第5話

宮崎静流の相談は、確かに何かに取り憑かれている、と思わせるものだった。


ある朝、目覚めると閉めたはずの窓が、開いていることに気付いた。しかも、手足が汚れている。まるで、裸足で外を歩き回ったかのように。さらに、十分な睡眠を取ったつもりが、体がだるかった。


もしかしたら…自分は寝ていないのか、と思い当たる。


夢遊病というやつだろうか。


その場合は、心療内科に相談すればいいのだろうか。


悩んだ挙句、宮崎は何もしなかった。疲労は溜まるが、支障ない。そう考えたのだ。しかし、仕事は全く捗らないし、居眠りまでしてしまう始末に、上司からたるんでいると怒られ、同僚にも呆れた視線を向けられてしまった。


いよいよ、何とかしなければならない、と考えたが、その日は悪夢を見た。


曖昧だったが、何かに襲われる夢だった。酷く恐ろしく、やはり自分の心は疲れているのかもしれない、と考えて心療内科に相談へ行ったが、睡眠薬を出されただけだった。


効果を期待して、薬を飲んで眠ったのだが…


その次の日のも、窓は開いていたし、手足は汚れている。これは、自分に何が起こっているのか、確かめなければならない…


と携帯端末の録画機能で、眠っている自分の様子を撮影する、という作戦を決行した。


しそこには夜中に目を覚ました自分が、起き上がって、すぐに窓の方へと向かっていく姿が。


だが、いつもと違うのは、自分の腕に切り傷のようなものがあったことだ。どこで怪我をしたのか、パジャマもベッドのシーツも血まみれだった。


何かの呪いだ。

いや、幽が取り憑いているのかもしれない。


とにかく、夜中に自分が何をしているのか知りたかった。しかし、夜中まで自分を見張ってくれる恋人もいなければ友人もいない。


そこで思い当たったのが、自分が勤める会社の上階に入っている謎の探偵事務所だった。調べれば、何でも奇妙な事件を得意としているらしい。このような奇妙な事件こそ、依頼すべきことではないか、と宮崎は決意し…そして、ファーストフード店の前で、その探偵事務所に良く出入りしている、スタッフらしき男を見かけたので、声をかけたのだった。




宮崎の話を聞いてから、数時間後。電話の向こうで宮崎が言った。


「これから、ベッドで横になるところです」


「分かりました。こちらは窓の下で待機しています。安心して眠ってください」


「ありがとうございます」


と言って、宮崎は電話を切った。


「しかし、不幸中の幸い、というやつだね」


と如月が言う。


「何のことですか?」


「正体不明の女に襲われ、事務所が滅茶苦茶になった。これで宮崎静流が訪ねてこなければ、仕事もなかった。依頼料がたくさん取れるような仕事だと良いけどね」


「その分、難易度が高い仕事…ということになりますけどね。それより、如月さん」


「なんだい?」


「腕にまとわりつくの、やめてもらえます?」


「……」


新藤と如月は、宮崎の相談を聞いて、依頼を受けることにした。宮崎の依頼は、取り憑いた霊を除霊してほしい、ではなく、自分の身に何が起こっているのか、確認してほしい、というものだった。


だから、その日の夜から、早速調査を開始することになった。毎晩、眠った後に窓を開けて、どこかへと行く、彼女を追うために、宮崎が住むマンションの下、彼女の寝室の窓を見張れる場所で、新藤と如月は張り込みをしているのだが…。


如月は昼のショックから、まだ抜け出せずにいるのか、新藤の腕に自分の腕を絡めて離れようとしかなかった。


「怖かったのは分かりますが、そろそろ大丈夫でしょう? 張り込みに集中できないじゃないですか」


「いや、新藤くん…君は分かっていないよ。私はね、今まで異様な力を発揮する人間には、何度も出会ったことがある。その人物たちは、例外なく異能者だった。異能者である、ということは絶対、私には勝てない。君と言う例外は確かにあったが、それでも私は勝てた。異能者であるからには、勝利してきたんだよ。それが、あの女は……」


如月は悔しいのか、それとも恐怖が再生されたのか、握った拳が震えている。


「あの女は異能者ではなかった。それなのに、なんであんなに強い! 正体不明過ぎる…某国の改造人間なのかな。それとも、サイボーグか何かか?」


「そんなに強かったんですか?」


「うん…下手したら、君よりも強いぞ」


「僕より強い人なんて、世界中にたくさんいますよ」


「たくさん、と言っても…百人はいないだろう。そんなやつが、なぜ私の仕事場を襲撃するのだ。何が目的だ。誰の差し金だ。どこからやってきたんだ」


如月の悪態を聞いて、新藤は何か重要なことを思い出しそうになった。乱条、という謎の襲撃者の正体に関する、何かを。それは後少し、一秒でも思考を傾ければ、浮上するであろう記憶だったのだが…。


「如月さん、あれ!」


「お、早速だね」


宮崎が寝ている寝室の窓が、ゆっくりと開いたのだった。

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