勇者シルべの冒険記

浮水 雨々

第1話 勇者シルべ

 これは勇者が平和を取り戻す物語...。


 ある日、小さな村フレグラで、


「パパー!大変だー!」

「どうしたんだユク。そんなに慌てて」

「アリアさんがお腹を抑えながら倒れたんだ!」

「なに!アリアが...今行く!」


 フロートが娘ユクの声を聞き仕事道具を持って家を出た。

 小川の橋を渡りアリアの家に着いた。


「アリア!大丈夫か!」

「フロート...。お腹が...。」

「こりゃ今すぐにでも生まれそうだな。ユク!綺麗な布を持ってこい!」

「はいパパ!」


 アリアは村一番の美人で村のみんなに愛されていた。フロートは家族で病院を営んでおり、村の外でも優秀な医者として有名だった。娘ユクはまだ6歳ほどで父フロートの手伝いをしている。


「よしここは良いからお母さんを呼んできてくれ」

「アリアさんは大丈夫だよね?」

「パパがいるから大丈夫だ。さあ早くお母さんを」


 ユクはフロートに言われて母を呼びに行った。母マナは医者ではなかったが村では唯一回復魔法を使えるので人気者だった。


「ダメ...!生まれそう...!」


 アリアはフロートの腕をグッと掴んだ。フロートはマナを待っている時間はないと感じすぐに出産の準備をした。


「もうすぐの辛抱だ。頑張るんだ」

「ふー!ふー!」

「頭が出てきたぞ!目一杯力むんだ!」


 そして、アリアの全身の力が抜けるのと同時にフロートは腕が重くなったのを感じた。


「オギャー!オギャー!」

「生まれたぞ!元気な男の子だ」

「はぁはぁ..良かった..。」


 元気な男の子を産んだアリアは疲労のせいか気を失った。ちょうどそこにマナを連れたユクが到着しフロートに飛びついた。


「良かった無事に産まれたんだね!」

「あぁ男の子だ。マナ魔法をかけてくれないか」

「分かったわ。アリアよく頑張ったわね」


 マナの手から緑の光が放たれアリアは目を覚ました。フロートが男の子をアリアの隣に寝かせ、男の子は村中に響きわたるほどの泣き声を上げた。


「おい!アリアの子供が生まれたそうだぞ!」

「あぁ!今の声は子供の産声だろう」

「行くぞ!」


 知らせを受けた村人たちはお祝いの野菜や肉を持ちながらアリアの家に向かった。大勢が押しかけたが、フロートが子供が怖がるだろうと言いその場を押さえた。


「ありがとうフロート。無事に生まれたのはあなたのおかげだわ」

「良いんだ。お前も無事で何よりだよ」

「アリアさん!この子の名前は決めたの?」

「もうとっくに決まってるわ。シルべ...。この子はシルべよ」

「シルべ!良い名前!」


 男の子の名はシルべ。この日は伝説の始まりになった。


 それから12年の月日が経った。村は変わらず平和でシルべはみんなから可愛がれていた。アリアは女手ひとつでシルべを育てていた。一度シルベが父のことを聞いたがアリアが言うにはシルべが産まれる少し前に死んだらしい。それを聞いたシルべは深く考えなかった。


「ナルジさん。今日はいっぱい獲れるかな」

「どうだかなー。最近はめっきり不漁が続いてるからな。シルべ、網の準備をしといてくれ」


 シルべは漁師になるためナルジと言う男のもとで働いていた。最近は魚が取れずナルジさんは生活が難しくなっていた。今日は場所を変えようと船を使い沖に出ようとしていた。


「ナルジさーん!準備できたよー!」

「よし、今日は獲れると良いな」


 二人が船に乗り出航しようとしていた時だった。


「おいナルジ!ちょっと来てくれ!」


 一人の村人が大声を出していた。


「なんだ!今から漁に出るんだよ。後にしてくれ!」

「今来て欲しいんだ!ネリさんの畑が荒らされたんだ!」

「くそ、また野良犬が出たか。シルべ、今日の漁はなしだ。家に帰っていいぞ」

「そんなぁ。せっかく準備したのに...。」


 二人は船から降りて村に戻ろうとしていた。しかし、諦めきれなかったシルべはナルジが戻ったのを確認し一人船に戻った。


「ナルジさんがいなくても俺は一人でできるんだ。これで魚が獲れちゃったら母さん喜ぶだろうなー」


 シルべは錨をあげて船を出した。少し沖に出た頃、村の方から雷鳴が聞こえた。シルべは目を凝らして村の上空を見る。


「なんだあれ。なにか降りてきてる」


 曇天の空の中から黒いナニかが降りてきているのを見た。その瞬間大きな爆発音と共に悲鳴が響き渡った。


「なんだよ今の!戻らなきゃ!」


 シルべは急いで岸に戻り船を降りた。村に続く石造りの階段を登り村を見渡した。そこには何も残っていなかった。家も畑も井戸も全てが焼けており、周りには血に塗れた村人が倒れていた。そこにはナルジも倒れていた。


「ナルジさん何があったの!」

「シルべか..。早く逃げろ..。」

「なんでこんな...!」

「良いから...早く...」


 ナルジは死んだ。シルべは泣きながら自分の家に向かった。


「母さん...。無事でいてくれ!」

「シルべ!」


 声がした方を向くとそこにはユクがいた。服には血が着いていたがユクのものではなかった。


「ユク!いったい何が..」

「パパとママが!」


 フロートとマナが家の瓦礫の下敷きになっていた。マナはもう息をしていなかった。フロートだけでも急いで助けようとするがまだ12歳のシルベには重すぎた。


「ダメだ...。持ち上がらない...!」

「もういい。シルべ、ユクを連れて逃げてくれ」

「ダメよパパ!」

「早く行け!いつが戻ってくるか分からない!」


 するといきなり家が火に包まれた。


「ごめん...。フロートさん」

「娘を頼んだぞシルべ!」


 ユクの手を握りその場を離れた。ユクは泣きながらも抵抗せずシルべと一緒に走った。橋を渡り家に着いた。家はなんともなかった。


「良かった。母さん!」

「うう...パパ、ママ..」

「ユク...」


 ユクを落ち着かせシルべは家の中を探した。いくら探してもアリアの姿はどこにもなかった。


「母さん!母さーん!」

「シルべ...!アリアさんがいたわ!」


 ユクが橋の下を指差していた。そこには腹に穴が空いているアリアの姿があった。


「母さん!そんな...」

「シルべ...あなたなのね。ごめんなさい、もうお母さんだめかも」

「まだ助かる!喋らないで!」

「もう無理よ。自分の体だからよく分かる」


 アリアはもう助かりそうになかった。最期にシルべにあることを残した。


「シルべ...。家の床に扉があるのを覚えてる...?」

「うん。でもなんで今...」

「地下室がある。その中に全てが残ってるわ...。」


 昔、扉を開けようとして怒られたのをシルべは覚えていた。今まで怒られたことはなかったがその時だけ強く怒られた。異様に感じる扉にはそれ以来近づくことはなかった。


「シルべ。私はもう行くわ。最後にひとつ...あなたを愛してる」

「母さん....。」


 アリアはシルべの腕の中で静かに息を引き取った。

 後ろでユクが泣いている。シルべは立ち上がりユクを連れて家の中に入った。


「ユク、いったい何があった」

「私が買い物をしている時に急に空からナニかが降りてきて、なんだろうと思った瞬間にはもう目の前が...」


 シルべはゆっくりと状況を聞いた。ユクが言うには突然顔が二つある魔物が降りてきて魔法を使ったらしい。その瞬間全てが焼けた。その魔物は仕切りにこう言っていたらしい。「アリアはどこだ」と。


「なんで母さんを探してたんだ」

「分からない。けどあれは...」


 ユクが何かを喋ろうとした時、途端に明るくなった。


「え?」


 家の屋根が吹き飛ばされたのだ。上から二つ顔の魔物が降りてきた。


「こいつが...。ユク!こっちに来るんだ!」

「シルべ!こいつが村を破壊したの!」


 想像より恐ろしい見た目をしていた。正面と後ろに顔がありどちらも微笑んでいた。


「お前がアリアの息子か。見つけたぞ」

「なんで俺を探してるんだ!」

「お前が知る必要はない。死んでもらうぞ!」

「逃げるのよ!シルべ!」


 逃げようとした瞬間、二人は吹き飛ばされた。


「なんだあの力...。強すぎる」

「これが勇者の血筋?笑わせるな!」

「勇者?なんのことだ!」

「とぼけるな!」


 魔物の口から赤い光が放たれた。


「やばいこれが当たったら...!」


 魔法が二人の目の前まで来た瞬間、方向が変わり魔物の方に跳ね返った。


「グワァ!なんだと!」

「なんだこれ...!」


 シルべとユクの周りを金色の光が包んでいた。


「シルべ、あなたの魔法...?」

「分からない。けどあいつが苦しんでる!」


 魔物は自分の魔法が当たり苦しんでいた。


「まさか...その齢で使えるとはな...。キンダグルス様に報告せねば」

「お前は何者だ!」

「俺は軍神ミネロス。お前を殺せと命令された。しかし魔法を使いすぎた。今回は見逃してやろう」


 その言葉を残しミネロスは上空へと消えた。


「なんだったんだ今のは」

「シルべのことをと言っていたわ」

「どういう意味だろう」

「アリアさんが言ってた地下室に行けば何か分かるんじゃないかしら!」


 二人は地下室の扉に向かった。少し重い扉を開けると土埃の中から階段が現れた。

 下に進むと古書や使われていない鎧や剣などが無造作に置かれている。


「ゲホッ!ひどいな」

「一つだけ綺麗な本が置かれてるわよ」


 埃まみれの地下室に一つだけ光っている本が置いてあった。シルべはその本に近づき表紙を読んだ。


「伝説回遊記...。日記みたいだ」


 硬い表紙をめくるとなにやら旅行記のようだ。読んでいくとあることに気づいた。


「アリア...。母さんの名前だ!これは母さんが書いたやつなのか」

「アリアさんこの村に来る前に旅をしていたのね」

「でも、なんで『魔物と戦った』と書いてあるんだ」


 読み進めていくとアリアがこの村に来る前に旅をしていたことが分かった。それも魔物を倒しながら何かを探していたらしい。


「母さんは父さんと出会って旅をやめたんだ。そしてこの村で俺を産んだ」

「シルべのお父さんのこと何か書いてありそうじゃない?」

「確かに...もう少し見てみよう」


 読み進めたが白紙が続いた。読むのをやめようとした時、最後の一ページに文章を見つけた。


「待って!何か書いてあるわ」


『愛しき私の子シルべ。私の子供ということは勇者の血を継いでいるはず。あなたの父は私が勇者の血を引いていると知った途端に私を置いて行った。あいつは人間じゃなかった...。』


 シルべは母アリアが自分に父のことを話したがらない理由を知った。そして父に会えば全てが分かるとそう感じた。


「ユク。母さんは勇者の血を引いていたから殺されたんだ...。俺は父さんを探すよ」

「シルべ...。私も行くわ!ここにいても一人になっちゃう」


 そしてシルべとユクは地下にあった古い鎧と青銅の剣を装備し、旅の準備をした。


「俺は父さんを探すために旅に出る!そしていずれこの村を復興させる!」


 大きな声でそう誓いシルべとユクは村を出た。




 父を探しに旅に出たシルべとユク。様々な出会いと困難が待ち受けていることをこときの二人はまだ知らない。






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