第15話 争い

 吐き気がした。

 

 人の悲鳴も、

 人の血の匂いも、

 手に残る感触も、

 

 泡になって消えない。

 

 頭を空っぽにして、

 蓋を閉めたって、

 

 隙間から溢れてくる。


 いつまでだって。



 ◇ ◇ ◇

 


「今回の魔物はゴブリンです。一匹一匹に大した実力はありません。しかし数が異常です。しかも際限なく増え続けている。これは憶測での話で申し訳ありませんが、このまま行けば数日で数万の軍勢になる可能性があるとの事です」


 会議室が俄に騒がしくなる。


「これはただのゴブリンの発生ではありません。基本、奴らに意思はなく、思考もない。ただ近付く人間に襲いかかるだけです。しかし、今回は統制された1つの軍団として進軍しています。これはゴブリンの女王の再来と見て良いかもしれません。大昔、女王により際限なく生み出され、100万の軍勢にまで膨れ上がりました。いくつもの砦を落とされ、我々人間は苦しめられました。時間が経てば経つほど、強力なゴブリンが発生すると文献にも書かれています。そのため、我々は一刻も早く、奴らを滅ぼさねばなりません」

「オーランド、敵の進軍予想と、女王の棲息場所の予測は出来ているのか?」


 国王は静かに口にした。


「部下たちの情報により、1つの予測を立てました」


 オーランドは壁にある大きな地図の前まで移動する。


「まず滅ぼされた村の名前は、ノースリーブです。大体百名程の規模でした」


 オーランドは王国より北側の方を指示棒で叩く。


「百名程度の村なら、大した被害ではないですな」


 誰かの言葉に、マリアは顔を顰める。


「部下から聞いた進軍方向、そして昔見た文献通りなら、奴らは必ず南下し、この王都に攻め込みますが――」


 オーランドは王都と村の間にある要塞都市を指示棒で丸く囲う。


「まずはこの砦で戦いが始まると推測します。進軍速度は毎時5キロもありませんが、文献通りなら寝ることも、食事をすることもなく進軍を続けます。速度を5キロで仮定すれば、奴らが要塞と衝突するのは32時間後です」

「その進行ルートに他の町等はないんですか?」


 マリアが勝手に発言したことに対し、数名が顔を顰める。


「予想ルートに町等はありませんが、私の部下が冒険者ギルドに声を掛け、近くの町まで伝令を頼んでいます」

「ノーススリーブに生き残りの人は居ないんですかね?」

「私の部下は村が全滅したと判断しました」


 ――聞かなければ良かった。知らなければ、彼らは私の頭の中で生き続けた。


 オーランドは再び地図の方に視線を戻す。


「まずは第一部隊、第三部隊からそれぞれ適した人材を部隊長に選んで頂き、少数精鋭で先行、この要塞都市ヴァレッタに向かいます。向こうの部隊と合流し、部隊を2つに分け、ここを拠点にして北上し敵と対峙するのが1つ、もう1つは――」


 指示棒を上に上げ、再びノースリーブで止まる。


「迂回してこの村に攻め入ります」

「そこにゴブリンの女王がいるのだな?」


 国王の言葉にオーランドは頷く。


「この村にはゴブリンが発生しやすい坑道がありますし、進軍してくる方向から見て、まず間違いありません。村の坑道の奥にゴブリンが発生し、皆が寝静まったときに、やつらはこの町を滅ぼしたと考えられます」


 オーランドはソフィーの方に視線を向ける。


「この迂回するルートにソフィー様も参加し、女王の討伐をお願いしたいと考えているのですが」

「好きにしてください。どーせ私に拒否権等ないのですから」


 ソフィーは地図を眺めながら、無感情に言葉を発する。

 オーランドは微笑を浮かべたまま、否定の言葉は発しない。国王や他の王子達も。それに対して、マリアは違和感を感じた。


「ソフィー様、その言葉は一国の姫君としてどうですかな? 国を思う気持ちがあればその様な言葉は出ないかと思いますが」


 家臣の1人が、自慢のヒゲをさすりながら、ソフィーに向かって言った。


「あなたにはあるのですか? 国を思う気持ちが」

「当然です。私は常に国を思っておりますぞ」

「では、私の代わりに女王の討伐をお願い致します。あなたの国を思う気持ちがあれば出来る筈ですから」

「人には出来ることと出来ない事がありますぞ! ソフィー様とて、私の仕事を代わりに出来ると言うのですかな!?」

「あなたの仕事が何かも分からず、答えられる訳もないでしょ? 私はあなたの顔も、名前すら知らないのですから」


 家臣は顔を真赤にして怒りを顕わにする。


「姫様、そこまでにして下さい」


 オーランドの静止に、ソフィーはため息を付くと、椅子に寄りかかる。


「マリア様にも、是非参加して頂きたいのですが?」

「姫様の護衛としてですか?」

「ええ、是非とも」

「分かりました」

「因みに、私も迂回ルートに参加しますので、一緒ですよ」

「そうなんですか? では、よろしくお願いします」

「ええ、こちらこそ。よろしくお願い致します」


 オーランドはマリアに軽く頭を下げた後、国王の方に体を向ける。


「国王陛下、私は迂回ルートに参加し、北上ルートは騎士団長に指揮を任せる予定ですが、アレン様とカーチス様はどのように致しましょうか?」


 国王は2人の息子に視線だけを向ける。

 

「アレン、お前には北側の進行ルートに参加し、騎士団長をサポートしろ」

「了解致しました」

「カーチス、お前は迂回ルートだ」

「わ、分かりました」

「オーランド、出立は何時だ?」

「要塞都市には伝令を送っていますが、連携をしっかり取るためにも、王都を19時には出立したいと考えております」

「間に合うのか?」

「あまり時間の余裕はありませんが」


 国王は立ち上がる。

 

「ではこの場は解散とし、今すぐに作戦を開始しろ」

「仰せのままに」


 オーランドの言葉を最後に、ソフィー以外が立ち上がる。左胸を手で押さえ、一礼した後、各々が部屋から出て行った。


「ソフィー様、マリア様、18時30分には城門前に集まって下さい」

「分かりました」


 返事はマリアだけ。

 ソフィーが無言で立ち上がると、兵士の方が慌てて窓を開ける。


「姫様、迎えに行きましょうか?」


 外へ向かう背中に、マリアは声を掛けた。

 ソフィーは足を止めるが、振り向かない。


「······好きにして下さい」


 ソフィーの足が地面から離れる。


「晩御飯、早めに持っていきますから」


 ソフィーは返事をせず、窓から出て行った。

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