第8話 聖女
聖女の名前はセラ。年齢は43、身長は175cm。
ウェーブ状の茶髪は、肩下まで伸びている。
40代には見えず、見た目は20代後半。切れ長の美人で、睨むと威圧感がある。
胸は小さいが、ボディラインには自身がある。彼女のシスター服はそれを強調するデザインとなっており、深いスリット等が入っている。
そんな格好をしたシスターは彼女一人だけだ。
妖艶な笑みで人の心を戸惑わせる風貌は、聖女と言う言葉から程遠い。大半の人間がそう感じ、本人も自覚している。自覚しているだけで、特に気にはしていないが。
それでも大半の人間が彼女の実力を認め、聖女として信頼し、憧れる者も多い。
セラとしては、自分がしたいようにやってきただけなのだが。
――――――
マリアは聖女の部屋の扉を叩く。
聖女とシスターは違う建物に住んでいるため、そこそこ距離がある。
「入っていいわよ」
マリアは部屋に入ると、一礼してから扉を閉めた。
「マリア、よく来てくれたわね」
聖女は奥にある机から立ち上がると、部屋の真ん中にあるソファへ座り、足を組んだ。煙草に火を付け、向かいにあるもう1つのソファを指差す。
マリアは対面に座ると、目の前の机にあるお菓子で目を奪われる。
「好きに食べていいわよ」
「良いんですか?」
「ただの貰いものだからね」
包装紙を解くと、色鮮やかなお菓子が目の前に広がった。
めちゃくちゃ高そうだ。マリアは唾を飲み込む。
「もしかしてこれ、王宮で貰いました?」
「分かるの?」
「いやだって、かなり雅なんで」
マリアは一口食べると、目を瞬かせる。
「美味しい?」
マリアは何度も頷く。
「そう、それは良かったわ」
マリアはお菓子を飲み込んだ。
「でもセラ様、今日は一体どーしたんです?」
2人の時は、聖女様ではなく名前で呼ぶ。決して長い年数ではないものの、色々と面倒を見てくれた彼女を、今では家族のように感じている。
セラは煙を口から吹き出した後、煙草を灰皿に押しつける。
「昨日、ソフィー様に会ったんでしょ?」
「そうですね、会いましたよ」
「付き合いもそこそこ長いって言うのに、あの子から話かけられたのは昨日が初めての事なのよ。しかも今日も話かけられた。待ち構えられていたとも言えるかしらね」
「へー、そうなんですか」
話の意図が読めない。何だ? 自慢か? マリアは足を揺らし、少しむっとした。
「怒ってたわよ、君の事で」
次のお菓子に伸ばしかけた手が止まる。
「そうでした、忘れてましたよ。セラ様、私のこと勝手に話してましたよね? 話は絶対、大げさにしてるし、嘘も1つや2つじゃないですよね?」
「悪かったとは思ってるわよ? だけどね、多少のアレンジは程良いスパイスとなるの。恨むのなら、面白味の足りない自分を恨んだ方がいいわ」
「面白味、必要ですかねぇ!?」
セラは笑う。
「冗談よ、安心して。面白味のないマリアの話しかしてないわよ」
「何か癇に障る言い方ですが、まぁ、良いですよ、別に。でも、何の話してるんですか?」
「ただの日常話よ。君が教会や街でやらかした話とかね」
ほんの少し、気が重くなる。
でも、それだけなら。まだマシだ。
「本当に、それだけですか?」
「それだけよ。君がこの王都に来る前の話はしていないわ。それはマリアが自分で話す内容よ」
「話す必要あります?」
「さあ、どうだろう。自分で考えなさい」
マリアは止めた手を動かし、お菓子を頬張る。
「あの子はいつも一人だった。私が声を掛けたのはほんの気まぐれよ。色んな話をした。何を話しても興味を示さなかったけれどね。私の立場は知ってるから、あの子は逃げようとはしなかった。だから私は自分の立場を利用して、何度も話かけた。意地になってたものだから、ちょっとした嫌がらせだね、あれは」
「中々最低な話ですね。嫌がる少女を無理やりってやつじゃないですか」
「そうよ、これは最低な話」
セラは肩を竦める。
「これは埒が明かないと思ってね、ソフィー様を連れて外に出たのよ。相変わらず何の興味も示さなかったけれど、ある場所で足を止めて、離れようとしなくなった。何処だと思う?」
マリアは少し考え込んだが、分かる訳が無い。早々に諦めた。
「個人的には、マミさん家の庭で飼ってる犬がお勧めです。多分、何時間でも見てられますよ」
「なるほど、答えは違うけれど、ある意味正解かもしれないわね」
「え? 本当ですか? 適当に言っただけだったんですが、私凄いですね」
「答えは西側の外れにある広場よ」
西側の外れにある広場等1つしかない。
「あそこ、何かありましたっけ?」
遊具もない、本当にただ広いだけの平らな場所だ。
児童施設から近いため子ども達を連れて遊びに行くには丁度いい場所ではある。
「何にもない。マリアと子ども達が遊んでただけ」
「ちょっと待ってください。私のさっきの回答と当てはまる部分ありますかね?」
「犬よ、犬。何時間でも見てられるんでしょ? 姫様は犬を眺めていたのよ」
「もしかしてそれ、私のことを言ってます?」
「勿論」
「本当に失礼な人ですねぇ、セラ様は」
マリアはぷりぷりと怒る。
「って、ちょっと待ってください。もしかして姫様、私のこと犬扱いしてます?」
「さあてね」
「もしもそれが本当なら、かなりショックなんですけど?」
「だけどまあ、それからよ。それから君の話を聞くときだけ、怒るの」
「それ、おかしくないですかね? 何で怒るんです?」
本当に嫌われているのかと、マリアは不安になる。
「いつも怒られ、罵倒されるのはマリアだけ。それ、ご褒美でしょ?」
「そんなご褒美、嬉しくありませんけどね!」
「あの子はそうやってしか、自分を表現出来ないのよ。何故自分が苛立っているのか、多分、分かっていないんでしょうね」
「良く分かりませんが、不器用な方なんですかね?」
セラは笑う。
「君だってそうよ」
「そんな事、全然ありませんけど?」
マリアは自分が不器用などとは思っていない。
「君達は正反対のようでいて、似ているのかもね。自分に対して、すごく不器用な所が」
セラは背もたれに腕を乗せ、足を組み直す。
スリット部分が普段よりも捲れ、マリアは不覚にもドキッとしてしまった。
「エロい所は似てないと思うけれど」
「違いますけど!?」
マリアは呼吸を落ち着けた後、ため息を吐く。
「因みに、それはいつの話ですか?」
「君がまだ、ここへ来て間もなくのことだから、4年近く前かしらね」
「そんな前の話なんですねぇ」
「姫様、言ってたわよ? マリアを見て、泣きたいくせに強がってるって。まるで自分のことのように、あの子は怒っていたわ」
「······」
「君のために怒っていたのよ? 強がって、いつも笑って誤魔化していた、あの頃の君のために」
セラは椅子から立ち上がるとマリアの隣に座って、彼女の頭を少しだけ乱暴に撫でた。
「それであの子の面白いところは、君のために怒って、君を怒っている。自分を怒らせる君を、自分を感情的にさせる、そんな君が大嫌いなのよ」
「······何ですか、それ」
「可笑しいでしょ?」
セラは笑う。
でも、マリアは笑えない、少なくとも、今だけは。
「本当、どっちが馬鹿なんだか······」
マリアは両手で額を押さえ、肩を震わせた。
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