第13話 おとぎ話

 マリアはメイド長から貰った、注意書きの紙と懐中時計をポケットの中に仕舞った。


 まだ時間はあるため、部屋を出た。

 一階なら好きに歩いていいと言われている。常識の範囲内で、と念は押されたが。


 マリアは探検気分で城の中を歩いた。

 色んな人間が働いている。

 兵士や、学者、教会関係者、商人、貴族など、たくさんの人間が慌ただしく動いている。

 それでも何人かがマリアの姿を見て足を止める。彼女はそれに気付かないが。

 慌ただしさに気疲れを覚え、庭へ出る事にした。


 朝見て感じではいたが、ガーデニングは本当に広く、美しい。

 塀と木々に囲まれ、迷路の様になっており、歩くだけで小さな冒険をしている気分になる。


 マリアは噴水前のベンチに座って一息をつく。


「少し、いいですか?」


 マリアは声のする方に顔を向ける。


 優しげに笑う優男。ニコニコとしている。

 その甘いマスクに、普通の女性なら心を奪われる。

 マリアはその笑顔を、嘘くさいなぁ、としか思わなかったが。


「えっと、何でしょうか? もしかして私、何かやらかしてますかね?」


 マリアは姿勢を正す。

 自分が声を掛けられるとは思っていなかった。声を掛けられるような粗相をしていないか記憶を遡るが、特に何も思い浮かばない。


「いえ、大丈夫ですよ。僕が気になって話しかけただけですから」


 気になったと言うことは、何か仕出かしたからじゃないのか? とマリアは思ったが、取り敢えず様子見をすることにした。


「僕は、オーランドと申します。一応、この国の軍務大臣を務めさせて貰っています」

「ああ、知っていますよ」

 

 普通の少女なら竦み上がる立場の人間を前にして、特に気にせず適当な返事をした。

 オーランドも、それに対して特に気にした風はない。

 彼は平民出身でありながら、2年前に28歳で大臣にまで上り詰めた傑物である。

 身長は180cm、端正な顔立ちで、女性からの人気は圧倒的に高い。世間に疎いマリアでも、顔と名前が一致するぐらいには有名である。


「マリアさん、ですよね?」

「あ、はい。そうですよ」

「今日から、ソフィー様のお世話をして頂けると聞いています。僕からも御礼を言わしてください」


 大臣とはそこまで把握しているものなのかと、関心した。


「それと、一昨日の件も」


 オーランドは軽く頭を下げた。

 

「あれは、私の方からマリアさんを指名したんですよ。依頼を受けて頂いて助かりました」

「何で私を指名したんですか?」

「僕は前から、あなたの力には興味がありましたから」

「興味、ですか?」

「何百年に一度、魔王が現れ世界を滅ぼす時、天から授けられた精霊の子がそれを打ち倒す」


 それは1つの伝説として、絵本にもなっている。


「精霊の子と魔王は1つでワンセットです。しかし精霊の子だけで、魔王はまだ存在が確認されていません。しかし、最近は魔物が活発化しています。異常だと言っても過言ではないぐらいには」


 魔物がどこから来て、どこへ消えるのか、それは誰にも分かっていない。

 魔物は突然大量発生し、殺せば実体が残らず、黒い霧とともに消えていく。

 血は消えずにそのまま残り続けるため、マリアはそれを怨念、呪いだと認識している。


「では、魔王は既に存在しているのか? 既に存在しているのならば、それは誰なのか。僕はそれがマリアさんだと考える時があります」


 マリアは流石に面食らう。

 オーランドは相変わらず、ニコニコと笑っている。


「魔物は全て闇属性だと言われています。光と闇は相容れない様に見えて、表裏一体です。光があるからこそ闇があり、闇があるからこそ光があるのです。では、女神は魔王であり、魔王は女神なのか」

「それでなんで私が魔王になるんですか?」

「僕はあなたの力に興味があるんです。あなたの力は人の域を超えていると、私は考えております」

「私の力なんて、大したことありませんよ?」

「それはあなたにとってはと言う事です。人から見たあなたはまた違う考えを持つ」


 オーランドは急に声を出して笑う。


「冗談ですよ、冗談。こんなことを聖女様の前で言ってしまえば、僕は八つ裂きにされてしまいますね」


 一頻り笑った後、少しだけ真顔になる。


「勘違いしないで欲しいのですが、僕は魔王を否定している訳ではありません。むしろファンだと言っても過言ではありません。あなたが魔王なら、僕は忠誠を誓いますよ」

「それも、冗談ですか?」

「さあ、それはどうでしょうか」


 人を引き付けるその笑みが、マリアにはただの薄ら笑いにしか見えない。


「名残惜しいですが、僕にはまだ仕事がありますから、これで失礼します」


 オーランドは胸に手を当て、丁寧にお辞儀をする。


「それでは、また近い内に」


 不吉な言葉を残し、その場を後にした。


 マリアは、ぼんやりと思考する。

 

 例えば私が、世界の敵だとしたなら、姫様は何の躊躇もなく私を殺すのだろうか?


 その問いかけは、珍しくマリアを不愉快にした。

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