第144話 自軍に勝つ方法

 週末は練習試合が多く入っている野球部である。

 白富東はいくらでも、練習試合の申し込みがやってきていた。

 やはり向こうに来てもらうほうが、時間の有効利用となる。

 これも公立の高校なのに、専用グラウンドがあるおかげだ。

 ノック用のサブグラウンドは、もう最近では使わなくなっているが。

 部員が45人ぐらいであると、それで充分なのだ。

 練習とトレーニングを行っていけば、自然と回るぐらいの人数である。


 県外の強豪が、どんどんとやってくる。

 勝てるかどうかではなく、昇馬のストレートを体験しておけば、他のピッチャーにはなんとかなる、というのが理由らしい。

 よって左右のどちらかであっても、3イニングは投げるようにしている。

 鬼塚はようやく身長の成長が止まった昇馬に、まだ無理なトレーニングをさせようとは思わない。

 もっとも昇馬の頑健さは、プロであった鬼塚から見ても、特別なものであったが。


 昇馬が将来、プロに行くのか行かないのか。

 とりあえずいきなりメジャーというのは、やめておいた方がいいと思う鬼塚である。

 向こうを知っているという点では、昇馬は鬼塚以上であろう。

 そもそも父親から、そういったことは聞けるであろうし。

 日本で稼いでからようやく、25歳でメジャーに行った方がいい。

 これは向こうの制度とも絡んでいるため、早く行っても金銭的なメリットが少ないのだ。

 昇馬は金にはこだわらない、そういう育ちをしてきたのだが。


 もう一つ鬼塚が気にしているのは、昇馬のバッティングだ。

 これまで四回の甲子園で、甲子園通算14本のホームランを打っている。

 間違いなく打力においても、史上屈指のものである。

 練習試合を含めれば、既に100本に到達しようとしている。

 もっとも高校通算という記録ならば、大介を抜くのはちょっと無理そうだが。


 高校野球史上、二番目のバッターであるのかもしれないのだ。

 ピッチングだけをさせるのは、もったいないものであろう。

 セ・リーグに行けばピッチャーにも打席があるので、その打力を活かすことが出来るかもしれない。

 ただでさえ両利きのおかげで、短い登板間隔で投げられそうなのだから。


 打率ではともかく、パワーでは司朗を上回る。

 ピッチャーとして故障しても、バッターとして再起しそう。

 もっとも両方の手から160km/hオーバーを投げるので、ピッチャーとしての未来は安全性も二倍はあろうか。

 そんな昇馬のスラッガーとしての特性も、対戦相手は知ることになるのだ。

 あまり見せすぎるなと言っても、打てるボールなら打ってしまうというのは、昇馬の悪癖と言えるだろうか。

 このあたりは父親に似ている。


 最後の夏にかけて、鬼塚は色々と考えている。

 たとえば打順はこのままでいいのか、ということなどだ。

 プロに比べてアマチュアでは、いまだに四番信仰が生きている。

 もっともちゃんと統計上、四番には強打者を置いた方が得点平均は上がる、と出ているのだが。

 走力のあるバッターなら、二番に置いておいた方がいい、という統計もある。


 和真が入ってきたのだから、打順を変えても良かったのだ。

 だが一番と二番の打順に、昇馬とアルトが慣れすぎていた。

 ここからわざわざ、根拠の微妙な打順に変更すべきか。

 現時点でも得点力は、充分と言っていい。

 しかし桜印相手では、1-0というぎりぎりでの勝利となっているのだ。


 これも考え方による。

 昇馬は一点も取られていないのだから、まだまだ余裕がある。

 タイブレークにまでもつれ込んでも、奪三振能力の高い、昇馬の方がずっと有利。

 上田学院相手にも1-0であったが、つまりは一点も取られていない。

 どれだけの相手であれば、昇馬が一点を取られるのか。

 その計算がないと、得点力をどうするか、という問題が解決しない。


 鬼塚はずっと昔のことを思い出す。

 甲子園の決勝で、直史が延々と0に封じ続けていた試合。

 あの時代はまだタイブレークが、延長から即座にはなかった。

 また甲子園も決勝だけは、タイブレークがなかったのだ。

 それも時代が変わって、決勝でも延長となれば、すぐにタイブレーク。

 はっきり言って実力よりも、運の働く要素が強い。




 昇馬の限界は結局、練習試合では見えないのだろう。

 かといって公式戦では、もう確認できる試合がない。

 残るは夏のトーナメントだけであり、一度でも負ければそこで終了だ。

 春の関東大会で、タイブレークに入ってイニングが進んだなら、昇馬の力をもっと正確に判定できた。

 練習試合ではもう、実戦とは違う。

 ただ色々と、話を聞くことぐらいは出来る。


 昇馬の能力を一番、正確に理解出来ている人間。

 父の大介であるのか、それともキャッチャーの真琴であるのか。

 真琴の場合は相手のバッターが、どれだけの能力を持っているか判断しにくいだろう。

 いくら彼女が優れていても、身体能力は男女で限界に大きな差がある。

 もっとも推測するのは、かなり上手くいっているが。


 大介はオフシーズンには、昇馬と一緒に練習をする。

 もちろん完全に規則に違反しているが、昇馬ぐらいの能力がないと、練習相手にならない。

 かといって大介としては、やはり公式戦のピッチングとは違う、と判断するぐらいであるが。

 こういったことの計算が、一番正確であると思うのは、やはり直史である。

 単純に昇馬がすごいから、打てないという判断をしない。

 昇馬がどれだけ凄いのか、それをちゃんと理解している。


 司朗は昇馬から、しっかりと狙ってヒットを打てた。

 だが前後の打線の弱さから、得点につなげることは出来なかった。

 司朗は今、プロのレベルで結果を出している。

 これほどの結果を一年目から出すバッターは、過去を見てもほとんどいない。

 桜印の鷹山や、尚明福岡の風見など、優れたバッターはいる。

 それでも昇馬から点を取るのは、連打では難しいと思う。


 鬼塚の分析では、白富東に勝てる可能性があるのは、将典と鷹山のいる桜印だけだ。

 実際に昇馬が怪我をして離脱すれば、普通に勝っているのだ。

 逆に昇馬が抜けてしまえば、他のチームにも負ける可能性は高い。

 つまりは昇馬次第になって、昇馬をいかに体力のロスなく、桜印などに当てるかが重要になってくる。

「野球は運の要素が大きいからな」

 直史は鬼塚と話しても、そのように言う。

 実際のところ身近で見ていた鬼塚は、直史のやっていたことは運命的なものにしか見えなかったのだが。


 パーフェクトをする時、内野ゴロが内野安打になったり、内野の間を丁度抜けたりと、そういうことで途切れるのは普通のはずなのだ。

 だが直史が達成していたあの時のパーフェクトには、そういった危険な打球がなかったように思う。 

 普段よりも三振を多く取っていたし、そのくせ球数も少なかった。

 特に決勝から再試合となったあの夏、直史は15回をパーフェクトに抑えたのだ。

 あの年の大阪光陰の打線陣は、後にプロで活躍した選手が、何人もいたのだ。


 同一年に一つの高校から、四人の選手がプロ入り。

 間違いなくあの年の大阪光陰は、史上最強レベルであった。

 また実際に直史と対戦していた三年生からも、二人のプロが出ている。

 一年生には緒方がいたので、とんでもないメンバーが揃っていたと言えるのだ。


 昇馬はおそらく、あの年の大阪光陰でも勝ってしまうだろう。

 ただ、あの年の白富東相手なら、負けると思う。

 直史を打てない間に、大介に打たれてしまう。

(どういう血統なんだ)

 運動能力はある程度、遺伝子に左右される。

 それにしても遺伝が強すぎる、と鬼塚は思うものだ。




 とりあえず昇馬は投げない試合でも、バッターとしては外野に入っている。

 アルトが投げる時などは、センターを守ることもある。

 ただ鬼塚としてはセンターは、和真に任せてもいいのでは、と考えながら試してみる。

 真琴もファーストに入りつつ、バッティングを活かすことはある。

 重要なのは下位打線が、あまり期待できないということだ。


 鬼塚はここで、白富東から点を取る方法の、比較的現実的な手段を考え付いた。

 もっとも打順調整が必要なので、そこがかえって難しいかもしれないが。

 重要なのはタイブレークである。

 このタイブレークを利用すれば、さすがに昇馬でも点を取られる可能性は上がる。

 もちろん相手のピッチャーも、点を取られる可能性が上がるのだが。


 そこで打順調整だ。

 たとえば桜印相手であれば、鷹山と将典がタイブレークの最初にやってくれば、内野ゴロや外野フライで、進塁することは出来るかもしれない。

 そして三塁までランナーが進めば、スクイズはゴロゴーで一点が取れるかもしれない。

 対して白富東の場合は、下位打線であればタイブレークでも、そのチャンスを活かしきれないであろう。

 そう考えていった場合、過去の試合では危険な場面もあったのだ。


 一度は実際に、タイブレークに突入している。

 あれは次の決勝で、帝都一に負けたことを、鬼塚はずっと考えていた。

 球数制限さえなければ、あの試合には負けなかったと。

 勝ってしまった準決勝は、その危険性を理解していなかった。

 いや、一応分析はしていたのだが、これが白富東を倒す、決定的な方法の一つとは思わなかったのだ。


 将典レベルのピッチャーであれば、九回までを無得点に抑えかねない。

 すると延長に突入し、昇馬が普段通りのピッチングをしていると、ランナーは出ていたとしても一人か二人。

 そこで二番に鷹山などを置いていると、点を取られる可能性がある。

(自責点にはならないけど)

 これが白富東が、昇馬にフルイニング投げさせた時に、得点できる現実的な作戦だろう。


 昇馬も全ての試合で、ノーヒットノーランをしているわけではない。

 このタイブレークの仕組みは、今のところプロの世界では使われていない。

 高校野球も鬼塚が現役の頃は、まだ意識されていなかった。

 延長からいきなりではなく、12回からなどという制限もあったのだ。

「どうだろう?」

 この自分なりに考えた結論を、鬼塚は選手たちに話す。


 確かに、という意見が多かった。

「全国トップレベルのバッターなら、少なくとも進塁打ぐらいは打てるだろうし……」

 真琴はそう言って、昇馬に確認する。

 昇馬としても自分の実力で、ノーアウト一二塁を完全に抑えるのは、厳しいと思っているのだ。

 内野ゴロを打たれても、進塁打になれば怖い。

 そしてもう一つ内野ゴロを打たれれば、ノーヒットで一点が入るかもしれない。

 ノーヒッターで負けるという、とんでもない展開。

 もちろんそれは相手に対しても、同じことが言えるであろうが。


 全国区の強豪校でも、下位打線なら昇馬のボールに当てることは出来ない。

 そして全国区の超高校級ピッチャーであれば、白富東の下位打線を抑えることは出来るだろう。

 あくまでも0-0というスコアで進んだいった場合、これによって負ける可能性がある。

 ただこの作戦は、ちょっと作戦とすら言えないのではないか。

 しかし鬼塚の計算したところ、昇馬がフルイニング投げた場合、10回の向こうの攻撃は、二番や三番から始まる可能性が高いのだ。




 一発勝負のトーナメントだからこそ、この方法は有効である。

 この間の桜印との試合も、タイブレークは嫌だなと感じていたが、桜印はそのように誘導していたのではなかろうか。

 最初からタイブレークを見越して、なんとか九回を抑える。

 真琴が打っていなかったら、かなり危険な状況で、10回を迎えていたのかもしれない。

「で、これどうやって対策すんの?」

 聖子のツッコミにも、鬼塚は一応考えてはいるのだ。

「そもそもうちの打線を、九回まで無失点というのは無理がある」

 ただ1-0で勝った試合なら、桜印の他に上田学院も、最近ではそうだったのだ。


 白富東の打線を、九回まで無失点で抑える。

 将典以外には真田が、最近では成功していた。

 去年のセンバツであれば、花巻平にも1-0というスコアで勝っている。

 ただ和真が入学してからは、かなり得点力が上がっているのだ。


 今の高校生の中で、超高校級と言われるようなバッターは、昇馬の他には尚明福岡の風見と、桜印の鷹山あたりか。

 もっとも尚明福岡は、白富東を0に抑えるほど、投手力が充実していない。

 するとやはり、一番の脅威は桜印である。

 他には春から夏の間に、新戦力が出てきているかどうか。

 ある程度のデータは集まっているが、昇馬クラスの化物は誰も、認識していない。


 少なくともシニアのデータや、去年の秋のデータを見ても、そんな怪物は出てきていない。

 もちろんそれなりに、新しく伸びてきている二年生などはいるが。

 強豪校においては普通に、毎年エースを獲得してきている。

 あとは春の大会の結果から、そういった選手がいないかを調べる。


 関東の範囲では、そうおかしな性能のピッチャーは出てきていない。

 まずは0に封じるピッチャーがいなければ、白富東の脅威にはならないのだ。

 帝都一とはそれなりに、今も情報の共有をしている。

 それでも春の大会で注目されていなければ、情報が拡散はしないだろう。

 またピッチャーだけが優れていても、タイブレークすら無失点に抑えるのが、昇馬のピッチングである。


 総合的に投打が、白富東を0に抑えて、タイブレークなら一点を取れる、というほどの実力が必要となる。

 そんな実力が果たして、どこのチームにあるものなのか。

 そういった選手が揃っているなら、むしろ鬼塚は他のコネから情報を得る。

(プロのスカウトなら、そういった選手を見つけていてもおかしくないな)

 単純な実力だけではなく、また作戦だけでもない。

 情報によって白富東は、全国制覇を狙っていくのだ。

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