第4話 女子野球の世界

 たとえばMLBに限らず、海外挑戦と言って渡海し、通用しなかった選手は存在する。

 だがそれは能力的な問題だけではなく、生活様式の違いによるものも多い。

 特に食事などは、どうしても合わないという人間はいる。

 そもそも日本にはありとあらゆる国々の料理が入ってきているが、その過程で魔改造されている。

 台湾の料理の味付けが漢方っぽいと言われるのは、確かなことであろう。

 しかしいざとなれば、全世界規模で展開しているチェーン店のものを食べればいい。

 あれはおおよそ、どの国でも最低限の味は変わらない。


 水にしても日本のように、気安く水道水を飲むことは出来ない。

 世界中を見たとしても、水道水がそのまま飲用に適している国はごくわずか。

 ミネラルウォーターを買って飲みなさいと言われて、戸惑う選手もいる。

 真琴はアメリカに住んでいた頃が長かったし、聖子もあちこち外国旅行はしている。

 そのため旅行先の流儀は分かっているのだが、台湾というのは初めてだ。


 公用語は中国語であり、英語の浸透度は日本と同レベル。

 かつてはお年寄りに、日本語が通じていたというが、それも昔の話。

 ただ文化的には、日本とかなり近いところがある。

 治安もかなりいいものだ。


 軽く体を動かして、翌日にはドミニカとの試合。

 食事中でもスマートフォンを離さないあたり、時代の流れを感じるコーチ陣である。

 もっとも真琴としては、スマートフォンを利用したフォームの調整など、これはもう手放せないアイテムになっている。

「お」

 グループの中で、親戚関係のメッセージが届く。

「おお、従弟が増えた」

「へえ」

「何々?」

 メッセージと共に送られてきた写真には、生まれたばかりの真っ赤な赤ん坊が写っている。

「従弟、かなり多かったけど、これで何人目やの?」

「ええと……これで10人目かな。義理の従妹もいるけど」

「多い!」

「あ~、でも多いんだよね」

 野球を仮にもやっていれば、真琴の父親とその親戚関係の話ぐらいは、知っていてもおかしくはない。

 普通ならそれほど話題にならないが、なんといっても有名人が多いからだ。


 一族の中で、同じ世代の一番年上なのは、司朗である。

 そしてその次が真琴で、少しだけ送れて昇馬という順番だ。ここは学年は同じである。

 真琴からすれば、毎年年末年始、あるいはそれ以外でもちょこちょこ会っているので、従兄弟というのも兄弟に近い感覚になっている。

「義理の従妹って?」

「叔母さんのところがアメリカで、養子一人取ってるから」

「へ~」

 年齢に上下はあるのだが、自然と真琴は年上とも、対等の口の利き方をしていた。

 これは圧倒的な野球の実力や、肉体的な威圧感も関係している。




 真琴は初戦のドミニカ戦、四番でレフトを守ることになっている。

 ただし試合の展開次第では、リリーフも考えられる。

 ドミニカは男子ならば野球強国であるが、女子はそこまでのものでもない。

 それにしても、久しぶりの外野となる。

 ファーストの守備ならばかなりやっているのだが、最近はピッチャーとキャッチャーがほとんどであった。

 シニアでは外野もやったものだが、基本的に真琴は左なので、ピッチャー以外ではファーストしか守るポジションが内野にはない。


 肩はそれなりに女子にしてはあるので、外野という選択肢もある。

 しかし普段はサイドスローで投げているのに、突然オーバースローで投げるというのは、負担が大きいのではないか。

 そうも思ったがファーストしか守れない強打者がいたりするので、ここは器用な真琴が譲るしかない。


 朝食はホテルのバイキングなので、外国人向けの味が多くて、他の選手は助かったようだ。

 真琴としては別に台湾料理でも、構わないのであったが。

 漢方系の味以外にも、台湾料理は辛いものが多い。

 結局はファストフードが無難、という判断もされてしまう。


 決勝まで順当に考えた場合、真琴が投げられるのは四試合が最大である。

 真琴としてはそれぐらいならば、充分に投げることが出来る。

 ただ日本は女子野球においても投手大国。

 優れたピッチャーが多いため、無理をさせる必要はないだろうと判断されている。


 投球制限は、色々とある。

 まず連戦の日程では、投げることは不可能。

 一日当たりの球数は、意外と多い100球まで。

 ただし延長戦を除いては、7イニングしか投げてはいけない。

 延長なら9イニングまで投げられるが、つまりこれはダブルヘッダーの両方には投げられないというものだ。


 また一週間で350球までという、甲子園の500球よりは、厳しい基準にもなっている。

 男子と女子の耐久力の差を考えれば、これぐらいは当然のことだろう。

 女子の野球はそこまでメジャーではないので、あまり情報が入ってこない。

 またこの年代であると、おおよそ三年生ばかりが出場してくるため、選手もどんどん入れ替わってくる。

 スモールベースボールで行く予定であるが、相手のデータは試合の中で確認していくしかない。

 なんとも大変なものであるが、文句を言っても仕方がない。




 一応はお互いの練習などを、見る機会はあった。

 そしてそこで分かるのは、一部の国以外は、守備がザルだということだ。

 日本の場合は、とにかく守備が堅実なのである。

 ただしパワーだけであれば、日本を上回るチームはある。


 ドミニカもそれなりのパワーを持っているが、主にアメリカやカナダといったところか。

 男子もそうだが女子も、体格にかなりの差があるのだ。

 もっともここに選出されるような選手は、それなりのフィジカルエリートが多い。

 真琴はもちろん聖子にしても、女子の平均的な体格を上回る。


 この試合もまた、ネットでは配信されている。

 スタンドはガラガラで、100人ほども観客はいないだろう。

 だが女子野球というのは、こういうものであるのだ。

 シニアの試合などよりも、かなり閑散とした状態。

 それでもモチベーションは上げていかないといけない。


 初戦の先発は、真琴を除けば女子高校野球最強のピッチャーと呼ばれる佐上。

 バッテリーを組むのは、高校でも同じチームの産原だ。

 彼女がいなければ、真琴がキャッチャーをやっても良かった。

 だが男子を相手にしても、それなりにヒットを打っていく真琴には、ピッチャーをしない時はバッティングに専念してほしい。

 一回の表を三者凡退で、日本は上々のスタート。

 そして試合は進んでいく。

 一回の裏、まずは四番の真琴に、打順が回ってくるか。

 それが重要なポイントである。

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