第2話 負けヒロインは諦められない

「大体なんで駆け落ちなのぉ……」

 

 林檎は机に突っ伏してウダウダと呻く。

 あれから空港内のチェーンのカフェに場所を移した私たちは、どういうわけかテーブルを挟んで向かい合っていた。

 

「学校にさえいてくれたら卒業までの間に寝取ってやったのに~……」

「なんでそんなに好戦的なのよアンタは……」

 

 私はどうやらこの女の賢さを過大評価していたようだ。

 不屈の精神とか認めるようなことを言ってしまったが、どうやらそれは悪い意味でもあったようだ。私は想定以上に諦めの悪いバカを前にして、頭を抱えた。

 

「……ってか、ネムりんさ、二人がなんで駆け落ちしたのか理由聞いた?」

 

 林檎は机に顔を突っ伏したまま、やけに小さい声で尋ねる。

 ”林檎が知らない事実をライバルだけが特別に告げられている”そんな可能性を捨てきれず弱気になっているのだろう。

 ちらちらと上目遣いで私の様子を伺っているが、いつも生意気な女が弱気な姿はどうにも面白い。

 

 とはいえ、私も駆け落ちの理由なんて知らない。

 

 あの男ときたら、幼馴染のこの私に、駆け落ちどころか泡歌と付き合いはじめたことすら、先週まで報告していなかったのだ。

『泡歌と、付き合うことになったんだ。それで、その、二人で遠くの方に住もうってことになって……』

 そんな風にある日突然、全てを知らされた。

 茫然自失としている間に、時間だけが過ぎ、気がつけば一週間というリミットは、とおくのとうに終わっていた。

 

「そっかネムりんでも聞いてないのか」

 

 表情で答えを勝手に読み取ってきてんじゃないわよ。妙に察しが良いところ、本当に腹が立つ。

 

「信頼されてないんだね。幼馴染なのに」

「うっっさいわね!! アンタだって同じでしょ!?」

「私だって、理由聞こうと思ったけど……けど……」

 

 林檎は再びテーブルに向かって俯き、か細い声でごにょごにょと言葉を続けた。

 

「…………駆け落ちの理由……知りたいけど聞きたくなかった…………」

「……ふん」

 

 なんでそんなに突然? なんで卒業前なの? 二人だけで住むの?

 なんで、なんで、あの子を選んだの?

 

 私たち……いや、きっと私たちだけじゃない。

 

 アイツの友達も妹も後輩も先輩も先生も、みんなみんなそんな疑問を抱いていた。

 けれどきっと誰も知らない。

 聞いていない。聞かされていない。

 今、この場に残っているのは"友達"にそんなことすら聞けない臆病者だけだ。

 

「ネムりん、これからどうするの?」

「どうするも何もないわよ。普通に過ごすに決まってんでしょ。もう知らないわあんな恩知らずのこと」

「ネムりん、おーくんの世話焼いてたもんね」

「……そうよ。この私が、へっぽこで計画性のないアイツの面倒を見てやってたのよ!? この私が! 私がよ!? 恩知らずにも程がある!」

「その態度が重かったんだろうね」

「……うっっさいわね!!」

「彼女でもないのに勝手に世話焼いてくる幼馴染なんてねぇ」

「あ~~! 黙れ黙れ! だいたいアンタこそ、彼女でもないくせに乳当てたり抱きついたり! スキンシップが多すぎるのよ」

「男なんてみんなこうすればオチると思ってたんだもん」

「そうやって自分の体使っても見向きもされないなんてね」

「うっさ~~貧相な体だからって嫉妬?」

「私はアンタみたいに安売りしないのよ尻軽!」

「尻軽じゃないし、おーくんだけだし……普通に恥ずかしかったし……」

「恥ずかしかったの⁉︎ ただのバカじゃない!」

「っていうか、ネムりんもさ、好きじゃないみたいな態度取ってたから」

「べ、別に好きじゃないわよ‼︎ 私は保護者的な観点として……」

「ほら、そうやってすぐ逃げる」

「は?」

「は⁉︎」

 

 私たちは気づけば互いの胸ぐらを掴んでいた。

 

「……」

「……」

 

 突如、カフェで美少女二人が立ち上がって胸ぐらを掴みあっているのだ。さすがに周りの視線が私たち一点に集中している。

 そのおかげで、沸騰していた脳みそが急速に冷えていった。

 どうやらそれは林檎も同じだったようで、いつものへらへらしただらしのない顔に戻っていった。

 

「……不毛だね」

「……不毛ね」

 

 どちらからともなく服から手を離す。私たちがどれだけ争ったって、桜路は帰ってこないし、全てが後の祭りなのだ。この小競り合いを不毛と呼ばずなんと呼ぶのか。

 

「帰りましょうか」

「……うん」

 

 ──王子様がいなくなったって、私たちの物語は止まらない。容赦なしに日常は続いていく。

 

「じゃあ、また学校でね」

「ふん、またね」

 

 探偵部がなくなった今。仲良くもない私達の「またね」がいつになるのか、わからないけど、一度、ひっくり返したちゃぶ台を片付けるためにも私達は形式的に別れの挨拶を言ったのだった。

 私たちは背を向けて別々の出口から店を出た。

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