偉大な願い

Grisly

偉大な願い

ある王国に、ドラゴンが現れた。


「お前達の願いを、発表してみろ。

 その中で、皆が納得する最も偉大な願いを

 ひとつだけ叶えてやる。」




少年が言った。


「僕は足が遅くて、

 ちっとも女の子にモテません。

 もっと足が速くなりたいです。」


何という健気な願い。

こういうささやかな若年層の願いこそが、

世の中の全ての原動力となる。

大事に育むべきだ。




とも思われたが、今度は女が手を挙げた。

なかなかの美女。

しかし、顔の火傷があり、それを隠していた


「私は、かつて王の2番目の妃でした。

 しかし、ひょんなことから、

 火傷を負い、王宮を離れる事に。


 今や苦労の絶えない、貧乏暮らしです。

 一瞬で全てを失う辛さがわかりますか。


 この火傷さえ治れば、再び王宮へ戻り、

 以前のような暮らしに戻れます。

 どうか治して下さい。」


必要に迫られた願い。

人々の心を打った。

しかし、世の中の不幸は際限がない。




おじさんが手を挙げた。


「私の母は病気になりました。

 もちろん、治る病気ですが、

 うちには治すお金が無い。

 

 治療費さえあれば、

 母は元気になり、幸せな生活が戻ります。」


自分ではなく、

初めて他者への思いやりの願いである。

人々の胸を打った。


普通の物語なら、

ここで願いを叶えてハッピーエンド。

教訓が得られた気になるが、そうもいかない




他者への思いやりという事でも上があるのだ


ある身なりの良い紳士が手を挙げた。


「私は、国中のそのような方々を助けるべく

 ビジネスで得た莫大な収益のほとんどを

 この国の寄付に回してきました。


 彼はご存知ないかも知れないが、

 私に相談いただければ、

 お金を出す事ができる。


 しかし、時代の流れ。

 どうも今の事業は先細りで、

 商売替えをする資金が無い。

 

 寄付を続けるためにも、

 是非資金を頂けないか。」


これは、皆の心を打った。

自身の利益を寄付に回している

崇高な心の持ち主。


多くの人を救うための願い。

おまけに、根拠のない願いでは無く、

実績まできちんとあるのだ。




彼で決まりかと皆が思ったその時、

王様がやって来た。


「私は、病気なのだ。

 まだ幼い子どもを遺して死んでしまえば、

 内乱が起き、多くの血が流れる。

 

 他国もこの国を狙っている。

 皆の意見も分かるが、

 ここは国を守るため、

 私を救ってくれないか。」


皆、これは納得する。

王あっての国。


またこの王は、

自分勝手を言うタイプではないと

皆が分かっている。

 

国の安定以上に大事なものはない。



…しかし、ここまで続けて来て、

自分の願いを試さずに決まるのは嫌だ。


国民1人1人がよく考え、

本当に望む物を口にした。

願い、いや夢と呼べるかも知れない。


全員が言い終わったが、難しいところ。

結局、偉大な願いは決まらなかった。




それもそのはずである。

皆が納得する願い等、存在するはずが無い。


本人にとっては、世のためになる、

1番貴重な願いでも、

大抵の人にとっては、

どうでも良い事なのだ。


例え1億3900万ドルのピカソの絵でも、

見る人によっては、落書きに過ぎない。


ほとんどの人にとって、

世の中の大半はどうでも良い事である。

自分の関わるほんの少しの所を除き。


それだけは、譲れないこだわりという物が、

人を構成するのだ。




ドラゴンは言った。


「どうやら、答えは出なかったようだな。

 俺も誰の願いを叶えて良いか

 分からなくなった。

 時間切れだ。」


そう言い残すと、飛び去っていった。


彼のいなくなった王国では、

穏やかで無いムードになった。

何故だろう。

誰かを攻撃せずにはいられなかった。




さて、ドラゴンが降り立ったのは、

隣の国。国王を呼び出す。


「これが、隣の国の弱みのリストだ。

 まぁ、そんな事をしなくても

 勝手に潰れるだろうが。」


隣の国の王。とても喜んだ。


かつて、罠にはまっていたドラゴンを助け、

何か恩返しをさせてくれという事で、

目の上のたんこぶであった、

隣の国の滅亡をドラゴンに頼んだのだ。


「これは凄い。

 国民全員の弱みが事細かく記されている。

 

 しかし、本当に

 貴方にこんな能力があったとは、

 すなわち、他人の願いを叶える…」


ドラゴンは笑って答えた。


「良いか、願い事、いや夢とは即ち弱みだ。

 それを、散々、発表してしまった隣の国は

 他人を攻撃せずにはいられない。

 

 弱みを知ってしまったからだ。

 生物の性。


 なので私は夢の発表。

 正月の目標等を人に言う

 伝統は嫌いなのだ。

 

 人に言う前に、

 動き出さねば邪魔されるのでな。




 ところで、願いを叶える力だが、

 そんな物は最初から私には無いぞ。

  

 甘い事を言って、

 ただただ聞いた願いを利用するだけだ。


 もっとも、これは私だけで無く、

 多くの人間がそうなのだろうが。」


王は呆然として聞いていた。

彼もまたドラゴンに願いを言った者の1人。

少しの恐ろしさを抱えて…





 






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