第5話
「如月さん、どう思いますか?」
新藤は電話の向こうの如月に問いかけながら、辺りを見回す。
彼は百地の警護のため、彼女の自宅の前にいた。
あの後、百地は正式に依頼を出し、如月がそれを受けた。色々と調べるべきことがあると思われたが、
百地と陸から目を離すわけにはいかないと判断した新藤は、一緒に事務所を出たのだった。
「ドッペルゲンガーが何者か、という点はひとまず横に置いて、百地の背中を押した人物が気になるな」
「彼女の家まで押しかけた人物もそうですが、やはりドッペルゲンガーの女が、何者かを雇ったのでしょうか?」
「ドッペルゲンガーが金を出して人を雇うか? アルバイトでもしているの?」
確かにドッペルゲンガーと言われたら、霊体のようなものを想像するものだ。そんな存在がバイトをしたり金の工面に悩んだり、人間らしい一面があれば、恐ろしさは半減してしまうかもしれない。
「それは…そうかもしれませんが、ドッペルゲンガーに扮した誰かだとしたら、金はあるんじゃないですか。
例えば、百地さんに何かの恨みがあって、あえて彼女と同じ顔に整形して、彼女の前に姿を現した。それはそれで、人の執念を感じさせる、恐ろしい話ではありますよね?」
「どうかなぁ…私だったら金を払ってまで、嫌いな人間と同じ顔になりたくないけど。そんなことするくらいなら、もっと違う手段で怖がらせたり嫌がらせしたりするために金を使うね」
「いや、だから…何て言うか、自分を奮い立たせるためにやるんですよ」
「恨みを晴らした後は? 気持ちをスッキリさせるために復讐するはずが、終わった後も恨めしい人間の顔がそこにあるって言うのは、胸糞悪いよね?」
新藤は言葉に詰まる。
「話を戻そう」
如月は冷静に話の舵を切る。
「ドッペルゲンガーの女と、依頼人の家まで訪れた男。この二人は何となく目的が似ている気がする」
「そうなんですか?」
「うん。この二人は依頼人の百地を恐怖させることが目的だと思う。ただ、背中を押した人物に関しては、明らかな殺意があった」
「ドッペルゲンガーの女も、家まで押しかけてきた男も、単に実行する機会がなかっただけでは? この二人のどちらかが、背中を押した人物と同一である可能性だってありますよ」
「うーん…じゃあ、想像してみて欲しい。交差点で目の前の人間を押して、車に轢かせて殺そうとする。どんなタイミングが適切だろう。
力はどれくらい必要か。
実行するとき、人目に付かないためには、どうするべきか。
それから…人の命を奪う、その勇気はどこから出てきたのだろう。
これは少しの覚悟では実行できないものだ。仮に衝動的な犯行だとしたら、現場からスマートに姿を消せるほど、冷静でいられるだろうか。何となくだけど、
この背中を押した人物だけは、冷静な判断の上、行動したように思える」
「プロ、ということですか?」
「どうだろう。ドッペルゲンガーの女と、家まで押しかけてきた男は、あえて百地に自らの姿を見せてアピールしているようにも思えるが、背中を押した人物は、ちょっと違う印象を受ける」
「つまり…これは最低でも二つの事件が同時に起こっているかもしれない、ということでしょうか?」
「私の直感はそう言っているね」
新藤は低く唸る。
自分では何が起こっているのか推理することすら難しいようだ。
「成瀬さんは、どうして事務所を訪ねてきたのだろう」
如月が独り言のように呟く。急に関係のない話に飛んだような気もしたが、新藤もその理由について考えてみた。しかし、どうしても結び付くようには思えなかった。
「とにかく、依頼人の警護は君に任せて、私は色々と調べてみる」
「色々って…例えば?」
「依頼人の交友関係と人殺しのプロが妙な動きをしていないか…という点かな」
「分かりました」
電話を切ろうとしたが、如月が引き止める。
「それから、依頼人の家には車はあるか?」
「駐車場はありますが、車は停まっていません。恐らく、旦那さんが使っているのだと思います」
「だとしたら、旦那が帰ってきたら、車にGPSを仕掛けておきたまえ。持っているよね?」
「もちろんです、って言うのも、何だか後ろめたいのですが。でも、どうして旦那さんの車に? 何か怪しいのですか?」
「たぶんね。じゃあ、また後で」
新藤は電話を切ってから、改めて辺りを見回した。
特に異常はないようだが、空模様が怪しい。
天気予報では曇りだったが、今にも雨が降ってきそうだ。手の平を空に向け、雨が降っていないか確かめると、僅かに水が落下した感触があった。
新藤が百地の家に戻ると同時に、その人物が現れる。恨めしそうな目で百地の家を見つめるその人物は、
間違いなく百地本人だった。
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