第22話 嫉妬

 何とも言えない空気の中、オーランドの使い魔が現れ、二人は反射的に離れる。

 使い魔は、明日の朝7時から作戦決行との報告をし、朝の6時半にはこの屋敷を出るように伝え、姿を消した。


 二人はしばらく顔を真っ赤にし、無言が続いた。


「そ、それでは、明日に備えてそろそろ休みますよ?」

 

「す、好きにしてください」


 マリアは自分の方を見てくれないことに、少し寂しさを覚えた。


「それでは、何かありましたら声をかけてくださいね。私はソフィ様の護衛ですが、メイドでもありますから」

 

「分かりました」

 

「それでは、失礼しますね」


 部屋から出ようとしたとき、名前を呼ばれ、マリアはソフィーの方に振り向いたが、彼女は相変わらず顔を背けたまま。


「また明日」


 ソフィーのその言葉に、マリアはほほ笑む。


「ソフィー様、また、明日です」


 マリアは軽く頭を下げ、部屋から出て行った。



 ――――――



 マリアはベットの上でしばらく悶絶していた。これはもう、今日は寝られないなぁと、マリアは思った。

 深呼吸し、瞼を閉じた。

 彼女の不安は問題なく、数分後には深い眠りへと落ちていった。



 ――――――


 

 マリアとソフィーは約束通り、6時半にはこの建物を馬車で離れる。


 城門前はたくさんの兵士達が並んでおり、緊張感に包まれていた。

 オーランドに案内され、前と同じように彼は演説台の上で声を張り上げる。少し違うのは熱量と話の長さだ。

 重要な話だとは分かっているが、マリアはソフィーのことばかり考えてしまう。

 隣が気になって目線だけを向けると、見事に視線が重なり、マリアはつい顔を背けてしまう。

 昨日から、自分は少しおかしくなってしまったなぁと、マリアは思った。

 本当に、話の内容が全く入ってこない。

 服の裾を、引っ張られる。それは微かな弱さ。

 止めてくれと、マリアは思った。

 だって、今すぐ抱きしめたくなってしまうから。


 オーランドの演説が終わると、兵士の熱狂が伝わってくる。

 それを聞き、マリアは戦いの幕開けを感じ、兵士達の緊張が伝わり感染する。

 少し、手が震えた。

 その手が握られる。

 驚いてソフィーの方を見ると、彼女はそっぽ向いていた。

 マリアは何も言わない。何か言えば、この手はすぐに離れてしまうような気がしたから。


 オーランドがこちらに戻ってくると、おやっとした顔をする。

 ソフィーの手が離れ、熱が逃げる。

 彼は何も言わず、馬車まで二人を連れていく。


 二人が馬車に乗り込んだ時、オーランドは口を開いた。


「マリアさんがこちらに伺う前、冒険者の馬車が到着しました」


 もしや、と期待する。


「バルカスさん達には、僕たちと同じ作戦に参加してもらうようお願いをして、許可をいただけました」

「本当です?」


 マリアは喜ぶ。そんな彼女を、ソフィーは怪訝そうな表情を向ける。

 

「兵士の方々と一緒に行動していただくので、マリアさんとは向こうで合流することになりますが」

「それは、心強いですねぇ」

「マリアさんも、慣れた方との方が、連携もしやすいだろうと思いまして」

「いい判断ですよぉ、オーランドさん」


 マリアは親指を立て、彼女なりに最大の賛辞を贈る。

 オーランドに対する評価が、マリアの中で急激に上昇した。


「それならば、よかったです。お互い頑張りましょう」


 マリアは頷く。


「しばらくこの中でお待ちください。準備ができ次第、出発いたしますので」


 オーランドは馬車の扉を閉める。


「バルカスって、誰ですか?」


 ソフィーは不機嫌そうに、マリアに尋ねた。

 

「一昨日、ソフィー様も会っていますよ。オーガを退治した森の中で」


 ソフィーは顔を顰める。


「そう言われれば、マリアの他にも人が居た、ような気がします。正直、まったく覚えていませんが」

「凄く頼りになる人達ですよー」


 マリアは両手の親指を上げる。

 

「そうですか」


 ソフィーは外の景色に視線を移す。


「もしかして、嫉妬です?」


 マリアはまさかなぁ、と思いながら口にする。


「……なぜ、そう思うのですか?」

「いや、何となくですけど」

「あなたは本当に馬鹿ですね。あなたの勘違いです」

「そうですか、それなら、いいんですけど」


 ソフィーは、マリアの方に顔を向け、少し身を乗り出す。

 

「何がいいんですか?」

「え?」

「私が、嫉妬していない方がいいんですか?」


 マリアは考え込む。


「確かにそうですね。では、もっと嫉妬して、もっと私を好きになってください」


 ソフィーは窓の方に体を寄せ、顔を再び背ける。


「勘違いしないでください、私はまだ、あなたのこと、大嫌いですから」


 マリアは唇を突き出し、不満を露わにした。

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