第16話 王子
国王は先に会議室から出たが、アレンは立ち止まったまま、暫くマリアとソフィーの方を眺めていた。
白いジャケットに金色の刺繍が入っている。その模様は王家の人間だけが着られる衣装だ。
身長は178cm、細身の体型だが筋肉で引き締まった体をしている。
文武両道であり、基本的に全ての事柄を器用にこなす能力がある。
ソフィーとは半分だけ同じ血が流れているが、顔は全く似ていない。
しかし、表情があまり変わらず、人に緊張感を与える所は似ているかもしれない。
マリアは外に出て行くソフィーを眺めた後、振り向くと、アレンと目が合った。
「あの化け物と普通に話せるとは、大したものだな」
アレンは感心した口振りでマリアに言った。
「化け物とは?」
マリアは理解出来ず、質問をする。
「とぼけなくていい、ソフィーのことだ」
「ソフィー様は化け物じゃありませんよ? 優しい方ですし」
そして何より、美しく可愛らしい方だ。
アレンは無自覚だが、人を突き刺しそうな目をマリアに向け、暫く観察した。普通の人間なら竦み上がる所だか、マリアは特に気にしない。
「なるほどな」
アレンは勝手に納得すると、部屋から出て行った。
彼の後ろに控えていた弟のカーチスはマリアに頭を下げ、アレンの後を追っかける。
――――――
会議室を出て暫く歩いたが、迷子になった。しかも誰もいない。既に会議室に戻れる自身もなくなった。これはもう、適当に部屋に入って人を探すしかないか? 顎に手をやり、悩むマリアの耳に人の足音が聞こえた。
音のする方へマリアは走る。曲がり角で探し人とぶつかりそうになるが、すんでの所で回避出来た。
マリアは謝った。相手は目を丸くしている。先程見た顔にマリアも驚いた。
「マリアさん、ですよね? 何故こんな奥まで?」
カーチスは直ぐに笑顔を作る。
かなりの童顔で、長めの髪型も相まって少女の様に見える。身長も163cmと、男性としては小柄な方である。
黒のジャケットは金色の刺繍が入った王家の衣装を着ているが、男装をした令嬢の様に見える。
「すみません、迷ってしまいまして」
「ああ、そうですか。確かに慣れていない人には迷路ですからね」
「ですよねぇ、これはもう、迷路と言っても過言じゃないですよ」
「侵入者が簡単に王室まで入れないよう、階段のある場所は少し分かりにくくしてあるんですよ」
成る程と、マリアは納得した。
「どこまで行きたいんですか? 案内しますよ? 今は皆忙しいでしょうから」
「いいんですか?」
「ええ、マリアさんはお客様ですから」
「ありがとうございます」
好意を素直に受け止めることにした。
メイドの私はお客さんなんかじゃありません、と言って「ああ、確かにそうですね」と笑って置き去りにされても困る。
「何処へ行きたいんですか?」
「一階の階段まで行ければ、後は大丈夫です」
「分かりました、それでは行きましょうか」
マリアは歩き出したカーチスの後に続く。
「マリアさんも、きっと魔物と戦うんですよね?」
「そうだと思いますよ。そうしないと、行く意味がないですからね」
「マリアさんは怖くないんですか? 戦うことが」
「怖いですよ?」
そんなの当たり前じゃないですか、と言う顔でカーチスを見る。
「では何故戦いの場に向かうんですか?」
マリアは少し悩む。
「聖女様から教わったんです、人のために魔法を使い、人のために生き、人を救えと。それは多分、私の生きる指標となっています」
「強いんですね、マリアさんは」
「それしか出来ないから、しているだけなんで、強くなんてないですよ。他の生き方も分かりませんしね」
「強いですよ、マリアさんは。相手の求めに応えることが出来ているんですから、僕とは違いますよ」
王子の言葉に、マリアはどう返事を返したもんかと、少し悩んでいると、カーチスが口を開く。
「例えばですけど、自分が出来ることと、相手が求めていることとが噛み合わないとき、どうすればいいんでしょうかね?」
「相手の求めていることを、出来るようになりたいんですか?」
「それは、当然ですよ。僕は出来るようになりたい」
「実はもう、出来ているかもしれませんよ?」
「出来てないですよ、兄さんみたいには」
「アレン様みたいになりたいんですか?」
「周りはそう望んでいます。きっと皆そうですよ」
「私は正直、アレン様が2人いてもなぁーって思いますけどね」
カーチスは少し驚いた顔でマリアを見る。
「私は今回の件、アレン様じゃなくて、カーチス様で本当に良かったですよ」
「こんなことは、誰でも出来ることですけど」
「誰でも出来ることではありませんよ? 人に優しくできることは、当たり前じゃないんです。私はそれをよく知っていますから」
「それが自分のためだったとしてもですか?」
「だとしてもです」
「優しさでは、誰も救えません。戦場で、僕は震えることしか出来ませんから」
カーチスの握った拳が震えるのを、マリアは眺めた。
「先程の会議に、小太りで自慢げに髭を触っていたおじさんがいたじゃないですか。その人が言ってたと思うんですけど――」
マリアの言い方に、カーチスは吹き出しそうになる。
「人には出来ることと出来ないことがあるって、あれはある意味、真理だと思うんですよね。出来ないことは、出来る相手にまかしてもいいと思いますよ。そして、相手に出来ないことを探せばいいんですから」
「僕に出来ますかね?」
「それは分かりませんけど、考え続けるしかないと思いますよ。私には無理でも、カーチス様ならできる気がします」
「だといいんですけど」
カーチスは何処か自嘲気味に言った。
「カーチス様はアレン様のようになりたいと言いましたが、私はそうなって欲しくないですねぇ」
「何でですか?」
「だって私、アレン様よりカーチス様のほうが好きですよ?」
カーチスは顔が赤くなる。
「それは多分、私だけじゃないと思いますから」
マリアはそう言って、笑った。
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