3話:「―競泳水着美少女(TS)と航空機―」

 店を後にした二人は、それから近場の小さな公園に入り。その一角に設けられた休憩スペースで食後の一息とした。

 ベンチに座り、自動販売機で買った缶コーヒーをそれぞれ口にしている。


「――ほんで。お前この後は?予定とか大丈夫なのか?」


 口に付けていたコーヒー缶を放したタイミングで、血侵は趣意にそんな尋ねる言葉を向ける。これ以降の彼女のスケジュールを尋ねる物だ。


「えぇ。今日に関しては一日空いていますので大丈夫です――ですので、よければ午後もおじ様とご一緒したいのですが……」


 対して趣意は、それに問題ない旨を返す。それから伺う様な目線を寄こし、そんな遠慮がちにおねだりでもするような言葉を紡ぐ。


「どうして自分なんぞと一緒に居たいかね?」


 見た目こそ今は美少女ではあるが、中身は偏屈で愉快でも無いおやぢだ。そんな自分と過ごしたがる趣意に、心底疑問だという言葉を零す血侵。


「――だが、かまわんぞ。俺も今日の時間は、持て余してたからな」


 しかし合わせて、血侵は趣意の願う言葉を受け入れて返す。


「わぁ、ありがとうございますっ」


 それを受けた趣意は、その顔をパァと明るく笑みに変え、礼の言葉を紡いだ。


「それで、どっか遊びに行きたいトコとかあるか?」

「うーん、そうですね……」


 そんな趣意に、血侵は本人の希望を尋ねる。しかしその趣意も、血侵を一緒に過ごしこそしたいが、特段目当ての場所等があるわけでな無いらしい。パッとは浮かばない様子で、言葉を言葉尻を濁らせる。



 ――キィィ、という。空気を割くような音が二人の耳に届いたのは、その直後。



「――おん」

「――!」


 その音を聞き留めた二人は、ほぼ同時に上空を仰ぐ。そして二人は、澄み渡る青空の先に、〝それ〟を見た。

 青空を背景に、宙に身を置く飛翔体――航空機。

 さほど高くない高度を飛び進むそれは、程なく血侵等の頭上へと到来。

 ――轟音、爆音の域で。

エンジン音を唸らせ響かせ、二人の居る公園上空を、飛び抜けた。


「――〝心星しんせいZ/L-40〟か」

「――心星Z/L-40統域戦闘機っ」


 飛び去りその尾を見せる航空機の、そのステルス性を意識した、尖りながらも滑らかな全形を見て。

 血侵と趣意が、そんな名称を口に零したのは、ほぼ同時であった。


「っとぉ」

「くすっ」


 互いの言葉が被り合った事に。二人はそれぞれ、それを少しおかしく思い言葉を零す。


「――〝空隊〟に、すでに配備が始まっているんですね」


 そして趣意は再び先の航空機の飛び去った方向を見上げ、そんな言葉を紡ぐ。

 趣意の口にした〝空隊〟とは、この太拳の灼炎藩県体の航空戦力組織――諸外国に置ける空軍――の名称だ。太拳の灼炎では、軍という単語を〝隊〟という呼称に置き換えている。

 そして今しがた飛び抜けて行った航空機は、その空隊に配備運用される戦闘機。

 それもつい最近正式採用され配備が始まったばかりの、新型機であった。


「あぁ。まずは万故よろずゆえの707飛に配備が始まったから、そっから飛んできたか――明日の航空祭のためだな」


 続け血侵も上空を見上げ、戦闘機の出所や、飛来理由を推察する。


「あっ、そうか。明日が宿遠しゅくおん基地の航空祭でしたね」


 血侵のその言葉を聞き、趣意も思い出したように零す。

 郷最市内には〝宿遠基地〟という名称の、空隊の有する飛行場基地が存在していた。そして丁度明日は、その基地を一般開放しての航空祭が開催される日取りであったのだ。


「そういや、お前明日はどうすんだ?自分は、せっかくだし覗きに行く予定でいるが」


 そんな趣意に、血侵はそう言葉を発する。

 明日の航空祭には自分も赴く予定である事と、そして趣意もそれに興味が在るかを伺うものだ。


「あぁ……ごめんなさい……」


 しかし趣意は、何か少しうなだれた様子でそう言葉を零し返す。


「明日は、初期生の頃の友人達と会う予定になっているんです……」


 そして明日は先約の予定が入っている事を告げる趣意。

 幼少期をこちらで過ごした趣意には、こちらにも今に至るまで付き合いのある友人達がいるのだ。


「お互いになんとか都合を合わせられた日取りなので、これを外すわけには行きません」


 続け、都合からそれが外せぬ物である事を紡ぐ趣意。


「あぁ、ダチとの先約か」


 それを聞いた血侵は納得の声を零し、ならそれを優先するのは当然だと言う色を趣意に見せてみせる。


「ごめんなさい……残念です……」


 しかし趣意はシュンとした姿を見せ。謝罪と、本心から残念に思っているであろう言葉を紡いだ。


「なんも謝るこたぁねぇが――」


 そんな趣意に血侵はフォローの一言を掛けつつ。同時に何か気の利いた別案は無いかと思考を巡らせる。


「そうだな――そんなら、これからちょいと基地の方まで行ってみるか?明日に備えて、事前に来る機体とかなら拝めるかもしれねぇ」


 そして、代替案と言うには自分でも微妙な気がしなくなかったが。そんな提案を、趣意に向けて促して見せた。


「そうですね。せっかくですし……――あ、いえっ!」


 一方の趣意は、その提案を受け入れる言葉を紡ぎかける。しかし直後、その途中で何かを思いついたように、表情をパッと変えてそんな留める一言を発した。


「そうだ――基地の側でしたら、ちょうど良い場所がありますっ」

「?」


 そしてそんな、思いついたらしき何かの案を血侵に発する趣意。

 それを血侵は疑問の色を浮かべた。




 元々、所用を済ますための出先であった二人は、再支度や荷物を置きに行く等のために一度解散し、それぞれ実家や本家に帰宅。

 血侵は帰宅した際、両親から「なんでアンタ女の子の体で制服まで着てんの?」等と今の姿に突っ込まれ疑問を持たれたが。それに対して雑で最低限の説明だけを述べ、所望した買い出し品を放って再び実家を出発。

 先んじて取り決めて置いた待ち合わせ場所で、再び趣意と合流した。

 それから――




 ――上空を、ゴォォという重なる轟音を響かせて――巨大な航空機が飛来し飛び抜けた。

 細長い胴に流れるような後退翼を持つ全形を、淡い灰色と白色で塗装したその航空機は。その主翼に搭載した四基のターボプロップエンジンで、特異な二重反転プロペラをそれぞれ回して特徴的な音を響かせながら。

 高度を下げつつ先の方向へと飛び去ってゆく。


「――Ha-417p長距離哨戒機っ。〝洋隊〟からの参加機ですね!」


 そんな大型航空機の姿を、言葉を上げながら興味深げに見上げ見送る少女の姿がある。

他でもない趣意だ。

 航空機の全形と、その胴下部に設けられたレーダーの膨らみや、機体尾部より尻尾のように伸びるMADブーム(磁気探知機)から。その名称や区分を推察に口にしている彼女。


「――ったく」


 そんな趣意の背後には、また他でもない引き続き美少女に性転換している血侵の姿。そしてその口からは、何か呆れた溜息の言葉が零される。

 それは半分趣意に向けられた溜息。しかし何も、彼女の軍用機に興味津々の姿を呆れた物ではない。それが零された理由は、今二人の居る場所環境――そして趣意と、なにより血侵の今現在の姿格好にあった。

 今の二人は、どちらも水着――それも、競泳水着を纏う姿であった。

 二人の着用するそれは、同一規格の物。深い朱色を基調とし、白と黒のラインを一部にアクセントとして走らせ。胸元にはメーカーのロゴがワンポイントとして記されている。

 それぞれの着用する競泳水着は、体のラインを映すその特性により。二人それぞれの正直に評してなかなかに高いレベルのプロポーションを、彩り誘惑するまでに主張している。

 そして、なぜ二人がそんな姿なのかと言えば、理由は簡単。――今のこの場がプール施設、そのプールサイドであったからだ。



 趣意と待ち合わせ再合流した血侵は、それから趣意の導きを受け。そして到着したのが今いるプール施設なのであった。

 詳細を言えば、ここは郷最市の管理運営する市民プールだ。

 暦の上では秋口に入ったとはいえ、温暖な気候環境である十四國は暑さを感じる程であり。施設には涼を求める利用者がそれなりに入り、煩わしく無い程度に賑わいを見せている。

 そしてこの市民プールは立地的にも特徴があった。その所在地は、空隊の飛行場である宿遠基地の敷地に隣接していたのだ。東西に延びる滑走路の延長線上、安全保安のための空き地を挟んだ先に、市民プール施設は設けられている。その関係から滑走路より離陸ないし着陸するための航空機進入コースの真下に位置しており、施設内及び近隣からは、離着陸する航空機の姿を間近で見る事ができる。

 今もそれを証明するように、明日の航空祭への参加機であろう大型機が、着陸進入コースで真上を通過していった。



 趣意の思い付きは、これであった。

 血侵の提案した、基地を近くまで見に行こうかという案に。趣意は隣接する市民プールの存在を思い出し、せっかくならばそこで涼を取りつつのウォッチングに興じようと思い付いたのであった。


「マジで好き者だな」


 そのプールサイドで、再びそんな呆れの声を零す。

 別に血侵も、プールで涼みながらの航空機観察に興じる事は良かった。

 だが、問題は今の自分のした――いや正確に言うなら、させられた競泳水着姿だ。

 どうにも、皇国軍女学校指定の競泳水着であるらしいそれ。

 市民プールに連れられて来た所で。趣意は新たに用意して来たのであろう、リュックからそれを取り出し示し、血侵への着用を求め願ってきたのだ。

 その凛々しい美少女の顔に、反した下心丸出しのやらしい色と目つきを作り、それを血侵に向けて。おそらくここを選んだ彼女の一番の狙いは、これであったと思われる。

 対して血侵は呆れ顔を顰め、抵抗感を隠すことなく表したものの。しかし行き先を知らされていなかったため自分は水着を持っておらず、しかし市民プール施設で販売されている水着をわざわざ購入するのも不経済だと思う気持ちが勝り。

 結局それを受け入れ、今はなかなかに健康的な色気を誘わせるそのプロポーシュンを、従弟姪とお揃いの競泳水着で包む事となったのだ。

 そんな紆余曲折を得て、現在はプールサイドより先にフェンス越しに一望できる基地施設を向こうに。プール施設の雰囲気に涼を感じつつ、飛来する航空機観察に興じているのであった。


「しかし、違和感がパネェ」


 血侵は視線を自身の体に落とし、纏う競泳水着を見る。

 いくら今は美少女の姿とは言え、本来なら縁などない女物の水着を自分が着ている状況。そして不慣れなその着心地に、不自然な感じはどうあっても付きまとってしまった。


「えぇ?とてもお似合いですよ?」


 血侵のそんな零しを聞き留め、趣意がそんなフォローの言葉を寄こす。

 それは本心から思っているであろう物。なによりその少しやらしくニヤつき、また舐めるように血侵を眺める彼女の顔や視線が。血侵の魅力は本物なのであろう事を表していた。


「――」


 そんなしょうがない様子を見せる従弟姪に、血侵は最早突っ込む言葉も浮かばず。ただ顔を顰め呆れる様子を浮かべて見せた。

 そんなやり取りをしていた二人の耳に、また上空の先より。今度はバタバタと何かが強く羽ばたくような、連続的な音が聞こえ届く。そして二人が再び上空の先を見上げれば、その先に今度は大型回転翼機の飛行する姿が見えた。


「スペーシュクューアWL334っ!」


 新たに姿を現した機体を目に、その表情様子をまたコロっと変えて。回転翼機の名称と所属を発し上げて見せる趣意。

 その大型回転翼機は激しいローターブレードの回転音を響かせて、二人の真上を飛び抜ける。


「あの塗装は洋上巡保庁の仕様――さくらぎ型保安船の搭載機ですねっ」


 通過していった大型回転翼機の姿を追いながら、回転翼機の関わる詳細を楽し気に発して見せる趣意。


「やぁれやれ――はしゃぎ過ぎてプールに落ちるなよ」


 そんな十代半ばの少女としては変わったマニアっぷりを見せる趣意に。

 血侵は少し呆れつつも、同時に可愛らしく思い微笑を向け、そんな促す言葉を発して向けた。

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