第十三話 Brand New Duo #C

 一月中旬。都内の高層ホテルにある大型ホールでは、生放送番組『新春うたフェス』が今にも始まろうとしていた。

 Luminous Eyesは序盤の特別参加枠であり早々に出番を終える予定だが、出番が終わってもホール内で観覧しているところがワイプで抜かれるため気が気ではない。

 それに加え、今回ここに来ているのは二人だけ。出演者ではない左枝と後藤、宝多を含めても五人であり接触のタイミングも限られている。有名なアーティストばかりの中、大舞台の経験が最も少ないというのも不安を加速させる要素だった。



「本番でミスしないといいけど」


 楽園エンタテインメント本社の一角で、礼はテレビを睨みながら呟いた。その鋭い目つきからは、皮肉なのか心配なのかの判断がつきづらい。

 何より、朱鳥にとっては礼がここまで他人に言及するというのが珍しく、思わずつついてみたくなった。


「心配してんの? 呪ってんの?」

「物騒なこと言わないで、純粋な心配よ。天宮月乃は取り繕うのが上手いだけで内面は年相応、一人だったらこの緊張には耐えられていないでしょうね」


 実際問題、この日の月乃は本番が始まるまでに繰り返しフリーズし、ひとみに三度も指圧されたことで背中を若干痛めていた。

 そんなことは知る由もないとは言え、まさかあの礼が他人を心配するとは、と面白くなってきた朱鳥は人差し指を立て更につつき回す。


「へー、心配してあげてんだ。礼が、人のこと、ねぇ?」

「……当たり前でしょ。初めてできたライバルよ、ここで醜態を晒すようなら頬を張りに行ってもいい」


 結局のところ物騒な発言をしていることは無視して、更に上機嫌になった朱鳥は嬉しそうな笑顔で礼の頬を物理的につつき始めた。


「ライバル! へーライバルかぁ~、あたしの時もそんなこと言ってくれなかったのにライバルなんてねぇ~」

「競い合うのにちょうどいい相手、って意味なら彼女が初めてよ」


 鬱陶しそうに手で払いのける動作をしながらも、番組開始の直前に礼は小さく呟いた。


「それに、あなたは相棒でしょ」


 聞こえなくてもいい、そう思っていたものの、朱鳥はしっかりと聞き取っていたようで思い切り体重をかけてきた。


「わかってんじゃん!」

「ちょっ、重い! もう始まってるでしょ!」



 楽園の女子寮、その一室。そこでは、ふわふわのパジャマに身を包んだ涼穂と歌音がテレビを見守っていた。

 涼穂の部屋には座椅子が一つしかないため、座椅子に座った涼穂に歌音が背中を預ける形を取っている。


「始まった!」


 いつもより元気ながら、どこか真剣さを含んだ声を上げる歌音の後頭部に、涼穂は視線を落とす。

 準決勝での敗北が響いたのか、歌音があれ以来ダンスレッスンと基礎トレーニングの数をかなり増やしているのは涼穂も知るところだった。筋肉痛で動くのも辛そうにしている様も何度か目撃している。

 苦い経験が響いて、悔しさを払拭するためにレッスンに励む。悪いことではないが、物事には限度というものがある。焦るあまりに自分を見失ってしまえば、大きな事故にも繋がりかねない。

 しかし、どう言葉をかければいいのかも悩むところだ。ある程度諫める必要があるとは言え、甘やかすようではPrincipalからのアドバイスを無碍にしているのと同じだ。歌音も、甘やかされたと判断すればいう事を聞いてはくれないだろう。

 しかし、単独でのトレーニングもされている現状、何か言える大きなチャンスは今だ。


「歌音」


 深く考えながら、ゆっくりと喉を震わせる。あるいは、本番のステージよりも緊張しているかもしれない。

 だって、この子にだけは、嫌われたくなんてないから。


「真剣になるのはいいけど、体壊さないようにね」

「……うん、わかってるよ。でも」

「ファンが見たいのは、元気な歌音でしょ。無理して怪我でもしたら、みんな笑顔じゃなくなるかもしれない」


 沈黙。テレビから流れる音も、ほとんど脳で処理できていない。

 反発されても仕方がない、と思った。幾ら歌音が優しいとはいえ、自分の感情を抑制するようなことを言われて黙ってはいられないだろう。


「わたしね」


 それは、初めて聞くような落ち着いた声音だった。


「スズちゃんの足を引っ張っちゃダメだって思って頑張ってた。でも、一回ほんとに体が痛い日があってね。個別レッスン取り消してもらって、トレーナーさんにもやりすぎって怒られちゃったの」


 既にそこまで自分を追いつめていたとは初耳だった。恐らく、関係者も含めて心配させまいと伝えずにいたのだろう。


「わたし、やっぱりスズちゃんがいないとダメなんだと思う。わたしに何ができるか、ちゃんとはわからないし上手く言えないけど……やっぱり二人一緒がいい」


 それまで振り向かずにいた歌音が、涼穂の胸に頭を置いて顔を上げる。


「今までよりは厳しく、でも無理にならないよう、一緒にレッスンしてくれる?」


 笑顔が得意、と豪語する彼女とは思えないような、不器用な笑顔。その額に、涼穂は額をくっつけた。


「もちろん。私も、歌音がいないと駄目になっちゃうから」




「どーもー! 大丈夫そうー?」


 舞台袖で待機していたLuminous Eyesに声をかけてきたのは、Principalの四人だった。うち海月だけは、司会・進行を任されているためここにはいない。

 慣れた様子で声をかけてきたクリスに、飛び跳ねるほど驚きながらも二人は会釈を返す。


「あはは、緊張してるね。でも大丈夫、二人ともちゃんとキラキラしてるよ」

「だから人間に分かる言葉で喋りなさいよ、この輝きお化け」


 どう返したものかと悩む前に、美桜が代わって前に出る。


「顔色は悪くないな、私から言うことは特に無さそうだ。思い切りやるといい」

「誰も新人に過度な期待なんかしてねーよ。お前らの仕事はミスせず、及第点出して無事に終わるだけだ。簡単だろ」


 無茶ぶりのような、そうでもないようなことを言う香の発言に、ひとみはどうにか頷いて返した。

 それでもまだ緊張が解けない様子の月乃を見て、玲良はわかりやすくため息をついて見せる。


「ま、二度とこんな大舞台立てないかもしれないんだもの。ちゃんと楽しまなきゃ損よ?」


 正直、ここまでの台詞は月乃にとってしっかり咀嚼できたものではなかった。

 しかしここに来て、あからさまな煽りを受けて。天宮月乃のプライドが、嫌というほど刺激される。


「……そんなことはありません。すぐ二度目が来ますから」

「へぇ、そう。だったら楽しむだけじゃ駄目ね。完璧パーフェクトにこなしなさい?」


 ともすれば生意気と取られかねない強気な言葉を、玲良は上機嫌で受け止めた。そのやり取りを見ながら、ひとみは軽く笑う。


「ありがとうございます。おかげでかなり解れました」

「うんうん、さっきよりキラキラが増してる! それじゃ、頑張っておいで!」


 四人が立ち去って少ししたところで、二人の出番が回ってくる。特別枠というだけあって、Brand New Duoの概要と様子が特別編集で流れるというおまけ付きだ。

 リハーサル通りに、海月らの待つ司会席に行く。一気に開けた視界には、多数のカメラと見たことのあるアーティストたちが映った。

 これで緊張するなと言う方が無理だろう、と頭で思えるだけ、先刻よりは落ち着けている。気の遠くなるようなたった十数歩を、二人は確かに踏みしめた。

 その顔を見て、海月は口角を上げてカメラの方へ二人を紹介する。


「さあ、オーディションを勝ち抜いたLuminous Eyesのお二人です! どう、緊張してる?」

「結構……でも、少し解してもらえました」


 ひとみの返しに、何があったかを察した海月は嬉しそうに頷いた。


「大きな舞台で歌うのは初めてということで、リラックスしていいからね」


 親近感を抱かせる口調に、こちらも程よく解れた月乃が返す。


「はい。すぐにまた来ますから」

「お、これは頼もしい! かなり余裕があるということで、それじゃあスタンバイお願いします」


 ステージ上に移動する。眼下で待つのはファンではなく格上のアーティストたち。何もかもが初めてのことに、心臓の鼓動も治まる様子を見せない。

 しかし、不安はない。ここまで来た、勝ち取った場所。見守ってくれている人々のためにも、まだ自分たちを知らない誰かのためにも、自分自身のためにも。

 二人は目を合わせて、力強く頷いた。

 ―――できることなら、全部やる。



 夢がある。望みがある。ひとつを叶えただけでは終わらない、無限の明日と未来がある。

 大地を蹴り、広い空へと臨み続けるその姿は、正しく光の如く。

 次の舞台へ、次の世界へ。望み続け、臨み続ける彼女たちが、いつか多くに祝福される、その時までの物語。


「準備が整ったようです、それではLuminous Eyesのステージを、どうぞ!」


 まだ、物語は始まったばかり。

 今日も、希望へつながる幕が上がる。


―1st Season 完

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