第47話 必要なこと

 水竜の周りに水の渦がいくつもできる。竜巻のように水面から巻き起こると、マリアたちに向かって解き放たれる。


 マリアは水竜を中心に直径三百メートルの円状の結界を張った。範囲が広いため強度は少し弱くなっている。さらに光の盾を展開し、水の渦が当たると衝撃が走った。魔力が抜けた大量の水は滝のように落ち、湖の水面を激しく揺らす。結界内のため、地上に影響はない。


 ソフィーは炎の弾丸を放つ。あの皮膚は火の耐性が高いのか、竜は身をよじるだけ。


「マリア、あの竜を数分間足止めできますか?」

「やってみます」


 マリアは詠唱を行う。


「無数の光で、敵を捕らえよ。バインド」


 何重もの光の輪が竜に巻きつく。暴れるが、マリアの拘束からは逃れられない。

 竜が口を大きく開く。マリアはすぐに詠唱し、口に何重もの光輪で束縛した。


「あまり持たないかもしれません」

「大丈夫です」


 ソフィーは竜に近づく。鱗に剣を振るうが、弾かれる。


「大した硬さですね」


 感心したように呟く。


 湖に降りると、剣先を水面につける。目を閉じると、水に大量の魔力を流し込む。湖がソフィーを中心に氷始めた。

 広さ十五キロメートルの湖と竜が氷漬けにされる。彼女の魔力が纏った氷は、敵の耐性を下げる効果がある。


 剣を軽く振り回した後、竜の頭上より高く飛ぶ。急降下し、眉間に剣を突き刺した。深く入り込むことはないが、剣先が少しだけ皮膚を突き破る。剣の先端に魔力を溜め、竜の体内に流し込み体を膨張させる。竜の体内にある血液と水分を自身の魔力で混ぜ込む。

 体内を凍らせると、氷のつららが皮膚を突き破る。今度は急速に熱をかけた。氷を溶かし、内部で爆発させる。剣を刺したまま、再び頭上に飛んだ。


 竜の体はよろめき湖へ倒れそうになる。青い炎の弾丸を空中に展開すると、一気に放つ。その数は百発以上。

 爆風による黒い煙とともに、竜の体は黒い霧を発しながら、空へと消えていく。



 その圧倒的な姿を、ウェルディナの人々は眺める。それは恐れだ。彼女の揺れる銀髪を見ながら、彼らは呟く。精霊の子は、やはり化け物だ。しかし、遠くからでもわかるその美しさに、人々は魅了される。


 精霊の子が水面の上に立ち、少しづつ氷が解けていく様は、神々しく見えた。



 ソフィーがベランダまで戻ると、オーランドが大げさに手を叩いて彼女を迎える。マリアはソフィーの肩に軽く触れると、ねぎらいの言葉をかけた。


「素晴らしい戦いでしたよ、ソフィー様。そして、喜んでください。あなたの素晴らしい力により、ジョディス様は我々の味方になってくれるとのことです」


 オーランドは愉快そうに笑った。


 マリアも笑みを浮かべるが、心はどこか暗い。


「マリア、大丈夫ですか?」

「何を言ってるんですか、大丈夫に決まってますよ」


 マリアは笑う。笑っているのに、心が笑っていない。


 ソフィーは眉をしかめる。


「マリアさん、我々の戦いは悲劇を止めるためのものです。こんなに素晴らしい戦争はありませんよ。これは聖なる戦い。いわば聖戦です」


 オーランドは笑う。楽しそうに、心底楽しそうに彼は笑った。


 ――戦わなければ、死に行く命が増えるだけ。それを止めるための戦い。必要な戦い。そして、必要な殺し。


 分かっている。マリアは分かっている。きっと必要な戦いなのだろう。


 でも、心の中で誰かが言う。


 ――殺しは、いけないことだよ。


 心の中で生き続ける誰かが、そんなことを言った。


 

 

 オーランドはジョディスに何かを伝えると、水晶玉を彼に渡した。


 ――次第に、戦の準備で慌ただしくなる。


 その間、マリアとソフィーは広い部屋で食事をする。たったふたりで。美味しいはずの料理の味が、マリアには良く分からない。そんな彼女を、ソフィーは静かに見守った。




 お風呂につかりながら、天井を眺めた。立ち昇る湯気を眺めながら、マリアは息を吹きかける。広いお風呂の中、たった一人で浸かれる幸せも、今はあまり感じられない。感じるのが怖いのかもしれない。


 エリーナたちのことを思い浮かべた。オーランドの部下が諜報活動を行っている。彼女たちのことは分かり次第、連絡がくる手筈にはなっている。それでも、不安なことに変わりはない。何もできない自分が、この世で一番嫌いだ。マリアは逆上せかけ、頭がぼんやりとしてくる。


 そして、気を失った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る