第3話
如月は、新藤が外出している間、訪ねてきた人物の相手をしていた。
「良いね、如月くん。左手で握ったら、右手が熱くなる。右手で握ったら左手が熱くなる。使い方、理解した?」
如月の目の前にいる女は、髪はぼさぼさで牛乳瓶の底みたいな大袈裟なメガネをかけている。白衣を着ているところから、何かしらの研究者という雰囲気だ。
「重田博士、それは分かったから。こっちは?」
如月はデスクを挟んだ場所に立っている、研究者らしい女性…重田博士に質問する。
重田博士は如月のデスクの上に置かれた、いくつかの奇妙な物体について説明していた。それは手の中に握れるほどの大きさをした球体で、真ん中を境に上下で色が違う。まるで、カプセルのような見た目をしたものだ。その一つを手に取って重田は説明する。
「こっちは、いわゆる煙幕だね。軽く握って、放り投げる。そしたら、煙が吹き出すから。敵の目を眩ませるのは最適だ」
「なるほど」
「今回はこんなものだ。質問がなければ私は帰る。これでも、忙しい身だからね」
「そうか。そろそろ新藤くんが戻る頃だと思うが…挨拶でもしたらどうだ?」
「必要ない。彼は私なんかに興味はないだろう」
「そんなことない。彼は誰にでも友好的だ」
「友好的であっても、その人物に興味があるかどうかは、また別だからね」
如月は首を傾げるが、重田は苦笑を浮かべるだけで、事務所を出て行ってしまった。やることがなくなった如月は、新藤の帰りを…いや、ハンバーガーの到着を、今か今かと待っていたが、ドアが何者かによって開かれる。
そして、それが突然やってきた。最初如月は、新藤が思ったよりも早く帰ってきた…と思ったが、ドアを開けたのは見知らぬ女だった。
「邪魔するぜ」
遠慮のない様子で入ってきたのは、スカジャンを羽織った金髪の女だった。明らかにチンピラの手下のような出で立ちなので、依頼人ではなく、何かトラブルを持ち込もうとする人間だろう、と予測がついた。女は如月のデスクの前まで進むと、鋭い目付きで言った。
「おい、あんたが如月葵だな…?」
「…そうだが、君は何者だ?」
女は肉食獣を思わせる笑顔を浮かべるだけで、如月の質問には答えない。それどころか、女は手を伸ばして如月の胸倉を掴み、自分に引き寄せる。そこで、如月はこの女の握力が異常に強いことに気付いた。女は言う。
「あたしが何者かなんて、どうでも良いんだよ。如月葵、あんたには痛い目を見てもらうぜ」
「はぁ? せめて事情だけでも話してくれないか。私は何でも暴力で解決しようとする姿勢が嫌いでね」
「事情だぁ? だから、どうでも良いんだよ。そんなことは」
言葉が通じそうにない、と判断した如月は、自分を拘束する女の手を掴んだ。そして、デスクに置かれたカプセル状の物体を手に取り、握りしめた。
「ならば、こちらも手段は選ばないぞ」
如月が不敵な笑みを浮かべると、女は異変を感じ取ったらしかった。危機を察知したかのように、素早く如月を解放し、手を引っ込めた。そして、如月に掴まれた手首の辺りを不思議そうに見つめる。僅かに赤くなった手首から、如月に視線を戻すと、下らないと言わんばかりに鼻で笑った。
「これが異能力ってやつか。手品みたいなもんだな」
「まぁ…そうだね」
女が手を引っ込めたのは、如月の握力が強かったからではない。如月は、重田に渡された「簡易異能発生装置」によって、自分の手の平に高熱を発生されたのである。
如月は内心、直前に重田が訪ねてきてくれて助かった、と胸を撫で下ろすような気持ちだった。だが、如月が見せた驚くべき現象に、女は驚くどころか、楽し気に笑った。
そして、その後は破壊の限りを尽くした。
殴る蹴る。それだけで、如月探偵事務所のデスクや棚、備品やガラスなど…次々と破壊されていった。如月は逃げ回るだけだった。女の異常なまでの破壊力に、異能者であることを疑い、異能者に対する切り札を使ってみたが、女には何の効果も表れなかった。逃げる草食動物を追い詰めるライオンのように、女は如月の逃げ場を奪っていく。
追い詰められた如月は、デスクに残されたもう一種類のカプセルを手に取り、放り投げる。すると、瞬く間に事務所は煙で満たされた。それによって女の目を眩ますと、一か八かでロッカーに身を隠したのだった。
女はその後も、事務所の破壊を続けたが、如月が何らかの方法で消えた、と判断したのか、その場を立ち去ったそうだ。
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