三題噺「お金」「宝くじ」「財布」

白長依留

三題噺「お金」「宝くじ」「財布」

「お忙しい中、お時間頂き有り難うございます」


 カウンターに座る少女に、とびきりの笑顔を貼り付け、猫なで声にならない感じに声を出す。もじもじと私の顔と床を行ったり来たりしている少女の瞳。はっきり言って好みの容姿である。是非ともお近づきになりたいものだ。


「あ、あの! 宝くじがあたって、その……高校生なのにこんな大金持ってて、怖くて。親に相談することもできないし、どうしたらいいか……」


 目の前に少女の財布を狙っているオオカミがいることに気付いていないのだろう。証券会社という化け物腹の中に、既に入っているということに気付いていないのだろう。

 まさにカモである。私の、この会社の財布になるべくして産まれたカモである。

 もう一度言おう、極上のカモである。容姿もさることながら、人生経験が浅い女子高生。親御さんの姿はなく、カモがネギと鍋とコンロどころか、すでに羽根を毟られれ、内臓を取り除かれ、綺麗に切り分けられて……、

 いやいやいや、殺してどうする。生かさす殺さず、搾り取れるだけ搾り取るのが私の仕事だ。


「お金の運用のご相談ということですね。投資については初めて――でいらっしゃいますね」


 コクリと頷く少女。心の中でガッツポーズをとる私。今期のボーナスは上乗せ間違いなしである。

 カモを料理するためのパンフレットを用意し、不利な情報は濁し、少女に有利な情報だけを説明していく。

 私の説明を真剣にフンフンと聞いている少女。なんだろう、ちょっと良心の呵責が。

 だがしかし、いままで何人の自称投資家を地獄という天国へ送ったことか。辿り着いた先が天国と思いつつ、実は地獄だったと気付いた時にはもう遅い。

 私はただ提案しただけだ、投資は自己責任。そう、自己責任なのだからと少女の瞳に映る自分に暗示を掛ける。

 少女が恥ずかしそうに眼を逸らしてしまう。おっと、私の熱烈熱視線にやられてしまったようだ。まだ刺激が強すぎたようだ。


「そうですね。失礼ですが、お幾らくらいの運用をお考えですか?」


 少女がスマホを取り出し、アプリを立ち上げる。指紋認証を通過したあとに表示された銀行口座の残高には、私の生涯賃金の五倍はあるだろう数値が表示されていた。

――エークセレント!

 カモどころか七面鳥だった。少女は宝くじとは言っていたが、超高額当選だとは思わなかった。

 今すぐにでも、籾手をして接待したいところだ。個人的にお近づきになりたいと思ってしまう。

 だが待て。私は給料という対価で会社に忠誠を誓ったソルジャーだ。

 ソルジャーに必要なのは能力か? 人脈か? コミュ力か? いいや違う、本当に必要なのは信頼だ。信頼されるからこそ、我らソルジャーは社会という戦場で戦えるのだから。

 心をキリッと引き締め、戦場に舞い戻る私。そしてちらっと眼に入る少女の残高。


「ご挨拶を忘れておりました。私、こういうものです」


 名刺の受け渡しなどしたことないであろう少女。おどおどしながら名刺を受け取り、表と裏を確認する。

 そして、名刺の裏には私の個人の電話番号が手書きで書かれていた。

 やってしまった――。

 ドストライクの容姿の少女と、大金を目の前にして正気を保てる者はいないだろう。そうだ、私は悪くない。悪いのは私の給料をもっと上げない会社が悪いのだ。


「あの、大丈夫ですか?」

「え、ええ。何も問題ありませんよ。金額が金額ですからね、すぐにお決めになる必要はありませんよ。ご連絡いただければ、いつでもご相談にのりますから」


 おや? いつのまにか名刺に書かれている会社支給の携帯番号とメルアドに横線が引かれている。いったい誰が引いたんだ? だれだ名刺の裏側に落書きしたのは? これだから、社会を知らない学生の相手は嫌なんだ。

 いやー、こんな非常識な少女が社会へ出たら食いものにされるんだろうな。

 これは個人的に教育してあげないといけないんだろうな。

 そう、これは正しい大人としての正しい教育と行動なんだから。


「あの、今日は有り難うございました。少し心が落ち着いたら、前向きに検討したいと思います」




 平日のお昼下がりのカフェ。店先のパラソルの下では、先日と同じく少女が椅子に座って俯いている。

 今日の私は、少女から連絡をもらって次の日に有給をとり、いまにいたる。もちろん、彼女と戦う為に社会人のバトルスーツを着込んでいる。

 今日の少女は大荷物だった。大型のキャリーバッグにボストンバッグと、家出でもするのかと勘ぐってしまうぐらいだ。


「突然、すいませんでした」

「いえいえ、私こそこんな場所で申し訳ありません。会議室やカウンターが今日は空いていなかったので」


 嘘である。どう言いつくろっても嘘である。

 だがしかし、二十台の男性と女子高生の組み合わせ。普通なら外から声をかけられたらアウトだが、今の私には資産運用の相談という免罪符がある。名刺にも○○証券会社と書かれている。少女も大金を持っている。問題ない、問題ないのだ。


「突然なんですけど、これを先にお渡ししたくて……」


 はて? 少女から受け取る資料は今のところ無いはずだ。まだ、購入する商品もなにも決めていないのだから。

 不思議に思いながらも封筒の中身を取り出すと、体温がガクッと下がった気がした。

 いや、普通ならテンションがあがるとかする物なのだろうが、何故にこれがいきなり出てくるのか?

――婚姻届。

 しかも少女の名前入りで判子付き。彼女の名前は春日有紀ちゃんというらしい。いや、カモとしか思っていなかったからうろ覚えだっただけだ。ここまでのインパクトで眼に入ってくれば、一生忘れることは出来なくなるだろう。


「え、ええっと。どういうことかな」


 あまりの衝撃に言葉が崩れてしまう。確かに少女はドストライクなのだが、いきなりこんな物をだされては、逆に冷や汗が出てしまう。


「私の両親なんですが、いっつも私の事をいじめてたんです。家から逃げて保護施設に駆け込んでDVだって伝えても、連れ戻されてもっと酷い目にあってたんです」

「……えっと」


 おどおどしていた少女の面影は消え失せ、私を絡め捕るように暗い光を瞳に宿しているようだった。


「ある日、宝くじがあたったんです。私の当選額よりは低いですけど、それでもかなりの高額でした。そして、両親も○○証券会社に相談にいったんです」


 少女は端のよれた名刺をテーブルの上に置く。それは私の名刺だった。

 春日? 春日、春日、春日、春日、春日、春日、春日春日春日春日春日春日春日春日春日春日春日春日春日春日春日春日春日春日春日春日春日春日春日春日春日春日春日春日春日春日春日春日春日春日春日春日春日春日春日春日――。


 記憶の中から掘り起こす。

 思い出す。宝くじの金額に浮かれ、いっきに増やす方法はないかと相談してきた夫婦だった。たしか、かなりのハイリスクハイリターンの商品を紹介し……たしかその後に暴落したはずだ。


「お金のなくなった両親は、首をくくったんです。それで、私は自由になれたんです。何もなくなってしまったけど、自由だけが手に入ったんです。でも、何の因果か私にも宝くじが……。だから、お兄さんのところに来たんです」

「ふく、しゅうか? 投資は自己責任だ! 私にどうこう言われても」

「復讐? そうですね、復讐なのかもしれないですね。だって、私を家庭を壊して私を助けてくれた復讐」


 手元を見る。復讐なのに婚姻届。どんな気持ちで復讐にこんなものを用意したのか。どんな考えを持っていたら、例えDVをしていたとして両親を死に追いやった人間にこんなことができるのか。


「お兄さんは私の恩人で、復讐の相手で、一目で好きになった人で、許せない人です。だから、私は私が出来る事でお兄さんを追い詰めようと思いました」




 我が家ははたして理想の家族なのだろうか。綺麗で若い嫁、順風満帆な仕事、大きな資産にマイホーム。子宝にも恵まれた。

 けれど、これは本当にまともな家族なのだろうか。

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三題噺「お金」「宝くじ」「財布」 白長依留 @debalgal

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