第125話 エース二人

 ベスト4に残ったチームの中で、総合的な打撃力が一番高いのは、尚明福岡だと言われていた。

 もっとも風見に対して、鷹山が劣るとか、そうはっきりと言えるレベルのものではない。

 ほんのわずかに、尚明福岡がリードする。

 ただ長打力ならば、昇馬以上のバッターはいないだろう。


 実際にホームラン数などを反映するOPSで、風見や鷹山よりも優れている。

 高校野球ならエースで四番も当たり前、というがそれでも傑出している。

 勝負を避けられつつある状態でさえ、当たれば飛んでしまうのだ。

 バッティングの飛ばす感覚は、天性のものがある。

 これに強肩のストレートもあるのだから、投打のどちらで使われても、プロで活躍する素養はある。

 だがそれでも使うとしたら、ピッチャーであろうか。


 父親と比べればさすがに、バッティングは見劣りする。

 だからといって高校野球の歴史で、トップ5に残るほどの打撃を見せているが。

 イメージとしては上杉に似ている。

 最後の夏以外は、エースで四番であったのだから。

 しかしそれに加えて、サウスポーでスイッチピッチャー。

 最強の野球選手を作るために、遺伝子レベルで育成されてもののようにも思える。

 もちろんツインズとしては、さすがにここまで上手くいくとは思わなかった。 

 それに肉体の能力ではなく、精神力は自らが磨いたものだ。


 簡単に20個近くの三振を奪ってしまう。

 そしてパーフェクトが途切れても、集中力は途切れない。

 ヒットを打たれたとしても、それが外野を抜けることはない。

 空振りするか、内野フライになるか、昇馬のストレートはそういうものだ。

 もちろん他のムービング系で、打たせて取ることも出来るが。


 二回の表、白富東の攻撃はあっさりと終わる。

 そして二回の裏、昇馬と風見の対決となる。

 尚明福岡の中で、昇馬から狙って打てるとしたら、それは風見だけだろうと言われていた。

 この大会でもホームランを二本打っており、高校野球屈指の強打者と目されている。

 風見があっさりとアウトになれば、もう尚明福岡は、正面対決で勝てないということになる。

 打力に優れたチームの多い九州の中で、しっかりと殴り合いで勝ってきた。

 だがいまだに昇馬からは、得点を奪えていないのだ。


(この化物め……)

 地元の福岡では、それこそ化物扱いされている風見である。

 練習試合などで勝負されると、簡単にホームランを打ってしまうのだ。

 その風見が、ようやくバットに当てられるかどうか。

 最後にはムービング系のボールが内野ゴロとなり、結局は凡退に終わった。


 ただ昇馬としても、160km/hオーバーを当てるだけなら当ててくる風見は、それなりに注意するべきバッターだと考える。

 他のバッターはほとんど、当てることすら難しい。

 ホップ成分が高く、さらにサウスポーであるのだ。

(早めに追加点がほしいな)

 その追加点を自分で狙ってしまうのが、まさに昇馬の怪物たるゆえんである。




 尚明福岡が白富東に勝つには、もちろん昇馬を打つ必要がある。

 風見はなんとか当てることは出来ていて、そこで得点するのが可能性が高い。

 ただ昇馬をそのまま打つのは、かなり難しいのも確かだ。

 上田学院戦でフルイニング投げたが、その影響はまるで残っていないように思える。

 もちろん終盤にまで入れば、ある程度の球威が落ちることは考えられるのだ。


 バッティングでも傑出した昇馬を、どうにか抑えることが出来ないか。

 それが出来ればどうにか、攻撃でも昇馬のピッチングに、動揺をもたらせるかもしれない。

 だが尚明福岡のピッチャーは、超高校級とまではいかないレベル。

 もちろんまだ成長途上のピッチャーもいるが、少なくともそこまで傑出してはいない。


 敬遠するのが妥当な選択だ。

 しかし白富東は、その前の九番にも真琴を置いている。

 甲子園のスタンドにも叩き込んでいる、女子にしては圧倒的なパワー。

 キャッチャーとピッチャーに専念しているが、バッティングの能力も高い。

 そして敬遠したとしても、アルトと和真でヒットを打つ。

 昇馬の走力であれば、ダブルプレイにはなりにくい。


 やはり最初から、昇馬とは勝負をするべきではなかったか。

 そうは思うのだが、ボール球を打たれてしまっては、どうしようもないであろう。

 本当に最初から、申告敬遠でも使うべきであった。

 そして二打席目あたりで、集中力がどうなっているかを判断して、外のボールで勝負するのがまだマシであったろうか。

 この一番から三番の打順で、白富東はもう一点を追加する。

 だが尚明福岡は、まだ試合を諦めてはいない。


 風見はわずかに、バットのトップの位置を変えた。

 スイングスピードをいくら上げても、フルスイングではついていけない。

 昇馬のストレートをしっかりと捉えることが出来れば、むしろバックスピン量で、遠くにまで飛んでいく。

 それを狙っているのだが、真琴もそれを理解している。

 ただそこまでやっても、ホームランにするのは難しいだろう。

 それでスタンドまで届くなら、既に司朗がそれをやっているだろう。


 浅い内野フライを打って、三振はなんとか防ぐ。

 それでも真琴は昇馬と、風見の扱いに注意をするように話し合う。

「当ててくるな」

「まあこの世代では最高かもしれないバッターだしね」

 昇馬の方が数字は上だが、バッティング技術自体は風見の方が上だろう。

 ただパワーによって、昇馬はボールを飛ばしている。

 もちろんそのパワーを伝えるのも、技術の一つではあるのだが。


 点差は二点で、そして回ってくる打席はあと一度。

 そこだけを注意するわけではないが、そこが一番の注意点である。

「ストレート以外で勝負しよう」

「分かった」

 球威による真っ向勝負にこだわらないあたり、昇馬はやはり本格派としては少し違う性質であった。




 点差以上の差を感じている。

 尚明福岡は、攻撃している時の方が息苦しい。

 ランナーの出ない試合というのは、ピッチャーにもプレッシャーをかけてくる。

 攻撃側としても防御側としてもそうなのだが、白富東は昇馬が、そんな生温い性格ではない。

 プレッシャーなどというのは、死の恐怖に比べればどうということもない。

 しょせんこれはスポーツなのだ、と思えてしまうメンタルのあり方。

 人間としての経験値が、日本人の同い年とは違うものなのだ。


 だから自分が強い、と自惚れるわけでもない。

 ただ自然のままに、自分の力と相手の力を認めていく。

 その上で当然のように勝つ。

 あるがままの状態で戦っている者は強い。

 感じなくてもいいプレッシャーを、感じないままで戦っているからだ。

 純粋に目の前の相手だけを倒す。

 相手が強いと判断すれば、少し力を加えていく。

 漠然と投げることなどはしない。


 己の自制心のコントロールが強いと言うべきか。

 投げるべき球を、しっかりと投げていく。

 結果的にはたまに打たれることはあっても、崩れていくことはない。

 自分の納得した球を投げて、結果にこだわりすぎないからだ。


 目の前の相手を、大きくも小さくも見ない。

 あるがままに見て、自分の力で対応する。

 試合は三振が多く、それでも比較的当ててくる。

 ツーストライクを取るまでは、問題ないと考えるのだ。

 そしてギアを上げて、最後には空振りを奪う。


 1イニングあたりに、二つほどは三振でアウトを取る。

 守備の仕事が少なくていい。

 ただ今日は比較的、ゴロを打たせている傾向がある。

 ムービングを使っていくと、手元での変化に対応しきれない。

 どのみち160km/h近くは出るので、まともに当てられないのだが。


 ほどほどに当ててくれた方が、投げている方も楽である。

 球数はおおよそ、100球ちょっとで終わるぐらいのペースだろうか。

 尚明福岡は、どうにか昇馬のスタミナを削りたい。

 だが球数を増やすことも、なかなかに難しいのだ。

 ベンチから鬼塚は、昇馬の状態を確認する。

 やはり問題なく、完封出来るペースだ。




 風見の第三打席である。

 ここで突破口を見つけられなければ、尚明福岡の勝算はないだろう。

 しかしここで、鬼塚は入念な策を考えた。

 もっとも策と言うよりは、相手の動揺を誘うものであったが。


 昇馬は右に投げる手を変える。

 左バッターの風見に対して、右の優位はさほどない。

 だが前の二打席に比べると、明らかにボールの軌道が変わる。

 わずかそれだけのことで、攻略の難易度は激変するのだ。


 サイドスローに近いが、ややサイドスローよりは斜めになっている。

 それはスプリットを活かすためのものだ。

 体の回転と腕の遠心力、両方が肘に加わるとスプリットは、故障する可能性が高まる。

 この角度は色々と試し、昇馬と真琴が納得したものである。


 左のコントロールによって、しっかりと組み立てられる昇馬のピッチング。

 それに比べると右は、粗い部分がある。

 かえってそのために、狙いを絞るのは難しい。

 だが球威は同じく160km/hを超えてくる。

(くっそこいつ、どうやったら打てるんだ!)

 風見が思っているほど、二人の間に差はない。

 あるとしたらそれは、実力の差ではないのだ。


 鋭く振りぬくスイングで、ボールは前に飛んだ。

 しかしショート正面であり、鵜飼がしっかりとキャッチする。

 ファースト送球も問題なく、これで風見の三打席目は終了。

 ここまで尚明福岡は、エラーとポテンヒットで出塁したのは二人のみ。

 完全に昇馬のピッチングに、抑え込まれてしまっている。


 あと二人ランナーに出ないと、風見の四打席目は回ってこない。

 そして昇馬に対して、それは難しいと言えるだろう。

 また回ってきたとして、二点差をひっくり返せるのか。

 絶望してもいいような状況だが、尚明福岡はまだ戦意を失っていない。

 九州のチームというのは、こういうチームが多いのだ。

 もっとも風見自身は、兵庫の出身であるのだが。




 もう一点ぐらいはほしいか。

 鬼塚は考えているが、無理に取りにいく必要はない。

 ただその機会になれば、当然ながら取るべきだろう。

 野球というスポーツは、事故のように点が入ったりするものである。


 他のスポーツと、比べてみた映像などがある。

 NPBは特に、戦力が均衡しているのだ。

 それはプロだから別としても、絶対王者が優勝するとは限らない。

 白富東など昇馬がピッチャーとして使えなければ、甲子園を目指すところまでのチームだ。

 全国制覇を狙うのは難しい。


 逆に言うと昇馬の存在が、どれだけ全国制覇に貢献しているか。

 確かに甲子園で投げられなくなった、去年のセンバツで負けている。

 それを別とすれば、やはり負傷して投げられなくなった時、白富東は負けているのだ。

 かつてはエース一人の存在で、試合の趨勢が決まっていた。

 しかし気候の変化やデータ分析で、一人のピッチャーで抑えるのは難しい時代になっている。

 それでも昇馬は伯父のように、一人で試合を決めてしまうのだ。

 少なくとも高校時代の数字を比べれば、昇馬の方が直史よりも上である。


 二点差のままで、イニングが進んでいく。

 もう何も起こらないのか、という気配に球場が満たされていく。

 むしろここで、和真のツーランホームランなどが飛び出したりした。

 4-0となり、完全に試合は決まったと言えるだろう。


 昇馬は途中で右でも投げたため、充分にスタミナを温存していた。

 明後日の決勝のための、準備はしっかりと出来ている。

 いくら桜印が強いといっても、プロのレベルまで打線が上なわけはない。

 ならば昇馬なら、一人で充分に投げぬける。

 決勝ならば全力で投げても、次を考えなくていいのだから。


 最後まで昇馬は、油断などはしなかった。

 集中力のコントロールも、エースとしては必要な条件。

 昇馬は山や荒野を行く時は、自然と緊張状態を維持している。

 それを試合に応用すれば、こうやって最後まで集中を途切れさすことなくいけるのだ。


 まずは一つ、決勝進出が決まった。

 四季連続で、白富東である。




 午後の第二試合も、エースの活躍が見られるものとなった。

 大阪光陰と、桜印の試合である。

 共に強豪校同士の対決であり、桜印は準々決勝に続いて、地元近畿のチームとの対戦である。

 これはホームのアドバンテージが、充分に大阪光陰にあると言っていい。


 勘客たちは二つに分かれる。

 もう白富東と桜印の対決は充分だ、という考えの観客。

 そしてもう一方は、また白富東と桜印の、昇馬と将典の投げ合いが見たい、と考える観客だ。

 大阪光陰と白富東の対戦も、昔を知るものにとっては、因縁の対戦と思えるだろう。

 ただ大阪光陰は神宮大会で、昇馬の前にヒット一本で抑えられてしまっていた。


 関東大会で対戦した、白富東と桜印の試合は、1-0という僅差の勝負。

 間違いなく将典のピッチャーとしての力は、昇馬に準じたものとなっている。

 白富東は桜印と、もう何度も対戦している。

 しかし双方、三点以上を取った試合がない。

 1-0というスコアがほとんどで、白富東が負けた試合もそうであった。

 ここで二人のエースの対戦を見たいという、そういう観客もいるのだ。


 将典はその点、父の血統を受け継いでいる。

 昇馬の父の大介も、散々に甲子園で活躍したし、今もプロで甲子園で戦っている。

 だが古くからの甲子園ファンであると、やはり上杉の活躍は忘れられない。

 あれだけの力を持っていながらも、一度も優勝出来なかったというのが、かえって強い印象を残している。

 これを判官贔屓と日本では言うのである。

 悲劇の英雄が好きなのが、日本人の性質であるのだ。


 実際に試合も、将典のピッチングで桜印が、優位に進めた。

 チーム力の中で打撃に関しては、両者ほぼ互角であるという。

 大阪光陰も間違いなく、名門の意地を見せてくる。

 だが桜印の方が、先に手を打って先制する。


 終盤まで将典は、大阪光陰を無失点に抑えた。

 そして三点差になってから、継投で二番手ピッチャーに引き継ぐ。

 三点差ならまだ、試合は分からない。

 だが七回まで、桜印は無失点であったのだ。


 残りの2イニング、桜印はしっかりと守った。

 一点を失ったが、そこまでなら充分であるのだ。

 3-1にて試合は終了。

 決勝のカードは夏と同じく、白富東と桜印の対決になったのである。

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