王子の小鳥と金色の娘
鳥尾巻
ちょっと……いや、かなり残念な王子
窓枠に小鳥が止まった。王城の端にある瀟洒な小宮殿は、王が側妃の為に建てたものだ。
グリム王国の第二王子、ハインリヒは窓を開け、白い小鳥を中に入れた。鳥は丸くつぶらな瞳で王子を見つめ、小さな嘴を開いた。
「今日もエラたんは可愛かったよ」
「ふん。そんなことは太陽が昇るより明白だろう」
小鳥の姿をしているが、喋っているのは王子の使い魔だ。普段は鳥のフリをして、王国中を飛び回り、情報を集めている。
人語があまり得意ではない精霊が、舌足らずに「エラたん」と呼ぶのはご愛敬。なんならハインリヒも心の中でそう呼んでいる。
愚王ではないが、優柔不断なところのある現王は、正妃の悋気を恐れ、ハインリヒの母親である側妃を、主殿から遠い場所にある離宮に置いた。
継承権は第二位であるが、幼い頃から正妃と異母兄に常に疎まれ、刺客に命を狙われる生活は心休まる暇もなかった。
側妃は、王が一目で見初めた程に美しく、魔力豊富な善き魔女であった。その魔力を受け継いだハインリヒも容姿に恵まれていた。
しかし外国出身であった側妃は、王宮では何かと気苦労も多く、若くして亡くなった。裏ではその死因も毒殺ではないかと囁かれていたが、正妃の仕業であるという証拠も掴めず、少年ハインリヒは、毎日悔しさに枕を血の涙で濡らした。
国外留学という名目で、追放処分を下されたのはその直後のことだ。行き先は選べたので、母の生まれ故郷である、魔法大国アンデルセン王国に行くことにした。それから数年、しつこく送り込まれる異母兄や王妃からの刺客を躱しながら、魔法や召喚術について勉強した。
異国で出会ったエラの父親は、自身の妻も善き魔女であった。「魔力を持つ者も安心して暮らせる国を作りたい」というハインリヒの望みを後押しする形で、様々な援助を申し出てくれた。
そんなある日、故郷から届いた手紙を読んでいたエラの父が、王子に家族の絵姿を見せてくれた。
ハインリヒの目は、灰色の瞳と髪を持つ美しい少女に釘付けになる。一目惚れだった。
「なんと美しい。この絵は正確に描かれたものか?」
「ええ、前妻との娘です。あの子は母親そっくりの美人ですよ。本当は金の髪と青い目ですが、魔力を受け継いだ娘が目立つことを恐れて、妻が色を変えてしまったのです。魔力の強い者ほど色彩が際立つものでございますからな。あの国ではまだまだ魔法は禁忌です」
「そうか。本来の姿に戻れば、もっと美しいのだろうな。この子が安心して暮らせる国を作りたい」
エラの父親が、賊を装った刺客の凶刃からハインリヒを庇い斃れたのは、それからすぐのこと。
エラの命も危ういかもしれない。未だ生かされているのは、まだ使い途があると思われているからだろう。金満家にでも嫁がせれば、遺産に上乗せで金の流れが作れる。そんなことは絶対させない。
ハインリヒは白い小鳥を彼女の元に飛ばし、様子を見守ることにした。
早急に帰国して、王宮内の改革に取り組んだハインリヒだが、根腐れは想像以上に深かった。宰相、大臣、その下の役人達、騎士、教会の聖職者に至るまで、王妃の息がかかっている。
すぐにでもエラに会いに行きたかったが、日々忙殺されて、使い魔の報告を聞くのが手一杯だった。
「エラたんは川で髪や体を洗うんだ。水が冷たいのに可哀そうだね」
「まさか裸をのぞき見してないだろうな。そんなことしたら捻り潰すからな。石鹸や
「昨日は夕飯を抜かれていたよ。可哀そうだね」
「日持ちする大きめのパンや干し肉を差し入れるよう言え。ついでに首にならない程度に継母と義理の娘達に嫌がらせしろ」
「森の小屋は隙間風が多いよ。冬はとっても寒いみたい」
「隙間風を塞いで毛布と厚手の衣服を差し入れろ。ああ、オレが温めてあげたい!」
「縁談が来ていたみたいだよ。禿でデブで女癖と酒癖の悪いオッサンだって」
「潰せ」
王子は、屋敷に潜り込ませた間者と使い魔を通して、こっそり支援しているのである。当初は殺人の証拠集めであったが、最近は少し主旨が違ってきているようだ、とは間者の誰もが言い出せずにいた。
とはいえ、健気で可愛いエラが辛い目に遭うのはなるべく避けたい。いつしか間者達は「エラたんを見守る会」を結成し、陰になり日向になり彼女を護っていた。
「ねえ、ハイたん、ちょっと気持ち悪くない?」
「主人をハイたんなどと呼ぶな。エラたんを
「そういうとこがキモいよね。堂々と会いに行けばいいのに」
「ダメだ!いきなり初対面の男に求婚されたらエラたんが驚くだろう!邪魔な奴らを一掃したら絶対会いに行って、徐々にお近づきになる計画だ。引き続き彼女を見守れ」
「うわぁ……引くわぁ」
鳥は呆れたように呟いて飛び去った。
もうすぐだ。地道に証拠を集め、秘密裏に同志を集め、計画も大詰めまできている。
先日は我慢がきかずこっそり覗きに行って、刺客に襲われてしまったが、彼女が助けてくれた。やっぱりオレのエラたんは優しくて可愛い。
「待っててね。エラたん」
ハインリヒはエメラルドの瞳を熱く潤ませ、新しく描かせた金色の髪の少女に語りかけるのであった。
おわり……。
王子の小鳥と金色の娘 鳥尾巻 @toriokan
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
あたし免許を鳥に行くの/鳥尾巻
★103 エッセイ・ノンフィクション 完結済 11話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます