第25話
優花梨が如月に言った。
「お願いします」
「分かった。陸、少しお母さんから離れて」
陸は如月に指示されて、百地の顔色を伺った。母親が頷いたことを確認し、陸はその場から少しだけ離れた。
「じゃあ、始めるよ」
「待って」
止めたのは、百地だ。
「彼女は…どうなるのですか?」
「……貴方の能力は、ただドッペルゲンガーを生み出すわけではない。もしもの世界の自分を召喚することだ。君の異能力を消したら、彼女はもとの世界に戻る。死んでしまうわけではない」
百地は優花梨を見た。彼女は安心させるような笑顔で、百地に頷く。
「始めるよ。二人とも、並んで」
如月の言葉に、百道は躊躇いがちに頷いた。百地と優花梨が並んで如月の前に立つ。如月は、その後ろに立つと、右の手を百地の肩に、左の手を優花梨の肩に置いた。
「管理者権限でシステムにアクセス」
その言葉に反応したかのように、如月の全身が、太陽のように白い光を発した。その様は、百地と優花梨を救うために、奇跡を起こそうとする、救世主のようだ。さらに、如月は呪文でも唱えるかのように、呟き出した。
「異常データを検出。デリート開始」
如月が発する光が、百地と優花梨の両方へと流れ込む。百地はただ光に包まれるだけだが、優花梨の方は明らかに体が薄くなって行った。百地は横にいる、優花梨へ声をかける。
「幸せになってね。私も…頑張る。幸せになれるよう、頑張る」
「うん。今度こそ…約束ね。それから、ヒロに謝っておいて。一緒に日の出、見れなくてごめん、って」
優花梨の体はますます薄れた。
「それから、新藤くん」
と優花梨は言った。新藤は口を強く結んで、彼女の言葉を待つ。
「ありがとう。この世界で、貴方に再会できて…よかった」
「優花梨さん、君に勧めたかった本があるんだ。もしよかったら…向こうの僕に聞いて欲しい。向こうの僕も、また君に会いたいと思っているから」
新藤が言い終わる前に、優花梨の体は完全に消滅していた。
如月が発していた光は消え、辺りは再び暗闇に包まれる。全員が何も言葉を発さなかった。百地も、新藤も、たぶん陸ですら、釈然としない気持ちを抱えていたのだろう。そんな彼らのもとに、成瀬が近付いてきた。
「さて、全部終わったかな……って、おい! 後ろ!」
成瀬が声を上げる。
その言葉に誰かが反応するよりも早く。陸の体が何者かによって、後ろに引っ張られた。全員が陸の方を見る。
彼の背後にいたのは…成瀬の鉄球を受けて、倒れていたはずの殺し屋の男だ。彼がナイフを握り、陸を拘束している。
「全員、動くな」
と殺し屋の男は呟くように言った。
「おいおい、落ち着け。そんなことをしても、助からないぞ」
成瀬が両手を上げながら、宥めるように言うが、殺し屋の男は、取り乱した様子もなく、陸の首にナイフを突き立てる。
「私を逃がせば、殺しはしない」
「分かっているから、まず落ち着けって」
と成瀬は説得を続けるが、効果はないようだ。
「私は落ち着いている。全員、跪いて…私に背中を見せろ。いいな?」
「やめて! 陸を傷付けないで!」
取り乱す百地。
新藤と如月はお互いに目配せをする。
だが、状況を打破するようなタイミングが、訪れるとは思えなかった。しかし、如月が真っ先に、あることに気付く。
「待ちなさい。それより…貴方の方が後ろを向いた方が良いかもしれない」
「……そんな子供だましに乗ると思うか?」
「いえ、本当に振り向いて確認すべきだと思う。もちろん、貴方が後ろを向いた瞬間、この新藤くんが飛びかかり、陸を助けるだろうけれど。でも、振り向かないなら、もっと痛い目に合うかもしれない。どっちにしても、貴方は助からないけど、選ぶことだけはできるみたい。振り向く? それとも、振り向かず背後の危機を放っておく?」
そのときには、新藤も成瀬も、百地も、殺し屋の背後に迫るものを見て、息を飲んだ。新藤が一歩前に出る。殺し屋の男は状況を理解できないが、背後に何かが迫っていることは認めなければならないようだった。振り返るべきか、それとも一か八かで陸を新藤へと突き飛ばし、逃げ出すか、迷っているらしい。
だが、その判断は遅かった。
背後から伸びた手が、ナイフを握る彼の手を掴み、捻り上げた。振り払おうとしても、その力は凄まじい。まるで、万力で挟まれてしまったかのようだ。その隙に新藤が飛び出し、泣き叫ぶ陸を救出して、素早く離れる。同時に、新藤は叫んだ。
「木戸くん、ナイフをもう一本、取り出したぞ!」
殺し屋の男は拘束された手とは、逆の手で腰からナイフを抜き取った。そして、背後の男…木戸に対し、逆手で握ったナイフを突き出した。
確かな手応え。これで、拘束から逃れられる…
はずだったが、彼を拘束する力は、さらに増していた。
突き刺したナイフを引き抜き、もう一度、突き刺してやろうとした。だが、凄まじい力で、突き飛ばされる。殺し屋の男は、やっと振り返って、木戸の姿を確認した。
しかし、それは遅すぎた。
彼の眼前には木戸の巨大な拳があった。
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