2-8 敵を倒すヒーローじゃなくて、みんなを守れるヒーローになりたいんだ


「そのとき、俺は極度の疲労と精神的な負荷で気を失って、目が覚めたら事件から二日経った後。これが、俺が覚えてる父さんと母さんが亡くなった日の全部だ」


「………」


 一通り話し終えた春は口を閉ざす。まだ説明し足りないところはあるが、これ以上話せば泣いてしまう。そう思い春は話すのをやめた。

 話している最中、耀の方に顔を向けないのも同じ理由である。なぜか分からないが、耀の方を向いて話せば泣いてしまうと春は確信していた。


 泣くことは悪いことではない。しかし、今泣いてしまえば話は止まるうえに、耀に更なる心配をかけてしまうかもしれない。この二つが春が泣くのを我慢する要因になっていた。


 ざわつく心と熱くなった目頭を落ち着かせようとする春。そんな春の頭を、耀は優しく自分の胸へと抱き寄せた。


「………ぇ?」


 突然のことに困惑する春。耀の胸と手が自身を優しく包み込む。その居心地の良さに安心感を覚えるも、いきなりの行動に春は耀の胸の中から上目遣いで理由を尋ねる。


「耀? いきなり何を………」


「春が、泣きそうな顔をしてたから」


 優しい声音でそう言う耀。そんな彼女もまた、両目に涙を溜めていた。


「我慢しなくて、大丈夫だよ」


「―――っ!」


 泣くのを我慢して酷く震えた声。その声で耀は優しく春へと語り掛ける。

 そして、その声と言葉に、春の涙をせき止めていた何かが壊れた。


「ぐ、ううっ。ああ………」


 両目から涙が溢れだし、嗚咽が漏れ始める。

 あれから約五年。それでも、両親が死んだその悲しみを、忘れることなどできなかった。


「父さん………母さん………」


 耀の胸の中で、その優しさと温もりを感じながら涙を流す春。子供のように泣きじゃくる春を、耀は優しく包み込む。右手で頭を撫で、左手で背中を一定のリズムで優しく叩くその姿はまるで聖母のようであった。

 そして、耀もまた春の両親を想いながら静かに涙を流した。







 重護と一愛のことを想い、涙を流した二人は目元がほんのりと赤い。しかし、先ほどまでとは違い、晴れ晴れとした表情をしていた。


「ありがとう耀。なんかスッキリした」


「元々は私が原因だからね」


「あー、そっか」


 そう言って小さく笑う春。その姿に耀も自然と顔を綻ばせる。


「こんな風にあの日のことを深く話したのは、耀が初めてかも」


「そうなんだ………」


 こんな大事なことを話した初めての相手が自分だということを嬉しく思う耀。しかし、春の両親が亡くなった話でそれは不謹慎だと、上がりそうになる口角を必死に抑える。

 春は泣いたことで落ち着きを取り戻し、途中でやめた話の続きを語り始めた。


「さっきの話の続きなんだけど、キャンプに来てた他の客が遠目に俺たちが異界に連れ去られたところを見てて通報してくれたらしいんだ。だから近くに居た隊員の人が駆けつけてくれて、俺のことを助けてくれたんだ」


「じゃあ、その人のおかげで私は春と出会えたんだね」


 優しい笑顔で耀がそう言うと、春はその言葉に目を丸くさせる。

 耀と出会って二日。両親の遺影を見たときでさえ、一度もその考えに至ったことはなかった。だからか、耀の考え方に春は大きく衝撃を受けていた。


「………そっか。うん、その通りだな」


 春も同じように優しい笑顔を浮かべる。改めて自分を助けてくれた隊員に対して心の中で感謝する。

 そして、耀は春を助けてくれた隊員について尋ねた。


「春はその助けてくれた人が誰か知ってるの?」


「もちろん! さくらつかささんって人なんだけど」


「………桜木士?」


 その名前に聞き覚えのある耀は眉を顰める。名前を復唱し、自分の記憶の中を探る。そして、思い当たった人物に耀は目を見開いて驚愕した。


「桜木士って、あのSランク・・・・の桜木士さん!?」


「あ、やっぱり知ってるんだ」


「知ってるも何も………! 日本に二人しか居ないSランク隊員だよっ!? 魔法防衛隊員なら誰でも知ってるよ!」


「そ、そっか」


 グイッ、と春に詰め寄る耀。詰め寄ってきた耀に対して体を後ろへと反らして距離を保つ。出会ってまだ二日ではあるが、珍しい耀の姿に春は戸惑う。そんな春の様子に気づいた耀は落ち着きを取り戻し、詰め寄った体を元の位置へと戻す。


 ―――Sランク。それは魔法防衛隊が定義するランクの中で最高位のランク。そのランクを持つ者は極めて少なく、世界規模でも数えるほどにしか存在しない。耀は『日本に二人しか』と言っているが、正確には『日本に二人も』が正しい。それほどまでに希少な存在である。そんな人物を魔法防衛隊員の耀が知らないはずもなく、このような反応になるのは仕方のないことであった。


 冷静になった耀は最近、別の事でも士という名前を聞いたことを思い出した。


「そういえばこの間、夢について知ってる人でも士さんって人の名前を言ってたと思うんだけど。もしかして………」


「桜木士さんだね」


「やっぱり………」


 ため息をするように呟く耀。二人にとってはかなり重大な秘密である夢。それを超大物隊員が知っていることを言わなかったことに呆れる。

 そして、春も耀に呆れられていることをしっかりと感じ取っていた。


(なんか、呆れられてる)


「なんで夢について桜木士さんが知ってるの?」


「えっと、士さんが俺の師匠・・だから、かな」


「そっか、師しょ………え?」


 本日二回目のフリーズ。一瞬自分の聞き間違いかと思った耀だったが、確実に春は師匠と言った。

 その事実に再び耀は取り乱す。


「いや、え!? 師匠っ!?」


 夢について話すのだからよほど親しい間柄なのだろうとは思っていたが、まさかの師弟関係とは思っていなかった。


「な、なんで桜木士さんが春の師匠なの!?」


「事件の後に士さんが病院に来てくれてさ、そこから関係が続いてたんだよ。それで、防衛隊に入るから弟子にしてくださいって頼んだんだ」


「頼んだって………えぇー。頼んでなれるものなの?」


 うぅーん、と両腕を組んで唸る耀。それによって耀の豊かな胸が強く強調され、そこに吸い込まれるように春は視線を惹きつけられた。


「………っ!」


 しかし、途中でダメだと気づいた春は慌てて別の所へ視線を向ける。

 そんな春の葛藤に気づくことなく耀は思案を続けるが、士が春を弟子にした理由を耀がいくら考えたところで分かる訳が無かった。


「考えたところで分かる訳ないか………」


 その答えにたどり着いた耀は深く考えるのをやめる。考え事をしていたせいか、耀はいつの間にか落ち着きを取り戻していた。

 そして、春の過去について話を全て聞いた耀。それでもなお心に残り続ける不安があった。


「春」


「………なに?」


 先程までとは違い、真剣な声音で春の名前を呼ぶ耀。その声で春は緩んでいた気分を一気に引き締め直される。そして、耀のことを真っ直ぐに見つめて後に続く言葉を待つ。

 耀も春の両目を見つめ、心に抱く不安を口にした。


「春が防衛隊に入った理由って、なに?」


 耀はかつて、喰魔への復讐のためだけに魔法防衛隊に入った人を見たことがあった。任務から帰ってきたその隊員の体は傷だらけで、目には光が無かった。

 風の噂でその隊員と共に任務へ向かった他の隊員の話を耳にした。なんでも、異界で任務が終わった直後に喰魔の群れを発見。疲弊していたのもあり、危険が大きいと判断した他の隊員たちは今回は見逃すことにした。

 しかし、その隊員は他の隊員たちの制止を振り切り、単身で群れに突撃。体にたくさんの傷を作りながらも群れを殲滅したらしい。その隊員は今までにも似たような行動をしており、その積み重ねが問題となり謹慎処分となった。


 しかし、その隊員は謹慎を守らずに異界に一人で入り、多くの喰魔を倒してからそのまま異界で亡くなった。


 喰魔に人生を狂わされ、復讐に人生をついやした。

 未来への希望を捨て、過去の絶望と憎しみに囚われていた。

 そんな人物を知っているからこその不安と恐怖。そして、その隊員と同じ道を春に歩ませるわけにはいかない。もし、春も同じなら全力でそれを止める。そんな覚悟を耀は抱いていた。


「なんとなくだけど、耀が何を不安に思ってるのか分かるよ」


 春はそんな耀の不安をしっかりと感じ取っていた。

 そして、耀の不安を消すためか、春の声はいつにも増して優しさと落ち着きに満ちていた。


「確かに父さんと母さんを殺した喰魔は憎いし、復讐心が無いと言えば嘘になる」


 目線を下げ、自身の両手を見つめる。

 二人の最後を、握っていた手から力が無くなるその感触とそのとき抱いた悲しみを思い出す。そして、沸々と込み上げる怒りと憎しみに両手で力強く拳を作る。

 忘れられるはずがない。忘れてなるものか………と。


「だけど―――」


 思い浮かぶのは、両親の最後の言葉。


『お願い………生き、て』


『生きて………幸せ、に………』


 二人が死を悟りながらも、必死に遺した言葉。二人の言葉はしっかりと春の胸に刻まれていた。


「俺は、俺の命と幸せ・・・・を捨てるつもりはないよ」


 そう言うと春は両手の拳を解き、優しい笑顔を見せる。その笑顔に耀は目を点にし、唖然とした表情で春を見ていた。

 その姿に春はクスッと笑うと、自分が魔法防衛隊員に成ろうと思ったきっかけとなる両親との約束を思い出していた。


「それに、ちょっとした約束もあるんだ」


「約束?」


「ああ」







 それは春がまだ幼稚園児で、リビングにて家族三人でヒーロー番組見ていたときのこと。テレビの中で活躍するヒーローたちのことを春は目を輝かせて見ていた。


『俺もこんな風になりたいなー!』


『春はヒーローになりたいの?』


 ソファに座り、春を膝に乗せる一愛が優しく尋ねる。


『うん! 強くなって、悪いやつをバンバン倒すんだ!』


『そっか。でも、お母さんそういうのは嫌かなー』


『ええー! なんで!? カッコイイじゃん! 悪いやつを倒すの!』


 まさかの拒絶に騒ぎ出す春。そんな春に一愛は理由を話し始めた。


『お母さんはね。この敵を倒すレッドより、ボロボロになってもみんなを守るこっちのブルーの方がカッコイイと思うんだ』


 そう言って指したのが敵に突撃して次々と敵を倒していく赤色のヒーローと、傷だらけになりながらも人々を守る青いヒーローだった。


『えー! こっち敵にやられてるじゃん! カッコ悪いよー』


『そっかー。お父さんはどう思う?』


『………ん。どちらもカッコイイと思う。が、強いて言うなら俺もブルーだな』


『えー! なんでー!』


 重護も一愛に賛同し、理由の分からない春はふてくされ始める。そんな春に一愛は優しくブルーをカッコいいと思う理由を話し始めた。


『つまりね。敵を倒すヒーローじゃなくて、みんなを守るヒーローの方がカッコイイと思うなってこと』


『………んん? それってどう違うの?』


『………大きくなればその内分かるさ』


『えー………』


 元気を無くして顔を俯かせる春。これはやってしまったか、と重護と一愛は気まずそうに顔を見合わせる。


『………分かった!』


 一転して、春は元気よく顔を上げる。急に元気になった春に二人は驚くも、春はそんな二人を置き去りにして高らかに宣言した。


『俺、敵を倒すヒーローじゃなくて、みんなを守るヒーローになる!』


『………違いは分かったのか?』


『分かんない! でも! お父さんとお母さんがそう言うなら、きっとのその方がいい!』


 キラキラと輝く真っ直ぐな春の瞳に、二人は優しい笑顔を浮かべた。


『うん。春ならきっとなれるよ』


『ああ』


『えへへ!』


 自分の夢を応援してくれる両親の言葉に、幼い春は無邪気に笑うのだった。







 幼き子供が語る曖昧な夢。それでも、確かに両親の前で約束した夢。

 あのときは理解できなかった両親の言葉の意味をしっかり理解した今、もう一度それを口にする。


「俺は、敵を倒すヒーローじゃなくて、みんなを守れるヒーローになりたいんだ」


「………そっか」


 子供が夢を話すときのようにキラキラと輝く真っ直ぐな春の瞳。その瞳と春の答えに耀の不安はなくなり、優しく笑って見せる。しかし、先ほど春が言った言葉に付け加えたいことがあった。


「ねえ春。さっき、幸せを捨てる気はないって言ったよね」


「ああ」


「うん。それじゃあ―――」


 そう言うと耀は春の右手を両手で優しく包む。そして、穏やかな笑顔と共に言い放った。


「絶対に、一緒・・に幸せになろう」


 一緒に、とはこれから先の未来もずっと共に居るという意味。春の言う幸せに自分も含ませ、それを誓わせる言葉。本来なら明るく希望に満ちた言葉の裏にはおおよそ中学生が持つべきではない、言った本人でさえ自覚の無いとても重たい感情が込められていた。

 そして、なんとなくではあるが春はその言葉の重さを感じ取る。そんな春が出した答えは―――


「………ああ、必ず」


 誓いを立てる言葉だった。

 必ずと言った春の顔には一切の迷いがなく、耀と同じ穏やかで優しい笑顔で満ちていた。

 春は昨日、自分から耀のことを好きだと言った。それは決して軽い気持ちではなく、自分の心と真剣に向き合って出したものだ。

 ゆえに、春の中で耀の言葉に対する答えなどうに決まっていた。


「約束する。必ず、耀と一緒に幸せになるって」


「ふふっ、約束だからね」


 春の言葉に耀はより幸せそうに頬を綻ばせる。そして念を押すように、間違いではないことを確かめるように『約束』という言葉を繰り返すのだった。

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