5-4 最悪の乱入者(後編)


 春に叱られた隊員達はちゃんと列を作り、一人ずつ耀に回復魔法を掛けて貰う。

 といっても、十人ほど居た人だかりは四人にまで減っていた。

 残りの隊員は軽傷で耀と話したいという下心から集まっていたのだが、春の説教と脅しに近くからは退散していた。


「はい。これで終わりましたよ」


「ありがとう白銀さん」


「まだ痛んだり、違和感があるようなら戻ってから医療班や病院で診てもらってください」


「ああ、分かったよ」


 そう言うと治療を受けた隊員は背を向け、再びありがとうと言って離れていく。

 今の隊員で治療は最後であり、耀は疲れから小さく息を吐き出した。


「ふぅー」


「お疲れ様、耀。魔力や体力は大丈夫か?」


 治療を終えた耀に声を掛ける春。

 耀は春の問いに笑顔を見せるも、どこか疲れ気味に見えた。


「ちょっとだけ疲れちゃった」


「あれだけの戦いの後ですもの。仕方ないわ」


「というか、あれだけ戦って回復魔法も使えるとか凄い魔力量だな」


「みんなよりは多いかもね」


 先程まで喰魔イーターと戦い、ほとんどの隊員が魔力をかなり消耗していた。

 それは春、十六夜、篝の三人も同様である。

 そして、耀も三人と同じくらい魔法を使っていたにも関わらず、耀は他者を回復するだけの魔力も残っていた。

 それだけで耀が自分達よりも魔力量が多いことを十六夜は察する。

 そして、耀もそれは自覚しており、控えめにだがそれを肯定した。


 耀による治療が終わり、一段落着いた雰囲気が流れる。

 しかし、篝は鋭い目で何もない壁を見つめていた。


「にしても、すごい魔力ね。魔力感知が得意じゃない私でも感じ取れるわ」


「ああ。………これがAランク隊員の力か」


 篝の呟きに十六夜が同調し、同じように何もない壁を向く。

 それは春と耀、そして他数名の隊員も同じであった。

 特に何の変哲もない壁。

 その壁の遥か先にはこの洞窟の深奥部があり、そこで戦う幸夫達Aランク隊員とAランク喰魔の魔力を皆感じ取っていた。


「にしても、Aランク喰魔一体にAランク隊員三人か。ちょっと過剰戦力な気もするけど」


「相手はSランクへ進化するかもしれないし、たくさんの喰魔を操るからね。もしものことを考えたら、三人でも足りないくらいじゃないかな?」


「だな」


 春も過剰戦力とは言いつつも、Sランクへの進化の可能性を考慮すれば足りないくらいだと分かっている。

 ゆえに、耀の指摘にすぐに首を縦に振って肯定した。


 そんなとき―――


「なんだぁ、これは?」


『っ!』


 気怠そうな声が春達の居る洞窟内に響く。

 その声はこの場にいて明らかに異質であり、隊員達に一瞬で緊張が奔る。

 そして、その声が聞こえてきた外へと繋がる通路へ全員が振り向いた。


 姿を認識できていないのに、隊員達の警戒心は最高潮に達している。

 異界ボイドの中でもこんな洞窟に一般人が居るとは考えづらく、声も助けを求めるそれには聞こえなかった。

 尚且つ、このタイミングでこの場所に現れるとなれば、隊員達にとっては警戒すべき対象に他ならない。


 タン、タンとゆったりとしたリズムで硬い岩の地面を踏む足音が響く。

 一音一音、その足音が鳴る度に隊員達の緊張感が強まる。額に冷や汗を流し、息を吞む。

 そして、通路の暗闇からそいつは姿を現した。


「魔法防衛隊員ばっかりだな」


 通路の暗闇から姿を現したのは、褐色の肌をした二十代くらいの青年であった。

 しかし、その見た目には似合わず黒い学ランをボタンを留めずに着ており、その学ランの下には赤いパーカーを着ていた。


糸霞空しかくに言われて様子を見に来てみればこれか。奥からも強い魔力感じるし。あー、アイツ怒るだろうなー」


 青年は少し大きな声で独り言を呟くと、自身の短い青髪をわしゃわしゃと乱暴に撫でる。

 コスプレ感が満載の見た目はしているものの、間違いなくその姿は人。

 しかし、あまりにも平然としたその態度と魔力を感じるという発言に一般人ではないと判断し、全員が青年を強くに睨んだ。

 その中で愛笑と三人のCランク隊員。

 そして、春・耀・十六夜・篝の合計八人が青年の顔を見て驚愕する。


「おいおい、マジか………!」


「このタイミングで………!?」


「最悪過ぎる………!」


 東雲、円寺、優馬は表情を険しくさせて弱音に近い愚痴を零す。


「あれって………!?」


「クソッ………!!」


「何でここに………!?」


 篝は青年の顔に驚愕し、十六夜は苛立ちを吐き捨てるように愚痴を零す。

 耀はなぜ青年がここに現れるのかと困惑する。

 そして、春も表情を険しくさせて戦慄していた。


「あの“目”は、まさか………!!?」


 青年の顔、正確にはその“両目”に八人は驚愕していた。

 そして、他の七人が青年に対して反応する中、愛笑は全体に対して指示を飛ばした。


「総員! 臨戦態勢っっっ!!!」


 今日一番の覇気と熱量が籠った声。

 その声に隊員達により一層緊張が奔るも、八人のこの過剰とまで言える反応の意味が分からなかった。

 警戒しつつも心の中で首を傾げる隊員達。

 そこで、ようやく隊員達も青年の異常さに気づく。


「おい、あれ………!」


「何で………?」


 困惑する隊員達。

 その視線が集まる青年の目は白目の部分が黒く染まり、“金色の瞳”が輝いていた。


 その目はまさしく、喰魔が持つ目と全く同じであった。

 なぜ、喰魔と同じ目をしているのか。

 その答えに辿り着けない隊員達に向けて愛笑は声を張り上げる。


「コイツは―――」









 喰魔のランクは五段階に分けられ、Dランクからスタートする。

 最初は本能のままに行動し、主に人間から魔力を奪って進化していく。

 そして、進化と共に知性を手に入れる。

 Aランクでは人間と同じように言語を発し、名前を持って個々の自我と存在を確立していた。


 そう、喰魔は進化するごとに人へと近づいている・・・・・・・・・のである。

 その進化の果てで行き着くのは―――










「“Sランク喰魔イーター”ですっ!!!」


 ―――限りなく、“人に近い存在への進化”であった。


「仕方ない。さっさとこいつら殺して、傀頼かいらいのやつを助けに行くか」


 青年改め、Sランク喰魔は大勢の隊員を前にして挑発的な笑みを浮かべる。

 そして、自身の強大な魔力を放ちながら黒目の中の金色の瞳を妖しく輝かせた。

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