5-2 三人のAランク隊員 対 Aランク喰魔(後編)
命令に従い、三人のAランク隊員へと襲い掛かる六体のBランク
一人に対して二体で相手をし、隊員と相性の悪い魔法で攻め立てた。
「ふっ!」
幸夫が二体の蟷螂型喰魔に向かって鎖を四本放つ。
しかし、その鎖は喰魔へと肉迫するとバラバラに断ち切られてしまう。
幸夫は鋭い目で自身の鎖を断ち切った喰魔達の両腕の鎌を見つめた。
「鋼鉄よりも硬い私の鎖を断ち切るか………」
「「シャー!」」
幸夫の見つめる喰魔達の鎌。
炎や水を纏っていたりなどの特殊な変化は見られないが、しっかりとした力強い魔力を幸夫は感じていた。
(見た目には大きな変化はない。しかし、私の鎖を断ち切ったこと。鎌に宿る魔力から魔法を使っていることは明らか。おそらくは切るという能力そのものの魔法か………。斬撃を飛ばしたりして来ないことを考えると、鎌や自身の体に魔法を付与するだけと考えていいだろう)
幸夫は蟷螂型喰魔の魔法を推察する。
その推察は当たっており、喰魔達の魔法は切る能力を自身の鎌に付与することだった。
二体の蟷螂型喰魔はその答えを示すように羽を広げて羽ばたかせると、幸夫に向かって飛んでいった。
「「シャー!」」
喰魔達は幸夫へ迫ると、魔法を付与した鎌を振り下ろす。
幸夫は迫る鎌を後ろへと跳ぶことで回避した。
そして、振り下ろされた喰魔達の鎌は幸夫が立っていた硬い岩の地面をまるで豆腐でも切るかのようにスパッと断ち切り、綺麗な切り口を残していた。
「「シャー!」」
追撃しようと喰魔達は再び鎌を振り上げ、羽を羽ばたかせて幸夫へと迫る。
そんな喰魔達を見据える幸夫の表情には焦りなどの感情が一切感じられないほど落ち着いていた。
幸夫とは別に、進化した蝶型喰魔とゴリラ型喰魔を相手にする恵介。
次々に氷塊を作り出して放つも、蝶型喰魔の羽から放つ鱗粉が氷塊に付着すると爆発し、ゴリラ型喰魔の持ち前の剛腕と発する熱によって次々に氷塊は砕かれてしまう。
その様子に、恵介は落ち着いた声音でぼそりと呟いた。
「確かに相性はあまり良くないようだな」
右手を広げて親指と人差し指で眼鏡の端をクイッと押し上げる恵介。
レンズの向こうに見える目は、吐き出した言葉とは似合わないほど力強かった。
そして、鳥型喰魔と獅子型喰魔を相手にしている美樹。
二体の喰魔を力強く睨み付け、その表情から分かるくらい苛立っていた。
「あーもう! メンドくさい!」
美樹は苛立たし気に強く言葉を吐き捨てる。
目の前では美樹の放った樹がバラバラにされ、炎で焼き尽くされていた。
そのすぐ側で佇む、風を纏いながら空を飛ぶ鳥型喰魔と口の端から炎を吹き出す獅子型喰魔。
この二体が美樹が魔法で作り出した樹を切り裂き、炎で焼いたことは間違いなかった。
明らかに勢いが無くなった三人のAランク隊員。
その様子をAランク喰魔は上機嫌に眺めていた。
『ククッ………! ああ、実に愉快愉快。Aランクの隊員といえど、相性が悪い相手に当たればこの程度か』
自身が差し向けた駒に苦戦する隊員達を言葉でも見下す喰魔。
先程まで冷や冷やしていた反動もあってか、自身を安心させようと隊員達を下に見ようとする発言が目立っていた。
(この様子ならば問題あるまい。駒達に戦わせ、隙を見て私も攻撃に参加すれば難なく倒せるはずだ)
優勢な状況に一安心し、これからの戦い方を考えるAランク喰魔。
しかし、優勢になっても自分は直接的に戦わず、駒に戦わせることを真っ先に考える。
良く言えば慎重、悪く言えば臆病な性格が顕著に表れていた。
勝てる―――そうやって、今度はAランク喰魔が自身の勝利を確信していた。
だが、戦局は再び一転することとなる。
「「シャー!」」
幸夫へと肉迫する二体の蟷螂型喰魔。
振り上げたその鎌を幸夫へと振り下ろそうとしたそのとき、幸夫が小さくではあるが妖しく笑う。
すると、突如として喰魔達の周囲から無数の鎖が出現する。
鎖は喰魔達の体に巻き付き、複雑に絡み合うことで二体の喰魔を拘束。
それにより、喰魔達は鎌を振り上げた体勢のまま空中で制止した。
「「シャッ………!?」」
鎖に拘束されたことに驚く喰魔達。
この鎖は幸夫の周囲からしか出現、射出されないと思っていた。
事実として、それ以外で鎖が現れたのを喰魔達は見ていない。
ゆえに、そう思い込まされていた。
喰魔達は鎖から逃れようと必死もがくが、ジャラジャラと鎖の金属音が鳴るだけで一向に拘束が緩む気配は無かった。
そして、喰魔達の周囲からさらに多数の鎖が出現し、喰魔達めがけて射出される。
射出された鎖達の先端は槍のように尖っており、喰魔達の体を容易に貫いた。
他の二人も幸夫と時を同じくして戦局が大きく変わっていた。
魔法で鱗粉を爆破する蝶型喰魔、熱魔法と剛腕を持つゴリラ型喰魔の二体を相手にしていた恵介。
放つ氷塊は砕かれ、凍らせようとしても熱で溶かされていた。
しかし、現状はそうでは無かった。
「グゥ………!」
「―――!」
ゴリラ型喰魔は熱と剛腕で、蝶型喰魔は鱗粉の爆破で次々に迫る氷塊と氷壁を砕き、熱で冷気を凌いでいく。
しかし、二体とも先程までの余裕が一切感じられない。
迫る恵介の魔法を防ぐことで手一杯であった。
魔法を放つ恵介は表情を変えることなく、冷たい目をしたまま魔法の出力を上げる。
喰魔達へと迫る氷と冷気の量が一気に増大し、やがて恵介の魔法が喰魔達の攻撃を上回る。
冷気に体を徐々に凍結されていき、動きが鈍る。
そして、迫る氷塊を捌けずにその体を大量の氷に押し潰された。
「………ふぅ」
喰魔達を倒しても恵介は表情を変えない。
小さく吐き出された白い息とその音が、一際目立っていた。
美樹もまた、先程までとは打って変わって二体の喰魔達を攻め立てる。
二体の喰魔達を囲うように樹々が一瞬にして生い茂り、徐々にその範囲を狭めていく。
「キエエエエ!」
「グルアアア!」
鳥型喰魔は翼を羽ばたかせ風の斬撃を、獅子型喰魔は口から火炎を吐き出して樹々を攻撃する。
しかし、喰魔達を囲う樹々は裂かれようと燃やされようと一瞬にして再生する。
その樹々を操る美樹は不敵で妖艶な笑顔を浮かべながら、樹々へと翳す右手で空気を握りつぶすように拳を作る。
すると、それに合わせて樹々は一気に縮小し、中の喰魔達を押し潰した。
「フフッ。あー、スッキリした!」
喰魔達を倒した美樹は先程までの苛立ちが嘘のように満面の笑みを浮かべる。
しかし、可愛らしくも美しいその笑顔にほんの少しだけ残虐性が垣間見えるのだった。
そして、その光景を見ていたAランク喰魔は先程までの余裕が嘘のように無くなる。
大きく目を見開き、言葉を発さずに唖然としていた。
『………は?』
少しして、ようやく出てきた言葉がそれであった。
『な、なんだ今のは!? 何が起こった!?』
止まった思考が再開し、慌てた様子を見せるAランク喰魔。
先程まで優勢だったというのに、一瞬にしてそれが覆った。
信じたくはない現実を受け止めようとするも、理解が出来ずにその現実を拒絶する。
そして、受け入れようとその理由を探していた。
(なぜだ!? なぜ駒達がやられてしまった!?)
「
『っ!?』
幸夫の声に喰魔は思考の海へと沈んでいた意識を浮上させる。
そして、こちらを見据える幸夫の力強い目に気圧され、体を少し後ろへと逸らした。
「我々はAランク隊員。例え相性が悪かろうと、Bランク喰魔二体にそう
『ぐ、ぐぅぅぅぅっ………!!』
喰魔は悔しそうに歯を食いしばり、絞り出すように腹の底から唸り声を上げる。
それは、幸夫の言っていることが事実であるということに他ならなかった。
時に格上と戦い、傷つきながらいくつもの修羅場を潜り抜け、自らを鍛え上げてきた三人のAランク隊員達。
片や危険を冒さず、自らを鍛え上げることもなく駒を使って進化してきたAランク喰魔。
経験も実力も、遥かにAランク喰魔の方が劣っていた。
「もう終わりだ喰魔。貴様では、我々には絶対に
『………っ!!!』
幸夫の口から告げられた勝利宣言と、付きつけられた敗北宣告。
それに対し喰魔はギリッと、強く歯を噛み合わせる。
しかし、悔しそうにしているのに何かを言い返すことはない。
否、言い返すための言葉が沸き上がって来ないのだ。
それはつまり、喰魔自身が己の敗北を悟ったことに他ならなかった。
『―――っ! ちくしょう! ちくしょうっ!! チクショオオオオオオッッッ!!!』
何も言い返せないことで、心のどこかで敗北を悟ったことを喰魔自身も気づく。
そして、どこにもやることのできない怒りと悔しさを大声で吐き出した。
それは五百体を超える喰魔を従えていたAランク喰魔とは思えないほどに、惨めで哀れなものであった。
「「「………」」」
その様子を三人のAランク隊員は無言で見つめる。
そこには同情も激しい怒りもなく、ただ目の前の獲物を狩ることに集中する狩人のような冷たい目をしていた。
決着は着いた。あとは三人の手によってAランク喰魔を葬るだけ。
三人はゆっくりとAランク喰魔に近づいていく。
『………』
三人が近づいて行っても喰魔は逃げる素振りを見せない。
抗うことを諦め、しおらしく天井にぶら下がるだけ。
己が敗北を悟った喰魔の心は、もうすでに折れていた。
カツカツと硬い岩の地面を歩く三人の足音が無情に響く。
そんなとき、突如として三人と一体は洞窟内に現れた悍ましい強大な魔力を感じ取る。
『「「「………っ!」」」』
ゾクッと背筋が凍りつく三人と一体。
そして、その魔力が発せられている背後へと三人は一斉に振り返った。
振り返った先には岩壁しかない。
それは、その壁の遥か先から強大な魔力が幸夫達にまで伝わってきていることを示した。
「この強大な魔力は………!」
「まさか………!」
恵介と美樹がその魔力の正体に感づく。
幸夫は何も言わないが二人と同じようにその魔力の正体に感づき、表情を険しくさせる。
凛々しくも厳格なその表情の中に、僅かに焦りが見えていた。
そして、強大な魔力に驚愕する三人とは対照的に、喰魔だけが不気味に口角を吊り上げるのだった。
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