第27話 生還

 オーランドの言う通り、女王が討伐されても、ゴブリンは進行を止めなかった。

 

 村の中にいるゴブリンを一掃した後、オーランドは軍を南に進軍させる。

 

 北と南から挟み撃ちにし、1日後にゴブリンは討伐された。

 

 全てが終わった次の日に、ノーススリーブ内に人を集め、簡単な墓を作った。


 アンナとエリーナ、お付きの2人も駆けつけ、マリアと一緒に祈りを捧げる。夕日に照らされた墓は、赤く染まって見えた。


 遅れて、カーチスとオーランドも現れ、手を合わせた。


「僕は王族ですから、この死を背負う覚悟が必要なのでしょうね」

「背負いたくたって、背負えるものではないと思いますよ」

「マリアさん、カーチス様に対してその言い方は――」

「いいんです、確かに、マリアさんの言う通りですから。ではせめて、僕はこの村で起きたことを忘れないようにします」


 カーチスは手に持った花を墓の前に置いた。


「何が正しくて、何をするべきなのか。きっと僕達、生きるものには分からないのでしょうね。だから、考え続けます」


 カーチスの言葉に、マリアは頷いた。それを見て、彼は少しだけ微笑んだ後、マリア達に頭を下げ、この場を後にした。


 カーチスとオーランドが居なくなったのを見て、アンナは深い溜息を吐く。


「緊張したー、王族をあそこまで近くで見たのは初めてだよ。自分の吐く息が気になって、窒息死するかと思った」

「今回はさすがに、私も緊張しましたわ」


 エリーナはアンナからマリアに視線を移す。

 

「それにしてもマリアさん、あなたに常識がないことは知っておりますが、さすがに王族の方には敬意というものを持ってくださいまし」

「でも、敬意ってそんな簡単に持てるものですかねぇ?」


 マリアは下唇に手を当てて、少し考え込む。


「マリアさん」


 圧を感じる。


「持てるように頑張ります」


 マリアはエリーナに向かって、敬礼をした。

 

「マリアさんには期待するだけ無駄ですわね」


 エリーナはこめかみを押さえる。


「とは言え、ここで長々と話すことではないですわね。マリアさんの宿営所のほうまで案内していただけますか?」

「今日は、こっちで泊っていくんですよね」

「そうですわね、さすがにこの時間からヴァレッタまで戻るのも厳しいですから」

「じゃあ、明日までは一緒ですねぇ」

「そうですわね」


 嬉しそうに笑うマリアを見て、エリーナの吊り上がった目も少し和らいだ。


 宿営所まで戻る前に、マリアは辺りを見回す。どうやら近くにソフィーはいないようだ。


 暫く、言葉もなく歩いて行く。


 マリアは、エリーナ達を宿営場まで案内する間、昨日のことを思い出し、急に不安になった。

 

 マリアは昨日、クラーラ、イレーネの3人で同じ天井の下で眠りについた。10人は軽く寝床にできる広さ。初めは真ん中に布団を3枚敷いて眠ることとなった。

 お休みを言ってしばらくすると、隣から甘い声が漏れてくる。マリアは部屋の隅に布団を移動し、耳を塞ぐが、眠れる訳がない。そのため、外で時間つぶすこととなる。さすがにそろそろ終わったろうと思って戻るのに、まだなんかい! とつい、一人突っ込みをしてしまうマリアだった。

 

 そして意外だったのが、手を出したのはクラーラから、と言うことだ。むしろ、イレーネはクラーラを小声で必死に止めようとしていた。


「昨日はごめんねマリアちゃん、私、我慢できなくって、つい。でもね、イレーネさんが悪いんだよ。あの魅力に、抗えるわけないもん」


 次の日の朝、そう言って、恥ずかしそうに笑うクラーラを見て、マリアは恐怖で戦慄いた。


 


「ねぇ、マリア」


 アンナの声で、意識が現在に戻る。


「ノーススリーブは確かに残念だったけど、今回の戦いで死人が出なかったのは良かったよ。負傷者はたくさんだったけど」

 

 アンナの言葉にマリアは足を止めた。


「マリア、急に止まってどうしたの?」

 

 他の4名も足を止め、マリアの方に体を向ける。

 

「そう言えばアンナ、聞きましたよぉ。前線には出ないって言ってたのに、結局参加したんですよね? 危険だって、私言ったと思うんですけどねー」


 マリアは非難するような目をアンナに向けた。

 

「本当にマリアにだけは言われたくないんだけどなぁ。だってマリアなんて、ボス討伐での参加なんだからさ。そっちの方がめちゃくちゃ危険じゃん」

「私はいいんですよぉーだ」

「その言葉、そっくりそのまま返させていただいてもよろしいでしょうかねぇ」


 二人は身を乗り出し、しばらくにらみ合ったが、アンナは急に視線を地面に落とす。


「······でもさぁ、私はやっぱり怖かったよ? マリアに会うまではさ。だってあれだけたくさんの、死にかけた人、苦しむ人を見たのは初めてだったから」


 マリアはアンナに近づくと、体を抱きしめた。

 

「私だって、アンナが前線に出ているって聞いて、怖かったんですよ。だから、お相子です」


 アンナはマリアの肩に頭を乗せた。

 

「そっか……ごめん。ここでいうセリフじゃないかもしれないけど、マリアが生きていてくれて良かった」

「私の方こそ。アンナが無事で、本当によかったです」


 マリアの背中の服を、アンナはほんの少しだけ、強く引っ張った。


 エリーナは肩を竦めるが、二人を見る目は、何処か優しげに見えた。

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