第28話 不愉快の反対側

 宿営所に戻ると、イレーネとクラーラが出迎える。

 お互い初対面の筈なので、それぞれの自己紹介をしようとしたとき、なぜかイレーネとエリーナが驚いたようにお互いの目を合わせていた。それは決して長い時間ではなかったけども、マリアに違和感を覚えさせた。クラーラもそれを感じたのか、イレーネを不審そうに睨むが、小動物のような彼女では迫力が足りない。


「もしかして、二人は知り合いです?」


 マリアの言葉に、二人はほぼ同時に否定したため、それ以上追及するのを止めた。クラーラはしつこくイレーネの脇腹を突っついていたが、軽く小突かれてすぐに大人しくなった。


「クラーラさん、今日は我慢してくださいよ」


 マリアはこっそりと耳打ちする。


「が、頑張るよ!」


 クラーラは両手で拳を作り、気合を入れた。

 

 頑張ることではないだろうと、マリアは思った。むしろ頑張らないで、さっさと寝て欲しい。下手に気合を入れられても怖いだけだ。


 簡単な自己紹介が終わると、晩御飯を食べに外へ出た。

 途中でバルカスとエディが合流する。

 調理は外で行っており、料理は煮込み料理だけだが、大きめな肉が入っているため、マリアとしては大満足だ。

 机と椅子も簡易的なもので、外に置いてある。

 兵士の殆どは焚き火の傍に集まり、地面に座って食事をし、そこでそのまま雑魚寝する人が殆どである。そのため、宿営所で眠り机と椅子で食事が出来る自分は恵まれていると、マリアはつくづくと思った。


 マリアは食事をしながら辺りを見回すが、ソフィーの姿はない。分かってはいたことだが。

 食事を早めに終わらせ、席を立つ。


「私、ソフィー様の食事を持っていきますね」


 別に急ぐ必要などないのだが、マリアはいてもたってもいられなくなっただけ。ただ、早く会いたくなっただけの話だ。


 マリアが席を離れると、イレーネはエディの肩を叩く。


「残念だったわね」

「何のことっすかね!?」


 エディは冷や汗をかく。


「やっぱり、エディさんってマリアのこと好きなんですか?」

「アンナちゃん、何を言っているのかなぁ? 俺にはちょっと理解できないなぁー」


 エディはわざとらしい笑い声をあげる。

 イレーネはアンナに対して、人差し指を口の前に立ててウインクをした。それで、アンナは何となく理解した。


「ですよねー、エディさんがマリアのこと好きなわけないですよね」

「いやまぁ、嫌いなわけじゃないよ? そりゃー仲間としては好きだけどさー」


 冷や汗をだらだらとかきながら、手を頭に置き、エディは笑い続ける。

 イレーネとアンナは目線が合うと、お互いの顔を見、声を立てずに笑った。


 バルカスは我関せずに食事を続け、御代わりを貰いに行った。



 ――――――



 マリアはソフィーの分の食事を貰うと、彼女の宿営場まで歩いて行った。

 声をかけ、中に入る。

 大きさ等は、マリアたちの宿営場とほとんど変わらない。簡易とはいえベットや机、いす等が置かれている、それぐらいの差しかない。


 ソフィーはベットの上で寝転んでいる。


 マリアは食事を机の上に置いた。


「晩御飯、机の上に置きましたよ」


 反応がない。

 ソフィーは枕に顔を押し付け、うつ伏せになったまま動く気配がない。

 寝ているのかなぁ? そう思ったマリアは、さびしいとは思いつつ、起こすほどではないなぁと考え、部屋から出ていくことにした。


「どこへ行くんですか?」


 ソフィーはうつ伏せのまま、言葉を吐いた。


「起きてたんですか? 寝てるのかと思いまして」


 ソフィーは布団をはねのけ、体を起こした。白いシンプルな寝間着。可愛くもあり、神々しくも美しいとマリアは感動した。

 ベットの淵でまで移動し、ソフィーは足を少しだけ揺らした。


「食べますか?」


 机の上にある食器を宙に上げる。


「食べさせてください、今日は気分が悪いので」


 マリアの目が点となる。一瞬、ソフィーの言葉を理解できなかった。


「だって、あなたは私のメイドなのでしょう?」


 どこか不機嫌そうに、ソフィーは言葉を紡ぐ。

 マリアの中でモヤモヤとした感情が沸き起こる。


「もしかして、他のメイドさんにも食べさせてもらっていたんですか?」


 見たこともないナイスバディなメイドさん達と、ソフィーがキャッキャウフフしている姿を頭の中に思い浮かべた。何て如何わしいのかと、マリアは憤りを覚えた。それはただの嫉妬だが、彼女自身それに気づいていない。


「そんな訳ありません、馬鹿なんですか?」

「じゃあ、私だけなんですね」

「その言い方、止めてください。不愉快ですから」


 マリアは満面の笑みを浮かべながら、ソフィーに近づく。


「その笑みも止めてください」


 ソフィーから指摘され、マリアは表情を引き締める。目線に合わせ、腰を屈める。


「それで食べさせることができるんですか? 私の隣に座ればいいじゃないですか」


 マリアは少し躊躇する。


「いいんですか?」

「馬鹿なんですか? 私はいいと言ったつもりですけれど」


 マリアは気合を入れ、ソフィーの隣に座った。


「近すぎます」


 マリアは離れる。


「それは離れすぎです。どうやって食べさせるんですか」


 極端に離れたわけではなかったが、マリアは少し距離を縮めた。その間隔にソフィーは満足したのか指摘しなくなった。

 難しいなぁと思いながら、そんなソフィーを可愛いと思うマリアはすでに重症だ。


「それでは、行きますよ」


 食器をソフィーの方に移動し、スプーンで掬い彼女の口元まで近づける。彼女はそれを口の中に入れた。

 マリアは身悶えるほどの感動を味わう。ソフィーはそんな彼女をじっと眺めた。


「そんな感情を他人に向けられても不愉快なだけなのですが、なぜあなたの場合、そうならないのでしょうか」


 誰かに問いかけるでもなく、ソフィーは独り言のように、つぶやいた。


「それは、やっぱり私のことが好きだからじゃないんですか?」


 ソフィーは何も言わず、マリアを眺める。

 すぐに反論されると思っていたため、マリアとしては少し混乱する。


「……早く、食べさせてください」

「え? あ、はい」


 スプーンを再び口元に近づけるが、ソフィーが軽くマリアの手に触れたため、途中で止まる。


「悪くはないです」


 そう言って、ソフィー少し身を乗り出すと、食事を口にした。

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