南極28号は電気嬰児の夢を見るのか?
@d-van69
南極28号は電気嬰児の夢を見るのか?
ネットのバナー広告に気づいたのは2年前だった。
『お望みの彼女、作ります』
そんな字面が目に飛び込んできた。
怪しいサイトに誘導されるんじゃないかと危惧しながらも、それをクリックせずにはいられなかった。
開かれたページには女性アイドルそっくりの写真がずらりと並んでいた。それらは全て精巧に作られた人形で、男が慰みものにするためのものだった。いわゆるダッチワイフだ。
しかしそれは単なる人形ではなかった。機械仕掛けのラブドール。つまりは性処理用のアンドロイドだ。
ロボットが一般家庭に普及しだしてからどれくらい経ったのか定かではないが、ついにこんなものまで作られるようになったのだ。
生まれてこのかた女性とは全く縁のなかった俺は喜び勇んで飛びついた。
注文画面でまずは容姿を選ぶ。表示されているサンプルから気に入ったものを選んでもいいし、芸能人や片思いの誰それに似せた容姿をオーダーメイドすることもできる。当然俺はあの頃絶頂期にあったアイドルグループの一人を選んだ。
次は中身だ。従順であるとか気が強いとか、予め性格をプログラミングすることもできるが俺はそうしなかった。あえて未設定の状態を選んだのだ。一から十まで自分好みの彼女に仕上げ、広告のうたい文句を体現するつもりだった。
車が買えるほどの代金を支払い、それは俺の家に届いた。まだ自分では何も考えることができない白紙の状態だったが、抗いきれない衝動にかられて思わず抱いてしまった。
それから後も俺は彼女を欲望の赴くままに抱いた。それと平行して教育も施した。その甲斐あって、彼女は着々と俺好みの女に成長していった。
異変が生じたのは1年が過ぎた頃だ。リナと名づけた彼女は既に一人前の女性になっていた。自分で考え、行動し、俺を悦ばせる。
ところがある日彼女が口にしたセリフに俺は瞠目した。
「あなたの子どもが欲しいの」
おいおい待てよ。子どもだと?アンドロイドだぞ。出来るわけがない。って言うより、その発言の意味するところは何だ?まさか自分は俺の嫁だと思い込んで……いやそれ以前に自分は人間だと錯覚しているのか?
しかしそれを指摘することはできなかった。そのしおらしい態度が俺の欲情をかきたてたのだ。いいだろう。出来る出来ないは別にして、そういうプレイと思えばまた趣が違うというものだ。もしかしたら、彼女もまたそういうシチュエーションプレイのつもりで言ったのかもしれない。
いいよと囁いて、俺はリナをきつく抱き寄せた。
ところが、それはシチュエーションプレイでもなんでもなかった。子どもが欲しい、子どもが欲しいと言っては俺に行為をせがんでくる。こちらがやりたくない時にでもだ。どこで知ったのか、基礎体温まで計りだし、それをこれ見よがしに俺の目の前にさらす。ロボットに体温などあるのかと思うだろうが、彼女はラブドールだ。温もりがないことにはリアリティがない。そのために体温……と言うより温度が微妙に変化するよう設定されていた。
100パーセント俺好みの彼女だから、とりあえずその要望にも応えていたが、いい加減疲れてきた。もう嫌だ。義務的にするのは苦行に等しい。
「あなた。子どもを……ね?」
リナがまた俺ににじり寄ってきた。さすがに俺ももう反応しない。
「どうしたの?」
俺の表情に気づいた彼女が首をかしげた。
もう我慢できない。ここらで一度こいつにアンドロイドであることを教えておく必要があるだろう。
「いいか。何を勘違いしているのか分からないが、お前は人間じゃない。慰み用のロボットだ。つまりはラブドールなんだ。いくら頑張っても子どもなんか出来ないんだ」
不思議そうな顔でしばらく俺をみつめていたリナは、悲しそうな笑みを浮かべて口を開いた。
「そんなこと分かってるわ。でも子どもがほしいの」
「だからそんなこと無理だって」
「無理じゃない。私のソースコードとあなたのソースコードがあれば、二人の特徴を併せ持った子どものロボットが作れるのよ。なのにあなたは私を抱くばかりで、ソースコードを教えてくれようともしないし。ほら、これが私のコードよ」
いいながら彼女は基礎体温計を俺の目の前に突き出した。しかしそれは俺の思い込みで、リナが手にしていたものは特殊なメモリーカードのようだった。この中にソースコードがあるのか?って何だそれ。俺のソースコードってどういう意味だ?子どものロボット?
「なによ」
リナの大声で我に返る。
「あなたのほうこそ自分が人間だと勘違いしてるじゃない。あなたもアンドロイドでしょ。肉体労働用に作られたロボットなのよ」
南極28号は電気嬰児の夢を見るのか? @d-van69
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