第八話 ガッツ! #C

 二週間後、オーディション会場。

 一次予選を通過した四十組、八十人にのぼるアイドルとその関係者、更には本放送や宣伝用の映像を撮影するテレビ局関係者などで建物内は溢れかえっていた。

 運営関係者に加えて、準決勝からの審査を一任されているプロフェッショナル―――振付師や元アイドルの歌手ら五人も各ブロックに分かれて審査を行うという。

 相川涼穂あいかわ すずほは、コンディションチェックがてらのストレッチを済ませ、ライバルに目を配っていた。

 幸いにも、同じ楽園からの出場で最も危険視していたIG-KNIGHTとは別ブロックとなったため、身内を強く意識する必要は減った。となれば、次いで気になるのはジュエリーガーデンプロモーションから誰が来ているか。

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「それでは、ただいまより各ブロックごとに審査を行います! 誘導に従って移動お願いしまーす!」


 スタッフが声を張り上げると、各ブロックのゼッケンを着けた誘導員が所属と名前を確認しての案内を始める。

 ふと、隣にいる歌音かのんの手が震えていることに気付く。明るく元気、を形容したような彼女であっても、緊張しないわけではない。

 その右手を強く握り締め、向けられた視線に返す。


「大丈夫。私と歌音なら、絶対勝ち抜ける」

「……うんっ! スズちゃん、ありがと!」


 いつも通りの朗らかな笑顔に戻る歌音を見て、それでいい、それがいいと頷く。

 ―――力を抜いて、こうやって口の端っこをクイッて上げるの。ほら、できた! 可愛い笑顔! マネージャーさんお願いします、わたし相川さんと活動したいです!

 世界が灰色に見える、そんな自分を変えたくて飛び込んだ場所。そこで出逢った彼女は、今まで見たことがないくらい、色鮮やかに見えた。そして、その真摯な瞳は、自分の中にいるまだ知らない自分を見つけて、連れ出してくれる。

 あなたの未来のため、未来の私のために。絶対に勝つ。


「楽園エンタテインメント、Legato a due。有海ありうみ歌音さんと相川涼穂さんでよろしいですか?」

「はいっ!」

「はい」


 案内された先の部屋には、審査員用のものと思われる机と多数の撮影機材が並んでいた。今はバラバラに分かれている審査員が、一次と二次の予選の映像を準決勝として審査する。つまり、前回と今回のパフォーマンスも通過すれば準決勝として扱われるのだ。

 目の前の審査員だけでなく、他のブロックにいる審査員の目も奪う、そのつもりでやらなければならない。

 覚悟を新たにしながら歩く涼穂の目に、入室してくる千里と彩乃の姿が目に入る。どうやら同じブロックに来たJGPのユニットはClassical Wingだけのようだ。

 パフォーマンスは入室順、自分たちは三番手でClassical Wingが七番手。油断できない相手ということを踏まえても、先手を打ってプレッシャーを与えたいためにこの順番は嬉しかった。

 場馴れしていそうな千里はともかく、彩乃は公演やSNSを見る限り緊張に弱いタイプ、他のアイドルにも意識が向きやすく他者に圧倒されやすい、というのが涼穂の見立てだった。

 逆に、歌音は一度解れてしまえば、他人に触発されてテンションが上がるタイプのため本番に強い。互いにコンディションを整えて今日に挑めていることに加え三番手という立ち位置、勝利はほぼ確実。

 そう分析している最中、審査員が入室してくる。同じ楽園に所属する四十代後半の女性歌手が一人、スーツを着た運営らしき男が一人。そして、色の薄いサングラスをかけた長髪長身の女性が一人という構成だった。

 ふと、違和感を覚える。歌手の女性は準決勝でも審査する最終決定権の持ち主だろう、運営の男性も理解できる。しかし、残った一人の女性はどういった関係の人間だろうか。服装は私服らしく運営側の人間とは思えない。

 不思議に思って目を凝らす。距離はあるが、どことなくのある顔つき……


「っ……!」


 気付いた。否、気付く前に予想しておくべきだった。周知した通りに動くような器じゃないことは知っていたはずだ。

 ―――Principalの、立葵美桜たちき みお

 予選の審査には参加しないと言われていたイレギュラーの参入。ウィッグを用いた変装もあって周囲に気付いている者はいないようだが、このことに気付けているかの差異は大きい。いつもの仕事であれば滅多に緊張しない涼穂も、この時ばかりは焦りを感じずにはいられなかった。

 あまりに視線を注ぎすぎたか、視線と共に微笑みを返される。見抜かれることを意に介していない、試されている。

 気を取られているうちに、一組目のパフォーマンスが始まろうとしていた。涼穂は表情を引き締めて、歌音の方を見やる。

 言うべきだろうか。しかし、下手にやればプレッシャーになりかねない。戸惑いが顔に出ていたのか、歌音は指先で涼穂の肩をつついて、口の動きで伝えてきた。

 スマイル、スマイル!

 その笑顔を見て、涼穂は思い直す。それでいいと、そう思ったばかりではないか。

 条件はひとつ変わった。しかし、それは審査基準の厳正化を示すだけ。元より勝つつもりで挑んでいるなら、むしろ好条件と言っていいはずだ。

 手を握り、涼穂は前へ向き直る。ここからが、本番だ。



 審査開始より約一時間後。パフォーマンスを終えたましろと恭香きょうかは廊下へ出る。既に他のブロックも幾つかが審査を終えているようで、廊下はまたもアイドルたちで溢れかえっていた。

 身長を活かして辺りを見回していた恭香が、やがてましろに向き直る。


「私らの楽屋にはいなさそうだな~。私、右城さん探してこの後のこと聞いてくるね。ましろは先に戻ってて」

「はーい」


 手を振りながら群衆に消えていく恭香を見送ると、ましろはその場で右手を見つめ、何度か握ったり開いたりを繰り返す。まだ、体の火照りが冷めずに残っている。

 会心と言っていい出来だった。勝負に勝ちたい、という気持ちはあれど、何よりも楽しむことを最優先とした二人にとって、基準点は自分が納得できるパフォーマンスをすることだ。

 その点で言えば、これほどまでに楽しく、体が自由に動いたことはなかった。個人として見ても、恭香とのコンビネーションとして見ても、今の自分が出せる最高峰に近い。次第に大きくなる舞台に合わせて、自分のボルテージも上がってきているようだった。

 手応えと自分の成長を噛み締めていたところへ、後ろから声をかけられる。


「悠姫ましろちゃん、お疲れ様」


 名前を呼ばれて振り返ると、先ほど審査員を努めていた女性がそこにいた。ましろからの印象は、見たことのあるようでない人、といった感じで、初対面の相手だがどこか拭えない違和感を覚えていた。

 とはいえ、話しかけてきた相手に失礼を働く訳にはいかない。まして相手は審査員だ。


「お疲れ様です」

「凄かったね、キミのダンス。とってもキラキラしてて、私気に入っちゃった! ね、キミ、普段どんなこと考えながらアイドルしてるの? どういうアイドルになりたい?」


 唐突な褒め言葉から、矢継ぎ早に質問を繰り出される。しかし、ましろは大して驚きもせず、また悩むこともなく即答した。


「わたしは、お客さんが忘れられない景色を作るアイドルになりたくて、そうなるにはどうしたらいいかな、って考えながらがんばってます」


 その回答に満足したのか、女性はうんうんと頷く。


「目標もしっかりしてる、技量もある。もう少し場馴れしたら、面白いことになりそう!」

「ちょっと」


 ふと、女性の後ろからまたも審査員らしき人物が現れ、女性を強引に引っ張ろうとする。それに対し踏ん張ってもう一言、と告げると女性は顔を近づけましろに耳打ちした。


頑張ってね」


 きょとんとした表情のましろに手を振りながら引きずられていき、オーディション参加者とは意図的に離された位置の楽屋に入る。

 そして、苛立った様子でウィッグとサングラスを取った真殿玲良まどの れいらにウィッグを引っペがされ、煌輝きらめきクリスは額に指をぐりぐりと押し当てられた。


「な・に・し・て・ん・の・よ、あんたは」

「えへへ~、気になっちゃって声かけちゃった」


 大して悪びれる様子もなく笑うクリスに、玲良は眉間のしわを一層深くして詰める。


「あのねバカクリス、あたしたちは準決勝からって話になってんの。ここで審査してるってバレたら騒ぎになるしまずいわけ、わかる?」

「わかってるって。なにもバラしに行ったわけじゃないし」


 延々続きそうな問答に、玲良の後ろから声がかかる。


「でも、クリスちゃんのお眼鏡に適う子がいたってことだよね? それは凄いことなんじゃないかな」


 穏やかな笑顔で語る朝波海月あさなみ みづきを見て、部屋の入口で詰めるのも良くないと玲良はクリスを解放する。二人並んで椅子につき、ペットボトルの緑茶を手に取りながら玲良も話に乗った。


「宝多さんとこの子じゃなかった?」

「そう! ファンタジスタ!の悠姫ましろちゃん。良かったなぁ、キラキラしてた」


 それ以外の語彙ないの、と呆れる玲良に対し、海月は相槌を打ちながら返す。


「デビューから一年経ってないと思って油断してたけど、かなりのクオリティだったね。私の見てた二人も想像以上だった」


 感心した様子の二人を見て、玲良はふーん、と鼻を鳴らす。


「あたしからすれば、まだまだって感じだったけど。”パーフェクト”には程遠いわ」

「流石、パーフェクトシンデレラは厳しいな」


 タイミングよく楽屋の扉が開き、入ってきたのは立葵美桜。部屋の奥側、海月の隣に座りながら話を続ける。


「まあ、意識しすぎるのもよくないだろう。審査員を任された以上、評価は公平にな」

「そういうこと。特にクリス! あたしたちは新人全員を見に来てんのよ。特定の事務所に肩入れするようなのはお互いに良くないの」


 再三再四釘を刺す玲良だが、当のクリスは相変わらず笑顔のまま手をひらひらと振りわかってる、と返す。


「頭一つ抜けてたのは事実だしね。事務所背負ってる分、他よりもギラギラしたところがあるのかも」


 そこへ最後の一人、紅香くれない かおるが戻ってくる。挨拶もそこそこに扉を閉めるとウィッグを脱いで手早く前髪を上げた。


「だー暑っ苦しい! わざわざ変装してまで見る意味あったか!?」

「私は結構面白かったと思うけど」

「私も、意外といいものが見られたな」


 勢いだけで言った言葉に正反対の回答を返され黙って緑茶を呷ると、香は美桜の隣に座る。


「アタシんとこは大方予想通りだったぞ。IG-KNIGHTで及第点ってとこだ」

「他は振るわなかったのか?」


 意外そうに聞いてくる美桜に、香は当然といった様子でばっさりと即答する。


「純粋にクオリティ不足だ。試みの面白そうな奴なんかはいたけど、本番で仕上がってないからアウトだよ」


 少しは期待があったのか、言葉や態度の節、溜め息からどこか残念がるような様子が見られた。

 それを見てとってか、そうでないのかは定かではないが、玲良が真剣な声色で言う。


「けど、クリスと海月のブロック宝多さんとこのユニットを通したって言うんだったら……荒れるわよ、本選」



 二次審査の九日後。ひとみはましろを連れて駅から事務所までの道を走っていた。


「ましろ急いで!」

「走っても結果は変わんないよ」

「みんな早く知りたいんだから、遅れる訳にいかないでしょ!」


 審査結果が通達された、伝えたいので事務所に集合するように、という連絡は正午ごろに届いていた。流石に今回ばかりはひとみも午後の授業に集中しきれず、学校を飛び出すように出ていつもより一本早い電車に乗って今に至る。

 一方で、連れられているましろは気持ちの逸りらしき様子が見られず、純粋に結果を楽しみにしているようだった。

 事務所が近くなってきたところで、少し先を歩く蘭子らんこを見つける。


「蘭子!」

「どぅおぉお疲れ様ですお二人とも! いよいよですね!」

「ねー、楽しみだねー」


 三人で事務所に入り、脇目も振らずにエレベーターへ乗る。三階に着き扉が開くと、既に千里を除いた全員が廊下に揃っていた。


「ほら、みんないる」

「ぅ遅くなりました! このみ蘭子、只今到着です!」


 遅れたと思って焦る様子を見せる二人を見て、座っていたみのりがくすくすと笑いながら答える。


「お疲れ様。そんなに急がなくても、千里さんがもう少しかかるから大丈夫よ。ラン、こっち」


 隣の椅子を叩いて座るよう促され、蘭子はすごすごと稔の方へ行く。ひとみとましろも、それぞれ月乃と恭香の元へ駆け寄っていった。


「お疲れ様です、月乃さん」

「ええ。結果が気になって仕方ない、って感じね」


 待ち遠しい気持ちは紛れもなく本物だ。素直に頷いて返す。


「恭香さんお疲れ様でーす」

「お疲れ様~。楽しみだね、結果発表!」


 挨拶と共にハイタッチ。恭香も待ちきれない様子だ。

 そして待つこと十五分。千里は大して急いだ様子もなくエレベーターから登場し、そこで初めて自分が最後だと気付いたのか口元に手を当てた。


「あら~、私が最後だったのね~。待たせてごめんね~」


 ようやく全員が揃った。稔の連絡を受けて、二分後に左枝たちが三階へ上がってくる。十人は社長室に通され、半年前のあの日と同じように並んだ。

 しかし、今度は違う。書類を持った面々の表情は険しく、話が始まる前からただならぬものを感じさせている。

 誰もが表情を引き締めたところで、宝多が口を開いた。


「今日はわざわざ集まってくれてありがとう。まず改めて、二次審査までの活躍、お疲れ様。私のところにも運営関係の各所から称賛が届いている。目覚ましい活躍だ」


 そこまで言ったところで、宝多は左枝に視線を寄越す。左枝はこれまでにない程に真剣な顔で頷くと、言葉を継いだ。


「連絡した通り、今から二次審査の結果発表、そして今後どうしていくかをここで話す。……全員、落ち着いて聞いて欲しい」


 誰も何も言わず、大きな反応も返さない。左枝は各々の顔を今一度よく見てから、再度ゆっくりと口を開いた。


「信じられない成果だ。あの場に集まった四十組のユニットから各ブロック一組、合計五組が二次審査を通過したが……その内訳は楽園が二組、そしてジュエリーガーデンプロモーションが三組となった」


 空気が一気に明るくなる。信じられない成果、という言葉通りの結果だった。

 しかしそれは、嬉しい半面喜べない部分との差異が大きなものになる、ということも意味していた。


「つまり、予選通過は三組。二組は、残念だが落選ということになる」


 何人かが拳を握り締め、何人かが唇を強く結ぶ。わかりきっていたことだとしても、それを受け容れるのが容易ではないことも確かだ。


「それでは、二次予選通過ユニットを発表する」

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