第4話 大惨事

 《ハトの変身薬 作り方》

 (説明書の横には「混ぜるだけ! 簡単!」という売り文句までついている)


 ・月光樹の葉 ……1束

 ・宵蛙よいがまの油  ……1瓶

 ・銀の粉    ……1ふり


 まずは、ぱりぱりに乾いた月光樹の葉を乳鉢ですりつぶす。

 しかし、葉っぱがあまりにもぱりぱりに乾燥しているため、なかなか細かくすり潰せない。

 ウィンは説明書とにらめっこしてうなった。


「なかなかうまくすり潰せないわね。そうだ。水を入れたらどうかな。ちょうど魔よけの聖水があったはず。」


 思いつきで引き出しから聖水を取り出した。汚れを祓うとされている聖水は、貴族なら1人1つは持っている定番のアイテムだ。

 ……余談だが。

 料理を失敗する人間にありがちな原因は、レシピ通りに作らず、アレンジを加えることだという。

 そう、まさに今のウィンのように。


 一応弁明しておくと、領主の娘であることを意識した普段のウィン・キャンベルであれば、もう少し後先考えて作業を行っただろう。

 しかし今ここにいるのは、立場もなにもかも忘れてはっちゃけた1人の少女である。

 アクセル全開、テンションマックス。アドリブ、どんとこい。

 そんな状態のウィンは、まったくためらうことなく聖水を葉っぱにぶち込んだ。

 

  聖水によりしめった葉っぱのかけら。そこに宵蛙の油を入れる。油は長い間放置したドレッシングのようにすっかり油分が分離していた。ウィンは「ふんっ」と瓶を思い切り振ってから、どろりとした油を乳鉢に注ぎ込んだ。

 マドラーでかき回すと、水と油が分離して、上下に色が違う液体ができた。上は透明な液体、下は鮮やかな青になった。

 おそらくこの時点で、だいぶ予定と違う液体ができている。


「あとはこれに銀の粉を混ぜて……、と。火にかけて、水分を飛ばせばいいのね」


 次に使うのは火を起こすための器材。ウィンが取り出したのは、手のひらサイズの円柱だ。円柱の上には金網が付いており、中は空洞にくり抜かれている。下の方には穴が一つ開いており、そこに球体を埋め込む仕様になっている。

 ウィンは赤いビー玉を取り出した。それはよく使われる錬金術のアイテム、火の力が込められた魔法石だった。


「えいやっ」


 魔法石を設置すると、金網の下にぽんと小さな火がついた。

 金網の上に透明な丸い皿を置いて、そこにできあがった液体を注ぐ。

 液体はふつふつと泡を立てて蒸発し、最後にはきれいな青色の粉末が残った。


 ハトの変身薬(粉末タイプ)、完成である。


「できたー!」


 ウィンは初めての錬金術が成功したことが嬉しくて両手を上げて喜んだ。


「あとはこれを身体に振りかければあら不思議、ハトになって自由に飛び回れるのね。ふむふむ、解毒剤は不要……、1時間で元に戻る、うんうん、分かったわ」


 粉末を熱した皿から他の容器に移して冷ます。そろそろ頃合いだ。

 はやる心を押さえて深呼吸。

 いざ、初めての錬金術の成果を試すとき。

 レッツ、空の旅。

 きらきらと輝く青の粉を、自分に向かってまぶした次の瞬間。


「ぼん!」と予想しなかった激しい音と共に白煙が生まれた。

 衝撃に驚いた白ハトのリリーが「ぽぽう!」と鳴いて暴れた。その拍子に、鳥かごの掛け金が外れてしまう。


「ごほっ、ごほ……、ぽ、ポポー」


 ウィンは煙にむせ込んだ。「びっくりした」と言おうとしたら、口から鳴き声が聞こえてきた。 

 それはまさしくハトの声。


(……やった! 成功したんだわ!)


 おそらく自分は今、まるっとしたかわいいハトになっているはず。

 そんな自分の姿を確認しようと、ウィンは嬉々として部屋の姿見の前に立つ。

 そして見てしまった。

 ハトの頭のついた6等身の生き物を。


「…………、…………?」


 ウィンが首を傾げると、その生き物も同じように首を傾げた。

 顔は紛れもなくハトだった。

 羽も間違いなくハトだった。

 だけど人間の胴体と脚が生えていた。

 ハトではない。断言できる。しいて言えば、ハーピーと呼ばれるモンスターに形状は似ている。

 だがハーピーは、人の顔と翼を持つ生き物だ。

 対してウィンは、ハトの頭に人間の胴体、羽根の先から人間の手が生えている。

 ハトというのは無理があり、ハーピーというにはなんか怖い。

 そんな「ハト人間」がそこにはいた。


「…………ポォウ」


 初めての錬金術の成果に、ウィンは静かに鳴いた。

 泣くしかなかった。



 □■□■□■



 記念すべき錬金術の第1歩を勢いよく踏み出したら、そのまま踏み外してしまった。

「怪異! ハト人間」になった自分の姿を鏡で見つめて、ウィンは途方に暮れた。

 どうしよう、なんかもう、どうしよう。


 呆然としていると、下からばたばたと複数の足音が聞こえてきた。

 おそらく、ウィンがハトに変身するときの大きな音が気になり、家族が様子を見に来ようとしているのだ。

 ウィンははっと我に帰る。

 今この姿を見られたら、阿鼻叫喚の地獄絵図。


(く、薬の効果は1時間で切れるはずだし、隠れてやり過ごそう!)


 ウィンは慌ててクローゼットの中に潜り込み、内側から扉を閉めた。

 ハトの羽の先に人間の手指が残っていたのが幸いだった。おかげで不気味さは1割増しだが、クローゼットの扉は閉めることができる。

 クローゼットの扉を内側から閉め、ほんの少しだけ隙間を開けて、そっと外の様子をうかがった。


「お嬢さま、すごい音がしたけど、大丈夫ですか?」

「姉さん、どうしたんだい?」


 メイドのアリエラ、妹のプルウィアが声を掛ける。そして両親、ついでに訪問していたお客さまが勢ぞろいで扉を開けた。

 そこで彼らは見た。

 爆煙の勢いで荒れまくった部屋を。

 床に散らばった錬金術の器具を。

 ひっくり返った鳥籠と、見たことのない白いハトを。


「な……、なんだ、この惨状は」


 父であるサン・キャンベルが呆気に取られた様子で呟いた。


「お嬢さまは一体どこに……、ん?」


 あたりを見回していたアリエラが、ふと床に落ちていた紙に気付く。

 そこに書かれていたのは「初心者用 ハトになれる変身薬(混ぜるだけ!)」のレシピ。

 アリエラが再び顔を上げると「ポポー」と鳴きながらとことこと床を歩く白いハト(リリー)と目が合った。


「…………」


 レシピとハトを何度も交互に見る。他の人もアリエラと同じ動作をした。


 ハトになるレシピ。

 存在しない部屋の主。

 そして1匹のハト。

 ここから導き出された結論は1つだった。

 代表してメイド長アリエラが絶叫した。


「お、お、お嬢さまが……ハトになってしまわれたああぁぁっっ!!?」

「ええーっ!?」


 みんなが絶叫した。


(エェーッ!?)


 ウィンもクローゼットの中で絶叫した。

 いっせいに皆が慌てふためく。


「そんな! 馬鹿な!? どうして!?」

「まさか、婚約破棄のショックで……」

「確かにとんでもないフラれ方をしたけど……」

「そんな……、それでこ、こんな……大変なお姿に……」


 床にへたりこみ嘆くアリエラ。

 なお、本物はもっと大変な姿になっている。


「な、治るのか!?」

「早く医者を……、いや、獣医か!?」

「あばばばば」

「わー! 奥様が気絶したー!」


 クローゼットに隠れたのに、予想よりだいぶひどい阿鼻叫喚の地獄絵図が展開されてしまった。

 ウィンはどうすることもできず、クローゼットの隙間からその様子を見つめて立ち尽くしていた。

 巻き込まれた本物の白ハトリリーだけが、呑気な顔で「ポポゥ」と鳴いた。



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