を零しながら溜め息を吐くSランク喰魔。
そんな喰魔を愛笑は険しい表情で見据える。
血の気が引いた青い顔から喰魔に対する恐怖の感情が伺える。
その恐怖による圧迫感から呼吸も少し乱れていた。
「はぁ………はぁ………」
今まで殺意を向けられたことなどいくらでもある。
それでも、このSランク喰魔が発する殺意は別物だ。
殺すというものを強く意識していない。
相手を殺すという行動が特別なことではなく、手を動かしたり呼吸をしたりするほど当たり前のもの。
そんな価値観を持った強者が向けて来た殺意は酷く無機質で冷たく、底が見えない。
それが愛笑には悍ましく、経験したことのない恐怖を感じていた。
愛笑が恐怖を抱く中、突然喰魔は愛笑に背を向けて歩き出す。
隙だらけな背中だが愛笑にはそこを攻撃する精神的な余裕は無く、歩く喰魔の背中をただ見つめる。
そして、喰魔と愛笑の間が十メートルほど離れる。
そこで喰魔はようやく愛笑へと振り返る。
振り返った喰魔は挑発的な笑みを浮かべていた。
「せっかくだ。
そう言うと喰魔は頬をより一層吊り上げ、不気味な笑みを浮かべる。
両手の拳を胸の前に構え、熱気を感じさせるほどの圧を放っていた。
「最後………」
Sランク喰魔の最後という言葉が重くのしかかる。
『最後』ということは、喰魔はこれ以上戦いを引き延ばすつもりがない。
次の一撃で喰魔を倒せなかった場合、喰魔は確実に自分を殺すつもりだと察するには十分過ぎる言葉であった。
しかし、最後というのはSランク喰魔が一方的に言っているだけである。
必ずしも愛笑がそれに付き合う必要はない。
(最後の一撃にこっちが必ず乗る必要はない。けど、私にそれを選ぶ選択権なんてない)
Sランク喰魔の実力は愛笑より遥かに上。
喰魔がその気になれば今すぐ愛笑を殺せる。
どちらかと言えば、最後の一撃という
愛笑は覚悟を決め、震える体と乱れる呼吸を無理やり抑え込む。
目を瞑ってゆっくりと息を吐き、全身の力を抜いて心も落ち着かせる。
ほんの一瞬、訪れる静寂。
先程までの殺気だった荒々しさは無く、温かな日差しが射す穏やかな森を彷彿とさせるような穏やかな雰囲気が愛笑から放たれる。
愛笑の心にもまた、雑念がない
体の痛みを忘れ、目の前に居る喰魔の事さえも意識から外れる。
その
「………っ!」
閉じていた目を開き、全身に意識を集中させる。
そして、己が内に秘められた魔力を全て絞り出す。
その瞬間、突如として愛笑の体から迸る魔力の光。
それはとても力強く、触れれば途端に弾かれてしまいそうなほどに荒々しく噴き出ていた。
その魔力の輝きを目で捉え、圧を肌で感じ取るSランク喰魔。
抑えきれない興奮が甘美な刺激となり、痺れるような感覚が全身を駆け巡った。
大きく口を開いて笑みを浮かべ、黒目の中に輝く金色の瞳が愛笑の姿を映す。
その大きく開いた目と瞳孔で愛笑を見るその姿からは狂気を感じさせた。
「ハハッ! いい! いいぞ! その魔力っ!! お前の全力を俺に見せてくれっ!!!」
満面の笑顔で愛笑を鼓舞するSランク喰魔。
そして、自身も愛笑と同じように魔力を高める。
Sランク喰魔の放つ魔力もまた力強く、愛笑と同じように触れた瞬間に弾かれてしまいそうなほどに荒々しく迸っていた。
しかし、愛笑とは違う点が一つ。
喰魔から放たれる魔力は純粋な輝きを放つ愛笑の魔力とは違いどこか薄暗く、見ただけで体が震え上がるような不気味さを放っていた。
喰魔が魔力を高め始めた直後、愛笑は動き出した。
両手を握り拳に変え、魔力と共に地面へと拳を振り下ろすように叩きつける。
そして、そのまま高めた魔力を、自身の胸に滾る感情をぶつけるように全て地面へと流し込んだ。
「
愛笑の咆哮が轟く。
その直後硬い岩の地面が砕け、隆起し、荒れ狂う激流のようにSランク喰魔に向かって押し出されていく。
地震のように大地が震え、轟音を響かせながら大地がSランク喰魔へと迫る。
この魔法は間違いなく、愛笑がこれまで放ってきた魔法の中で一番の規模と威力を誇っていた。
そんな魔法を前にSランク喰魔は歓喜するように笑った。
「ハハッ!!!」
抑えきれない興奮を吹き出すように笑い声を上げるSランク喰魔。
両手の拳に魔力を集中させ、迫り来る大地の激流に向かって同時に突き出した。
「
喰魔の二つの拳から放たれる衝撃。
それは瞬く間に愛笑の放った魔法と衝突する。
真っ向からぶつかり合った二つの魔法の衝撃が疑似的な爆発を生み、大気と地面を激しく揺らす。
ぶつかり合った両者の魔法。
派手な爆発とは裏腹に、その勝負の結果はあっさりと出た。
Sランク喰魔の放った衝撃は押し寄せる岩石と土砂の波を地面ごと抉り、容易く押しのけた。
そして、その衝撃は一瞬の内に愛笑の元へと駆け抜けた。
「ああああああっっっ!!!」
これまでとは比較にならない衝撃が愛笑を襲う。
さらに、衝撃によって弾かれた岩の残骸が弾丸のように愛笑へと飛来した。
再び爆風が吹き荒れ、爆発音が鳴り響く。
巻き上がった岩の欠片がパラパラと降り注ぎ、土煙が辺り一面を覆い尽くしていた。
そんな中、Sランク喰魔はゆっくりと歩みを進める。
視界は煙で完全に断たれているものの視線は一か所にだけ注がれており、明確な目標を見据えて歩いていることが分かった。
「………………」
自身が壊した岩の地面をカツカツと音を鳴らしながら歩いていく。
Sランク喰魔の歩みと共に土煙も徐々に晴れていっていた。
喰魔が歩くのと同時に視線が徐々に下がっていく。
そして、下がる視線が足元に近くなったとき喰魔は足を止めた。
それと同時に、辺りを覆っていた土煙も完全に晴れた。
喰魔が見下ろす先にあるモノ。それは―――
「はぁ………はぁ………! はぁっ………!!」
苦しそうに息をし、右の脇腹から血を流して地面へと倒れる愛笑であった。
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