第59話 メイド仲間
お城の職場に戻る。
先輩メイドのナナとベルが、マリアを出迎えた。
ナナは赤毛の髪をツインテールにし、小柄で明るい少女。
ベルは赤毛でおかっぱ頭。身長はマリアより少しだけ高い。大人しく、真面目な少女。ナナに対してだけは少しだけ口が悪い。
ふたりは同い年で、21歳。同じ村の出身で昔から仲がよくいつも一緒。ここも15歳の頃から一緒に働いている。
「マリアちゃん、会いたかったぞー」
ナナはマリアを抱きしめ、頬ずりする。
ベルはスキンシップ多めな相方を見て、不機嫌そうな顔になる。
「今回、少し長めの外出でしたから、なんか申し訳ないですけど」
「全然大丈夫。だってマリアちゃん、向こうでソフィー様のお世話をしてくれていた訳だしね。外でお姫様のお世話なんて、考えただけでも恐ろしいよ。だから、私はマリアちゃんを尊敬しちゃうぞー」
そう言われて、悪い気はしない。
しかし、ちゃんとしたお世話をした記憶がない。
ソフィーが一国のお姫様だという認識が、マリアの頭の中から飛び抜けてしまっていた。
だから、目の前の先輩から賞賛されると、申し訳ない気持ちになる。
恐らくもう、ソフィーの世話をするのもどんなに長くても2週間ほど。これからはちゃんとメイドとして、姫様に仕えようと心に決めた。
先輩が向けた尊敬の目に相応しい働きをしようではないかと、マリアは気合を入れる。
「そう言えば、私がいない間、なにか事件とかありましたかねぇ?」
自分がいない間、平穏無事であったなら、マリアの気は楽になるのだが。
「お城の研究所に新しい人が入ってくるの。それが凄い美人だって話題なんだよ。それが私にとってはちょっとした事件だね。今日、その人が挨拶回りに来るらしいから、実は楽しみにしてる」
そう言って、ナナはニンマリとした笑みを浮かべる。
「いつ来られるんです?」
「多分、お昼過ぎくらいかな? ベルは何か聞いてる?」
「私は何も聞いてない。分かってるとは思うけど、こっちにわざわざ挨拶には来ないから」
「えー」
ナナは不満を口にする。
「一体何年ここで働いているの? そんなこと言われなくても分かるよね」
「うー、ごめんって。だから、怒らないでよー」
「怒ってない、ただ注意しているだけ」
ベルは腰に手をやり、ガミガミと𠮟りつける姿は、この職場ではいつもの日常だ。
「お互い、好きなんですよね?」
マリアの疑問が口から洩れる。
ナナはマリアの言葉を特に気にした風はないが、ベルは顔を真っ赤にさせた。
「好きだよ? ずっと一緒だしね」
ナナは何でもないことのように言った。
「好きって何です?」
「え? 何それ、哲学的な話? そんなの分かんないよ。好きだと思ったら好きなんじゃないのかなぁ。よく分かんないけど」
ベルはため息を吐く。まだ若干、顔の赤みは消えていない。
「マリア、もしかしてそれ、恋愛的な意味で聞いてる?」
「多分、それです」
「ああ、そういう意味か。だったら、私たちに聞いても意味ないと思うけど」
その言葉に、ベルはムッとした表情になる。
「友達の好きと恋愛の好きって何ですかね? 何が違うと思います?」
ナナは少しだけ真剣に悩む。
「月並みな言い方だと、その人とエッチしたいかどうかじゃないの? 友達と恋愛の違いって。多分だけど」
それなら、ソフィーは自分のことを恋愛的な意味で好きと言うことになるのだろうかと、マリアは思案する。ヴィオラもそうなのだろうか? そして自分の気持ちは?
「では、そのエッチな感情さえなくなれば、もう友達の好きと同じなんですねぇ」
それがなくなれば、ヴィオラはあんな風に泣くことはなくなる? マリアには良く分からない。そもそも、そんな感情を自分に向けられているとは今だに信じられない。
「女性の立場から考えると、そういう行為を受け入れることができるかどうか、だと思う」
ベルはマリアに向かって、そう言った。
なるほど、とマリアは思った。――ヴィオラのことを考える。彼女を受け入れることが出来るのか、正直分からない。考えれば考えるほど、ソフィーの顔が思い浮かぶ。
マリアはソフィーのことが好きだ。そんなことは前から認めている。それを恋愛的なものとは捉えていないだけ。アンナや、他の人と一緒だと、無意識にだが、そう認識している。
「ベルにはそんな相手がいるの? 受け入れてもいい相手が」
「……ナナには関係ない」
「何その反応。本当にいるの? え、誰々、私にだけは教えてよー」
「ナナにだけは、絶対に教えない」
「えー何で? 私たち幼馴染で、家族みたいなものなのに。秘密はなしにしてよー」
「うるさい、黙れ」
「ちょっとそれ、ひどくない?」
はたから見れば、イチャイチャしているようにしか見えないふたり。他のメイドさん達からはお前らもう、付き合っちゃえよーとか、冗談で言われている。
今までなら、女性同士で恋に落ちる――という発想がなかった。だけど今は違う。それはきっと、ソフィーのせいだ。
「ふたりの好きに、恋愛感情はあるんですか?」
そんなこと聞けるマリアは、相変わらず空気が読めない。
ナナは少し困ったように頬を掻き、ベルの体は驚きで固まる。
「さっきの話で言うのなら、私がベルを受け入れることが出来るかってことだよね? 考えたこともなかったから、分からないかなー」
「私たち、女同士だよ。ありえないから」
ベルとしては、心を落ち着けてから言葉を発したつもりだが、気持ち語気が強くなる。
ナナはすぐにベルの耳元でささやく。
「ベル、そんなはっきり言ったら駄目だよ。マリアちゃん、もしかしたらソフィー様のことガチで好きになっちゃったのかもしれないじゃん」
ナナとしてはマリアに聞こえないよう小声でしゃべったつもりだが、普通に聞こえてしまっている。
「……女同士はありえないとか、ない、かもしれない」
ナナの言葉に、ベルは自分の言葉を訂正する。
マリアとしては否定するべきなのに、何となく、それをしたくなかった。
「でも、女の子同士かー、考えたこともなかったけど、本当にどうなんだろう? よく分からないなー」
ナナの言葉に、ベルは耳を全力で彼女の方に傾ける。
「でもさー、私、まだ恋愛したことないんだよねー。だからさぁ、可愛い女の子から本気で告白されたら、気持ちが傾いちゃうかもね」
そう言って、ナナは笑う。
「冗談でも、そんなこと言わないで」
ベルは不機嫌そうに口にした。
「別に、そんなつもりはないんだけどなー」
「例えば――本当に、例えばの話だけど、もし私が、ナナのことを本気で好きって告白したらどうする?」
ベルはナナの顔を見ずに、そんなことをつぶやく。
「うーん……どうだろう? よく分からないから、その時に考えるよ」
「――すぐに、否定はしないんだ」
「だって、本当に分からないんだもん。だから、その時に考えるよ」
嬉しそうに、ベルは笑う。
「そう言えば、マリアが帰ってきたってことは、ソフィー様ももうすぐ帰ってくるの?」
「え? ソフィー様、昨日の夕方にはお城に戻っているはずですけど?」
「そうなの? そんな話、何も聞いてないけどなぁ」
――昨日、ソフィーは何も気にしなくていいと言った。今日の朝までゆっくりすればいいと。だから、マリアはソフィーの言葉通り全く気にしなかった。
「えっと、私、メイド長へ確認に行きます」
マリアは慌てて今いる部屋から飛び出した。
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