ウチの夫は浮気している〜松井家の恐らく可笑しな日常譚〜

春風邪 日陰

本編 嘘泣きの衣装

突然だが私の夫は浮気をしている。


まず間違いない。

絶対。

確実に。


何故私がそこまで自信を持って言い切れるのか。それには明確な理由が存在する。

そしてそれを説明する為にはまず私の事を話さなきゃならない。

私の名前は松井 彩菜。旧姓涼宮 彩菜は1人の夫と12歳の娘を持つ今年で結婚15周年を迎える所謂普通の主婦だ。


よく結婚生活が上手く行く秘訣として嘘を吐かないとか、隠し事をしない事なんてよく言うがそれは本当にその通りである。

かくいう私も夫に嘘や隠し事をした事一度もない。

……なんて訳もなく、やはり私も1人の人間で、嘘の一つや二つ隠し事の一個や二個は存在するのが現実だ。

だからあの秘訣は何でもないデタラメで嘘や隠し事をついていても結婚生活は意外と上手く行くのだ。


恐らくウチの夫もそれは同じで私に嘘をついた事だってきっとあるだろうし隠し事だって多分ある。

だから大抵の事なら私は気にしないし、仮に何かに気付いても笑って見過ごすと決めている。

もしかしたらそれが私達の結婚生活が15年も続いたきっかけなのかもしれない。


だけどそんな心が広い私にも笑って見過ごせない例外がある。


夫の嘘や隠し事が女性絡みならば話は大きく変わってくる。

浮気や不倫を私は絶対に許さない。

それが私の結婚当初から決めている唯一の決まり事だ。

夫にもその事は話してあるし納得もしてくれている。だから今まで夫の陰に他の女がチラついた事なんてないし、私が夫の事を怪しいと思った事も殆どない。

だが最近、明らかに夫の様子がおかしい。

それだけだったらまだ良かったのかもしれない。正直様子はいつも通りで何も変わってなんていない。


夫の服のポケットに女性物の口紅が入っていた事以外は……。


最近は男性でもメイクが流行っているなんて事を巷で良く耳にする。私はそれはそれでアリだと思うしいい事だと思う。

だけどウチの夫の場合はそうじゃない。

それは夫だって最低限の身だしなみくらいは整えるし気にもしている。だけどメイクなんてものに興味があるとは思えないし、そもそもオシャレに興味がある方でもない夫がそんな物に拘るとは正直考えにくい。

そうなると考えられる事はきっと一つだけ。


私の夫は現在進行形で私に嘘をつきながら浮気をしていることを隠しているということだろう。

私はそれを許さない。

マジで絶対に…………。






いきなりだが、少し前から俺には人には少し言いにくい趣味にハマっている。


俺はそれに自分でも驚くほどのめり込んでいる。

これが俗に言う沼にハマるってヤツなのかもしれない。

沼は恐ろしい。やめよう、抜けようと思って、もがけばもがくほど体は沈んでいき抜け出せなくなる。そうなったらもう最後。自分がそれに飽きるまでは決して抜ける事はできない。

そして多分、その趣味に飽きることは今のところはないと思う。

それ程私がハマってしまった趣味とは一体なんなのか、それを説明する為にはまず俺の事を話さなきゃならない。


俺の名前は松井 浩介。今年で結婚15年目を迎える妻の彩菜と小学6年の娘を持つ普通のサラリーマンだ。

普段は某企業の営業職として働く俺は可もなく不可もない業績を出し続ける平凡なサラリーマンとして日々を生きている。

仕事の事で上司に叱られる事も珍しくはないし、後輩の方が俺よりも仕事が出来る。

かといって別に社内で嫌われている訳でもないと思う。

そんな俺の立ち位置は物語だったら主人公ではない。主人公が働く会社の中にいる一人。友人でもなければ主人公に関わる役でもない。ただ一緒に働いているだけ。

そう俺は可もなく不可もないただのモブキャラだった。


そんなモブキャラの俺にも新しい趣味が出来た。


今まで趣味と自信満々に呼べるものなんて何一つなかった。元々、飽きっぽい性格なのもその理由だろう。

でも人はある時を境にして一瞬で変わる時がある。今までなら気にもしていなかったことがきっかけひとつで世界が変わる。

世界が変われば姿も変わる。

俺の場合なんて特に。


俺に出来た新しい趣味、それは女装だ。


俺がそれにハマったのは3年前の事。

きっかけは単純でたまたま暇潰しに見ていた動画サイトで見た動画がきっかけだ。

動画の内容は凄くシンプルで、男がプロの力を借りて女性のフリをしたらどれだけ騙せるかなんていう、まぁ〜動画サイトらしいドッキリ。

その時の変貌ぷりが凄まじく俺はそれに度肝を抜かれた。

そして次第に何故か俺もそれに憧れるようになってしまっていた。

今、考えたら何でそう思ったのかは自分でも分からない。不思議なくらいに。だけどきっかけなんてそういうものだろう。


そこから俺はあっという間に独学でメイクの方法を身につけて、ファッションの知識を頭に詰め込み、女装の技術を手に入れた。


それだけあれば見た目は完璧。普通はそれで終わり。だけど俺はそれだけじゃ物足りなかった。

俺は巷で人気のモノマネ芸人に内緒で弟子入りし、声までも女性そのものを目指したのだ。

3ヶ月後、俺は意識次第で声を自由自在に変えれる力を手に入れた。

これには俺も正直驚いていて、自分でもこんな才能を今まで持っていたことが信じられない。

その覚えの早さには師匠も驚いていたし、俺を芸能界に誘ってもくれた。

君には才能がある。これだけの技術があれば君ならモノマネ界、いや、芸能界のトップも狙える。

そう言われたが、俺は丁重にそれを断った。理由は簡単でそんなものに微塵も興味がないからだ。これはあくまでも俺の自己満足の為にやっている事であり、有名になりたいからって訳じゃないからだ。

そんなこんなで俺はプロ顔負けのメイク方法と女性誌を読み漁って手に入れたファッション知識、芸能界のトップをも狙えるといわれた類稀なる女優の声マネ技術を手に入れた。

因みにモノマネを意識し過ぎたせいで、女装時の声が某国民的女優に似てしまったのはご愛嬌だ。


そして俺は手にした女装技術を使ってまず最初にやった事。

それは、SNSに自分の写真を上げる事。

普段はSNSなんてこれっぽっちもやらない俺だが、その時だけは勇気を出してやってみることにした。

最初は少し不安だったが、別に女装だと正体を明かすわけじゃない。

あくまでネットに載るのはこの世には存在しない女性の写真なのだから。

そう言い聞かせた俺は一枚の自撮り写真をSNSにあげた。

初めはSNSの使い方も分からなかったし、あまり気にもしなかった。

だって女性の自撮り写真なんてよくあること。だからこれが大事になんてなるわけがないと。

だがその考えは一瞬で否定された。


瞬く間にスマホの通知音は鳴り止まなくなったのだ。

俺はそれにとても驚き、怖くなった。


それから三日間はスマホの電源を切ったまま生活を続けた。

だけど流石にこの現代社会でスマホなしで生きるのはとても不便なのが現実だ。

俺は怯えながらも3日振りにスマホの電源を入れた。

あの時のような無限になる通知音はしなくなっていたが、未だに通知音はなり続けていた。

俺は手探りながらも、設定画面を弄ってなんとか通知音を鳴らなくさせることに成功した。

俺はそれに安堵しながら、恐る恐るSNSを開き自分の投稿を確認してみることに。

それを見て俺は驚愕しながらも意味が分からなかった。

恐らくこれがバズるってやつなのだろう。

とんでもない勢いであの写真が拡散されていた。


私が上げた写真には大量のコメントが書かれていて、見るのが鬱陶しくなる程だ。

しかもよく分からないメッセージも来ているしで俺は混乱していた。

嘘か本当かも分からない芸能関係者を名乗る人間からのメッセージも沢山届いていた。

どちらにしても俺がそれを受け入れる事はないのでとにかく全てのメッセージを無視することにした。

それでも私の写真は次々と拡散されていく。

段々とそれが俺は怖くなった。見ず知らずの人間がこんなに俺の姿を見ていることが怖くなった。……正確には俺じゃないが。

だから俺はSNSを削除した。

それ以来SNSをやってもいないしやりたいとも俺は思わない。

別に人気者になりたいわけじゃなかったからだ。


でも、そのおかげで分かった事もある。


俺の女装は世間に通じる。

チラッと見た限りこの写真が女装だと疑うコメントなんて全く無かったし、逆に言えば上手く出来すぎていてAIなんじゃないかと言うコメントがあったくらい。

その評価が俺の自信になった。


それからというもの俺は、妻や娘がいない合間を見つけては女装をして外へお出かけるすることにハマっている。

今の今まで周囲に女装だと気付かれた事は一度も無い。俺も女装している時は男ではなく一人の女性としての立ち振る舞いをしているのでバレるわけがないのだ。

この前だって女性しかいないコスメショップに行って口紅を買ったくらいだ。


そういえばアレ、どこにやったんだけ?……

あっ、そうだ!俺が買い物を終えて家に帰ると、それから間も無く妻や娘も帰ってきて慌ててメイクを落として着替えも済ませ、隠したんだった。確かあの時、普段会社に来ていくスーツのジャケットに隠したんだった。

そうとなったら急いで回収しておかなければ!


もしもそれが妻にでも見つかったら大変なことになる。

きっと彩菜の事だ。俺が口紅を隠し持っていたなんて知ったら間違いなく浮気を疑われてブチギレだ……。

恐らく離婚真っしぐら……。

そうとなったら言い訳のしようがないし、正直に言ったところで離婚が避けられるとも思えない。


俺と妻の間には結婚当初からの約束がある。


だからって別にそれは難しい事じゃない。


浮気をしない、不倫をしない、愛人を作らない、そして家族を裏切らないこと。

ね、いうほど難しくはないでしょ?


実際俺は今までそれを破った事はないし破ろうと思った事もない。

だって妻の事は今でも愛している。勿論だ。

他の女にうつつを抜かした事なんて一度たりともない。

妻だけじゃない。娘の優衣の事も大事だからだ。

俺は家族を裏切らない。それだけは何があっても変わらない。

だからこそ!それを守る為にも余計な疑いをかけさせて不安にさせるわけにはいかないのだ!

だから俺は現在進行形で嘘を吐き続ける。


自分の趣味を隠し通しててでも大事な家族を裏切らないために。

浮気なんかよりよっぽど楽しい趣味を見つけたから。

マジで最高に……。



そして俺はその日、いつもより少しだけ早く仕事を終わらせると大急ぎで家へ帰った。


スペアのジャケットに入っている口紅を取り戻すために。


「ただいまぁ!!……って、」


俺は勢いよく扉を開ける。


「お帰りなさい、パパ。えらく機嫌がいいのね?」

「そ、そうか?そんなつもりはないんだけど…。ってか珍しいね。彩菜がわざわざ迎えてくれるなんて、何かあった?」


「ん〜〜別に。大したことはなかったわ」

「そ、そうか…」


なんだか今日は妻の様子がおかしい。それになんだか嫌な予感がする。

まさかな……。


「ただ、パパが普段来ているジャケットに、女物の口紅が入っていたことくらいかしらね?」

「え!……」


当たった!!絶対に当たっちゃいけない嫌な予感がこんな時に当たってしまった。

妻の顔にはまだ笑みが残っている。だけどそれがめちゃくちゃ怖い。

まだ誤魔化せるのか?……いや、無理か?それでもなんとかやるしかない。どうにか女装の事も隠しながら浮気が誤解だと証明するしかない。


「ご、誤解なんだ!……」

「誤解?何が?私はまだ入っていたってだけで何も言ってないわよ。私が何を勘違いしてるって言うのかしら?」


ヤバい、辛うじて残っている笑みが逆に怖い!


「いやさ、誤解というか、勘違いというか、とにかく!この口紅に変なやましい理由はないよ!!それだけは信じてくれ!!」


こうなったら直球勝負。難しい事は考えない。骨を切らせて肉を断ってみせる。


「……だったらなんでこんな物を持ってたの?

「それはだな……いつものお礼も兼ねて彩菜にプレゼントしようと思っていたんだ」

「え!?…」


自分でもめちゃくちゃ苦しい言い訳だと思う。だけどなんとか乗り切るしかない。


「パパが、私にプレゼント?どうしたのよ突然、あっ、やっぱりなんかやましい事でも隠してるんじゃないの!?」

「違うよ!違和感があるのは俺も認めるけどそういう意味じゃない」


「でもなんで急に?今日ってなんかの記念日かなんかだっけ?」

「いや違う。だからこそ今日渡そうと思ってたんだ」


「今日に?」

「うん。なんでもない日だからこそ綾菜を驚かせると思ってたんだ。……本当なら昨日渡すつもりで用意してたんだけどちょっと恥ずかしくなっちゃってさ、渡しそびれちゃったんだ。ごめん。だから今日こそはちゃんと渡そうと思って少し早く帰ってきたんだ」


まさに口から出まかせ。言ってることの殆どが嘘でそこに真実なんて何も無い。だけど今はこの方法しか思いつかない。


「そうだったんだ…」

「信じてくれる?」

「……うん」


ヨシっ!なんとかなったか。


「本当に?」

「うん。え、嫌なの?それとも他にまだ何か隠してるの?え?」

「いやいや、全然!そんなわけないじゃん」


これ以上余計な事を言わない方がいいみたいだ。墓穴をこれ以上掘りたくはない。


「なら受け取ってあげる。ありがとう浩介」

「ああ」


普段はパパ呼びするのに名前で呼ぶなんて。納得してくれたってことでいいのか。


「ご飯出来てるから、食べよう?」

「う、うん。ありがとう。あー、そういえば優衣は?」


「もう自分の部屋にいる。もうちょっとしたら出てくるわよ」

「そうか」


いつもより俺は早く帰って来ているのだから夕食の時間がいつもより早いことが少しだけ気になったが、口紅の事と比べたら大したことではない。

こうして最悪の事態は免れる事ができたのであった。



そして翌日。


今日は仕事が休みで俺は外に出ている。

普段から、休日は家族で過ごす事よりも各々の時間で過ごす事が我が家の流儀である。

こういう日だからこそ趣味に没頭できるのだ。

この格好でいる時が今は1番楽しいのだから。


「…咲凜さん、聞いてます?」

「え、うん、勿論。聞いてるよ」

「本当ですか?まぁ、大した話じゃないんで別にいいですけど」


因みにこの姿でいる時は間宮 咲凜という名前で通している。

これも女装として、女性になりきるために必要な事なのだ。

形から入ったのなら後は細かい事を仕上げれば、私が女装だとバレる事はないのだから。

今日は私の唯一の女装友達である神埼 夏奈さん。本名は伍代 晶。年齢は19歳で私とは21歳も離れている。

今日はそんな彼女と一緒に男だけじゃ中々入れないパンケーキが有名なカフェでお茶をしていた。


「そういえば最近、咲凜さんは上手くやれてます?」

「上手くって何が?」


夏奈は周囲の目を確認すると私に近づき耳元で囁く。


「女装の事ですよ」

「ああ……」


「で、どうなんです?」

「実は昨日奥さんにバレそうだった……」


「ま、マジですか!?」

「声が大きいってば」


「あっ、すみません。……でもなんでバレそうになったんですか?」

「それがさ、この前この姿の時新作の口紅を買ったんだけどね、それを隠すために普段来ているスーツのジャケットに隠してたんだけど。それが見つかっちゃって」


「あちゃー、なんでそんな所に隠しちゃってたんですか?」

「慌ててたんだよ。丁度私が家に帰ったタイミングで奥さんも帰って来ちゃったから、メイクを落として着替えるのだけで精一杯だったんだ」


「ふーん。だけどなんとかなったんですよね?」


オシャレなパンケーキを頬張りながら私に問いかける。


「うん。……期待してた新作の口紅は失ったけどね……」

「いいじゃないですか、バレなかったんだから。それで済むなら安いもんですよ。私なんかまだ家に両親がいるから色々と大変なんですよ。道具一式隠すのだってやっとですし、家で着替えるなんて事も滅多に出来ませんし。まぁ、もう直ぐ引っ越すんで大分楽になりますけど」


「良かったじゃん。趣味に没頭できるなんて羨ましいくらいだよ」

「家賃とかの出費が多すぎて、今まで以上にこっちの方にお金はかけられなさそうですけどね……」


「それはそっか……」

「だけど親の目を気にせずに好きな事が出来る方が自分にとっては大事なんで」


「だね」

「実はここだけの話。私、咲凜さんみたいになりたんですよねー」


「え、私!?なんで?」

「なんでって…当たり前じゃないですか?」


「当たり前。何が?」

「だって咲凜さんって……」


また耳元でこっそりと囁く。


「実年齢は40ですよね?……」

「実年齢ってか、まぁ、そうだね」


「だって凄いじゃないですかー!。この姿見てその年齢だとは誰も思いませんよ!だってどう見たって20代にしか見えませんし、見た目は勿論声だって女性そのものだし。芸能とかの仕事をやってる聞いても不思議じゃありませんよ。最初は咲凜さんが私と同じって聞いたときはめちゃくちゃ驚いたんですからね」

「そう?……だけど夏奈さんだって似合ってるし客観的に見ても女性にしか見えないけどな。声だって違和感ないし」


「そう言ってくれるのは嬉しいですけど、咲凜さんと比べたら全然ですよ。声なんて元々高いだけで工夫なんて殆どなんて何もしていませんから。それに咲凜さんはネットで伝説の美女ですもんね!」

「ちょっとその話は忘れてって言ったでしょ?」


「なんでですか?凄いことじゃないですかーー」

「凄かろうがなんだろうが私にとっては黒歴史なのよ」


「別に恥ずかしがることじゃないと思うんだけどなーー。でも私にとってはそんな咲凜さんが憧れの存在なんですよ。人生の先輩としても女友達としても私にとっては大切なんです」

「ありがとう……」


「だから絶対に奥さんにこの事バレちゃダメですからね!私から唯一の女友達を奪われないようにしてくださいよ」

「うん。分かってるよ。私だってこの時間が好きなんだ。バレたらそれどころじゃなくなるし、大切な物だって失ってしまう。だから絶対に隠し通すわ」


「お願いしますね」

「うん」


「そういえばガラッと話変わりますけど〜、この前発売されたFAIRYの限定コスメって手に入りました?」

「本当にガラッと変わったね……。だけどアレならダメだったわ」


「やっぱり…」

「うん。予想はしていたけど想像以上に人気みたいだから。私も色々と店を回ったりネットとかでも探して見たけど全然ダメ。たまにあった!と思っても、プレ値がついてる転売品だもの。流石にそこまでして欲しいかって言われるとそういうわけじゃないから今回は諦めるしかないかな。……結構気になってはいたんだけどね〜しょうがないわ」


「なんとかならないですかねー……」

「だといいんだけどねー。やっぱりアレ夏奈さんも狙ってたんだ?」


「私はあのブランドが好きで狙ってたんで……発売当日の朝から色々と狙ってみたんですけど全然ダメでした」

「そっかぁ……やっぱり結構厳しいんだね」


「諦めるしかないんですかねー……」

「うーーん。ここら辺は全滅だったしネットもダメだった。てなるとやっぱり厳しいんじゃないかな?あっ、でももしかしたら県外の田舎の方にあるショップとかだったらもしかして残ってるかもよ?分かんないけどね。そもそもそんな所が限定品を仕入れてると限らないし……」


「なるほど。案外それってアリかもですね……」

「え?」



さらに翌日。


仕事を終えた俺は家へ帰ると今日は珍しい人が俺を出迎えた。


「ただいまー…おっ」

「おかえり、ダディー」


「ただいま、優衣。優衣が迎えてくれるなんて珍しいな」

「たまにはね」


「そっか」

「荷物持ったあげる」


「いいの?」

「いいよ。このくらいなら」


「サンキュー、優衣」

「へへっ…」


俺は優衣と共に妻のいるリビングへ。


「おかえりなさい、パパ」

「ただいま」


リビングに来たや否やソファーに寝転がる優衣。


「優衣は今日どうだった?」

「別に。大したことなんて滅多に起きるわけないじゃん。いつも通りだよ、いつも通り」


「それはそうだけどさ、もっとなんかあるだろ?もっとなんかこうさ……」

「もっと?」


「いや、やっぱりいいや。何かあった時は言ってくれ。力になるから」

「うん。分かってるよ」


「パパ、優衣、もう直ぐご飯出来るけど食べるわよね?」

「ああ、食べるよ」

「私も食べるー」


「オッケー」


我が家では各々が好きな場所で食事をする。食べるタイミングは同じでも食べる場所はそれぞれと違う。

キッチンで食べる者がいれば普通に食事台で食べる者、リビングから持っていて各々の自分の部屋で食べる事もある。

我が家はそれが普通でそういう家だ。


「その前にさダディ。これとこっち、明日学校に着ていく服どっちがいいと思う?」

「そうだなーー、って、俺でいいのか?」


「ダディがいいのよ」

「そうなのか?」


「ちょっとー、優衣。せっかく私もいるんだから少しくらい私に聞いてくれてもいいんじゃない?私だってそれなりにオシャレに気を遣ってる方だと思うんだけどな〜」


「マミーはマミーでオシャレだと思うけど、私の好みとはちょっと違うんだよね。ダディの方が私の好みと似てるっていうか、センスが同じ感じがするの」

「パパは優衣と違ってオシャレってわけじゃないわよ。それなのに似てるの?」

「それはそれでちょっと傷つくぞ……」


女装だったらまともに張り合う自信はあるが素の状態なら無理か……。


「オシャレとかとはまた違うんだよね、ダディは。なんかさ普通だけど普通じゃない感じがする」

「何それ?」


やっぱりウチの娘は勘がいい。


ウチの娘は同世代の子と比べるととても大人っぽい子だ。

着ている服だって同世代の子と比べればとても大人っぽいしオシャレだと思う。だけどそれを着ている人間が小学生だと周囲からは余りオシャレだとは認識されないらしい。言動だって年齢とはちょっと釣り合わない部分が大きい。

優衣の感性は他の子より少しだけ鋭い。だからそれが周囲にとっては違和感となる事も珍しくはない。


「いいからさ、ダディはどっちがいいと思うの?」

「そうだなぁ……仮に俺が着るんだとしたらこっちかな?」


「やっぱりダディもそう思う?私もそう思ってたの!」

「うん……だけど、どうせだったらさ、こういうのもアリなんじゃない?」

「お?」


俺は二つの服から優衣が気に入りそうな部分だけを選出し組み合わせた。


「これなら最近流行りのトレンドも抑えられるし、好きな物だって身につけられる。それに全体的なバランスだって悪くないはず。こっちの方がいいんじゃないか?似合うと思うし」

「凄いよ!ダディったら流石だよ!!やっぱり私のことを分かってるよね!よし、明日はこれに決めた!!あ、でもなんでダディがレディースのトレンドを知ってるの?」


しまった……。


「あ、それはだなーー、この前テレビでやってたのは偶然見たんだよ。それにほらこれ」


俺はリビングに置いてあったファッション誌を手に取る。


「暇な時にちょっとだけ読んだのを覚えていたんだよ。勝手に読んでごめん」

「うんうん、全然気にしないよ。だってね、ダディのお陰でこの組み合わせが見つかったんだもん。寧ろ私が礼を言わなくちゃ。ありがとうダディ!」


「それは良かった」

「そういうことだから私明日の準備してくる!先に食べてていいから!」


優衣は走って部屋に戻る。

俺はその様子を見ながら少し微笑ましい気持ちになった。


「ねぇ、パパ」

「ん?」


「あの子ってさ、きっと世間から見たら大分曲がってると思うわ。だけど真っ直ぐだと思わない?ちゃんと自分の中で芯を持ってる」

「どうしたんだよ急に」


「まぁ、色々とね…あの子はあの子なりでいいのかな〜って思っただけ」

「だったらいいんじゃないかな。優衣はあれで。優衣だって自分が周囲とちょっと変わってることは分かってる。だけどそれをコンプレックスだなんてちっとも思ってない。だから大丈夫だよ。それに決めたろ?もしも世間が幾らあの子を否定したとしても、俺達はそれを肯定し続けるって。だってあの子は悪い事なんて何もしていないんだから」


「そうね……そうよね」

「ああ」 


「いや、実はね、今日優衣の学校から電話があってね一度私達と話したいんだって。それを聞いて色々ちょっと分からなくなっちゃって」

「話?なんでこんなタイミングで?」


「それは私も聞いてないからよく分からないけど、でも、来年には優衣も卒業でしょ?だからこれからの為にもちゃんと色々と話しておきたいんじゃないかしら?あの子学校だとちょっと浮いてるから」

「それにしたって今じゃないだろ。それでこっちが話を聞くのも変だし、それこそもう卒業なんだから何を話してもしょうがないんじゃ?」


「多分もう直ぐ卒業だから。変わってるからこそ今のままじゃいけないって学校側は考えたんじゃないかな?そう考えるほうがきっと普通よ」

「……」


「でも大丈夫。私のの方から学校側にはいい顔して上手くやり過ごしとくから。そもそもこっちがなんか悪者扱いされてるのもちょっと腹立つしさ、あ、だけど穏便に済ませるから安心して。優衣が不利になる事はしないから。どうなったってもう直ぐ卒業。今更何を話したところで変わりもしないし変わる必要なんかないんだから」

「うん。それでいいと思う。だけど一応俺も行こうか?」


「なんで?」

「え、だって彩菜こう見えても元ヤンだろ?急に先生とかに掴み掛からないか心配で……」


「殴るわよ」

「ごめん、冗談……」


「大丈夫よ。私だってもう大人。そんな簡単にてなんか出さないわよ。もしもの時は別にだけどね……」


妖しく笑う彩菜の笑顔を見て俺は出会った当初を少しだけ思い出した。

悪魔と呼ばれ巷のレディース数百名を束ねていた暴走族のトップ。

誰も今の彩菜の姿を見ればそんな話信じてはくれないだろうけど……


「なによ、私の顔をじーっと見て。なんかついてる?」

「いーや、美人だなーと思って」

「な、何よ、急に!?」


頬を赤くする彩菜。こんな表情も昔からじゃとても考えられない。


「それより!パパは仕事があるんだからその日はいけないでしょ?」

「因みにいつなの?」

「三日後よ」


俺は手帳を開きスケジュールを確認する。

だが直ぐに彩菜が手帳を強引に閉じる。


「そんなのわざわざ見なくたって、平日なんだから仕事に決まってるでしょ。普通のサラリーマンなんだから。そんなに心配しなくても大丈夫よ。私を信じて」

「分かったよ……優衣の事は任せた。だけどなんかあったら言ってくれよ。都合は合わせるようにするから」

「うん、ありがと」


すると優衣が明日の準備を終えて戻ってくる。


「二人ともなんの話してたの!?」

「別に大した事じゃないよ」

「そうよ、3日後。優衣の学校に私が行くって話」


「なーんだその話か。じゃあ大した話じゃないね」

「でしょ?」


「でもごめんねマミー。私のせいで迷惑かけちゃって」

「優衣が気にする事じゃないわ」


「そうだねー。……そういえば今日って何?こんな匂い嗅いだことないよ!」

「ああ、それは俺も気になってた。ずっとリビングに漂うこの香り。説明がつかなくて不思議に思ってたんだ」

「今日は肉が入ってないハンバーグよ。いいでしょ?」


「いいけど……それはハンバーグなのか?」

「ハンバーグの形をしていれば肉なんて入ってなくてもハンバーグなのよ」


「そういうもんか……」

「そういうもん!!」

「へぇ…………」


因みにそれはめちゃくちゃ美味しかった。



またまた翌日。


俺は外回りの営業を終え会社に戻っていると、


「咲凜さん!!」


背後から声をかけられた。

俺をその名で呼ぶ人は一人しかいない。

分かりきった顔で俺は振り向くと、そこには想像通りの人物が笑顔で俺に手を振っていた。


「伍代君!……この姿でいる時はその名で呼ばないでくれ!」

「あっ、ついクセで…。すみません」


「分かってくれたならいいけど。でもどうしたんだい?お互いにこの姿で会うのは久しぶりじゃないか」

「本当は今度、いつもの姿の時に渡そうと思ってたんですけど偶々歩いてる所を見かけたらいてもたってもいられなくなって、話しかけちゃいました!」


「渡したい物?」

「そうです。あっ、ちょっと待ってくださいよ……」


可愛らしい鞄の中を漁る伍代。


「コレ見てくださいよ!!」

「コレって……」


伍代君が手に持つ物を見て俺はとても驚いた。


「コレ、この前話していたFAIRYの限定コスメじゃないか!!しかも二つも!どうやって手に入れたの?まさか、どうしても欲しくなって転売品に手を出したんじゃ……」

「違いますよ!!そんな蔑んだ目で見ないでくださいよ!失礼な!」


「じゃあどうしたの?」

「それは……この前言ってくれたじゃないですか。もしかしたら地方とか田舎の方に行けばまだ残ってるかもしれないって」


「ああ、言ったね。そんなこと」

「だから昨日、思いきって色々な場所へ遠出してみたんですよ。それこそ県外まで」


「え!?」


「そしたら予想通り残ってたんですよ!!しかも二つ!!」

「ウソ!そんな上手くいく!?」


「俺だって驚きましたよ。でも上手くいったんだからしょうがないでしょ」

「でも二つも買ってどうするの?あ、一つは使ってもう一つはコレクション用とか?」


「それもいいんですけど〜」

「じゃあやっぱり転売するつもりなんじゃ!?」


「だーかーらそんなことしませんよ!!……これあげます!」

「え?ごめん意味がわからない」


「だからこれ差し上げます!」

「いくらで?」


「お金なんていりませんよ。タダです」


「マジで?」

「マジです」


「本当に?」

「本当です。てか驚き過ぎて語彙力無くしすぎですって」


「嘘でしょ!?本当にいいの?そもそもなんでそんなことしてくれるの?」

「理由がなきゃダメですか?」


「ダメじゃないけど……」

「どうしても理由が必要だっていうなら、それは俺にとって咲凜さん、いや、松井さんが友達だからです。大切な仲間だからです」


「友達?俺が……」

「そうですよ。そうじゃなきゃなんなんです?」


「いや、それはそうなんだけど、こう目を見てそんなこと言われことないから……」

「俺だって恥ずかしいですよ……だけど松井さんと会ってから俺、めちゃくちゃ楽しいんですよ。やっぱりこの趣味ってどうしても人に言いづらいじゃないですか。それは昔と比べたら大分偏見なんかもマシになって来たのかもしれませんが俺の周りから見たらそんな事なくて……だから同じ趣味が好きなどうし共有出来ることがめちゃくちゃ嬉しいんです。ですからこれは俺の気持ちです。別に物で釣るとかそういうつもりじゃないですからね!!」


「分かってるよ」

「これからも俺とか私と一緒に過ごしてくれますか?」


「もちろん。俺や私で良ければ喜んで」

「ありがとうございます。じゃあコレどうぞ」


俺は伍代から限定コスメを受け取る。


「ありがとう。大事に使わせてもらうね」

「マジで大事に使ってくださいよ。大事にしすぎて使わないなんてのもなしですからね!勿論転売も……」

「するわけないだろ」


こうして俺達はまた後日このコスメを使ったとびっきり好きな姿で出会うことを約束してこの場を別れたのであった。



その日の夕方。


俺はルンルン気分で家に帰った。

妻や娘は何故か家都合が良かった。

久々の家での一人時間。

せっかくだから貰ったコスメを開けてることにしよう。


「やっぱり持つべきモノは同じ趣味を愛する同士だな〜」


高級そうで洒落たデザインなケースに入ったコスメを見ているとついつい頬も緩んでしまう。


さぁ、いよいよ、開封の儀と行こうか!

俺はついにケースを開けコスメを取り出そうとする。


……ガチャッ!


「えっ!!」


まさかこんなタイミングで帰ってきた!?あ、いや、おー、わー、ヤバい。めちゃくちゃ焦ってる。落ち着け俺。まだ慌てるのは早いぞ俺。少しだけど時間はある。今のうちに例の物を隠すんだ!!

俺は急いでコスメをケースに戻すと慌てて自分の部屋に戻る。


「そういえばこの前もこんな感じだったな」


俺は以前の口紅騒動を思い出した。

このまま前のように自分の部屋に隠していたらまた何かの拍子にバレてしまうかもしれない。


「だったら!!」


覚悟を決めた俺が向かったのは妻の部屋だった。

普段妻の部屋に勝手に入る事はない。だからこそ隠すのには丁度いい。女物のコスメが妻の部屋にあっても不思議ではない。見つかったら見つかったで違う意味で不審に思われるかもしれないが……バレなきゃ問題ない。

俺は妻の部屋に入ると急いで隠す場所に丁度いい所を物色する。


「急げ、急げ!どこかないか!?妻でも普段触らないような場所は?…おっ?」


目に入ったのはベッドの下部分を活用した収納スペースだった。

ここなら少しの間だったら見つからずに済むかもしれない。


よし、ここだ!


俺はコスメを隠すため収納スペースの引き出しを開ける。

中には大量の服が収納されていた。

出来るだけ見つからないように服で埋もれた奥の部分へ隠すために服を少しだけ取り出す。

俺はコスメを隠し終え取り出した服を何事もなかったのようにしまって隠す。


「ん?……なんだコレ?」


急いで此処から出ないといけないというのに、ある物が気になり俺の手は止まってしまう。


「コレって、メンズ用のジャケットか?俺のでもないし、そもそもなんでここに男物の服がしまってあるんだ?」


俺は不審に思い他の服もよく確認してみると、そこにしまってある全ての服が男物であった。


「おいおい、これはどういうことなんだ?……あっ、もしかして、最近流行りの敢えてメンズファッションを取り入れるっていうオシャレの類だな。だからこんなにしまってあるんだな。どれも俺は見たことがないけれど……」


俺の中で嫌な疑惑が生まれてしまった。それを信じたくない俺はオシャレだと言い聞かせ引き出しを閉める。


だが、何かが引っかかって上手く閉まらない。

これでは妻にバレてしまう。

俺は大急ぎでもう一度引き出しを開けて引っかかっている物を探す。


「……コレか!」


原因を見つけた俺はそれを取り除き確認する。


「おいおい 嘘だろ…………」


それを見て俺は驚愕した。もうアレはオシャレの類ではないと悟ってしまったからだ。


「なんで男性用の下着があるんだよ…………」


これはもう間違いないのかも知れない。信じたくはないが、多分、俺以外の男がここに出入りしているらしい。

どうやらウチの妻は浮気しているらしい。


くそっ!もっと色々と証拠を探して回りたい気もするが流石に時間がない。

こんな事をしている事がバレたらそれこそ修羅場だ。

俺は大急ぎで妻の部屋を後にした。

少しだけ自分の部屋で時間を潰すと、まるで今まで自分の部屋にいましたよって顔で妻のいるリビングへ向かった。 


「……おかえり、彩菜」

「あれ?帰ってたんだ」


「うん。ちょっと前にね」

「だったらたまには出迎えてくれても良かったんじゃない?」


「ごめん……」

「冗談よ。そんな事で気にしないで」


「……どこ行ってたの?」

「んーー、買い物よ。ちょっと色々と足りない物もあったからさ」


「そっか……」


本当に買い物だけなのか?


「そうだパパ。プレゼント」

「え?急にどうして?」


「この前パパもなんの記念日でもない日にくれたでしょう?それいいなーって思って。だから私もそれを真似してみたの。イヤ?」


こんな時にプレゼントなんて、やっぱり何か隠し事でもあるんだ……。


「全然嫌じゃないけど……ごめん。ちょっと驚いてる」

「そうだよねー。私もなんだかんだ言ってもこんな事あまりしてこなかったから。……ちょっと照れるね」


妻はプレゼントしてくれたネクタイを俺につけてくれる。 


「似合ってるよ」

「あ、ありがとう。大事にするよ」

「うん」


俺の中の疑念はどんどんと確かな物になっていった。

まさか、妻にこんな秘密があるなんて。知らなきゃよかった……。

すると優衣が帰ってくる。


「ただいまーーって、ダディ今日は早いね」

「おかえり、優衣。まぁな」


「あれ?もしかしてそのネクタイ、マミーに貰ったの?」

「ああ」


「いいじゃん!!やっぱりマミーはマミーでセンスあるよねー」

「でしょ?」


「そういえば、優衣は今日はどうだった?いや、そんな毎回聞くほど大した事なんて起きないんだったな。ごめん変な事を聞いて」

「そうだよ。今日あったことといえば虐められたことくらいだし大したことないよ」


「え!?」

「は!?」


俺と彩菜は各々の驚き方でリアクションをとるのが精一杯だった。


「どういうことだい?」

「そうよ、ちゃんと説明してちょうだい?」


俺と彩菜は優衣に問いただす。


「だから私が虐められてたってだけでしょ。大したことないよー」

「いや全然大したことあるから!」


「そう?いつものことだし、そんな大事じゃないと思うけどなー」

「いつものことなの!?」

「うん」


優衣の表情は言っていることとは矛盾するほどけろっとしている。

本当に気にしていないのか。それとも……


「平気なの?」

「うん。別になんとも思ってないよ。今の所は」


「一応聞くんだけどさ、虐めって、どんな事をされたの?勿論言いたくなかったら言わなくてもいいけど」

「いいよ別に。そうだねー、まぁ、簡単な所からいくとクラス全員から驚くほど無視され続けるとか。最近なんて何言ってもリアクションするとってもらえなくなったよ」


「いやいや、」

「あとは…」


「まだあるの?」

「普通に囲まれるとか?」


「囲まれる!?」


「うん」

「え、それって要するに、そういうこと?」


「ーーそこらへんはご想像にお任せするよ」

「ねぇ優衣。ちゃんと話して?力になるからさ」

「分かってる。大丈夫だよマミー。それに私ってこう見えて結構強いんだよー」


ファイトポーズをとってみせる優衣。


「優衣」

「ん?」


「これで全部?」

「そうだね、強いていうなら、そんな時に先生達と目があっても目を逸らして見ないフリをする事くらいかな?この前なんてダメもとで声もかけてみたけど全然ダメだったよ」


「それが1番ヤバイやつじゃん……パパ」

「優衣。ちょっといいか?」

「なーにダディ?」


「何かあったら力になるって俺達いつも言ってるよな」

「うん」


「それなのにお前は我慢してる。そんなにさせてしまうほど俺達はお前にとって頼りないのかな?」

「そんなことないよ」


「じゃあなんで?」

「ダディやマミーの事は信じてるし、頼ってるよ。もしもの時は私だって助けを求めるよ。決まってるじゃん」


「それは今じゃないのか?」

「うん。今はまだ自分でなんとか出来るもん。だって、」


優衣はポケットから自分のスマホを取り出す。


「そういうの全部録音してるもん」

「ええ!?」

「はぁ!?」


俺達は再び各々の最大限な驚きのリアクションをとる。

もう驚き過ぎて体がついていかないくらいだ。


「それってさ、今までのやつ全部録してあるの?」

「うん。ちゃんと日付もつけて整理もしてあるよ」


「どれでもいいからさ、一個聞かせてくれないかな?」

「いいよ」


俺達は録音された虐めの一部始終を聞いた。

正直、そこから湧いてくるのは学校や教師、そこに通う子供達への怒り。だけどそれ以上に俺が思ったのは……


「優衣は強いな。そこら辺の大人より全然強いよ。」

「パパ?……」

「でしょ?ダディ」


「うん。だってこれだけの証拠があれば出るところへ出れば確実に問題にできる。優衣はそれも分かって録録音していたんだろ?」

「そうなの優衣?」


「もちろん。自分のの身は自分で守らなきゃ!ちゃんとした方法でね。だからこれは私にとって切り札なの」


やっぱり優衣は大人っぽい。てかこんなの大人そのものだ。


「それがあるからいつも強気でいれたのか?」

「それもあるけど、1番は私に自信があったから」


「自信?」

「うん。私は確かに学校の中じゃ浮いてるし変わってる。だって自分で自覚があるもん。だけど私は何も悪いことなんかしてない。だから常に堂々いるの。それって間違ってる?」


大人より大人だ。


「間違ってないよ。優衣は間違ってない」

「でしょ?だけど私はこれを使って出るところにに出ようとは思ってないよ。今の所はね……」


「なんでだい?」

「そんな事になったならダディやマミーにも迷惑かけちゃう。お金だって多少はかかるだろうし…」


「そんな事は気にしなくてもいい」

「そうよ」


「でもねそれだけじゃないんだ。私がやっている事は間違いないと思う。だけどそう思ってるのは他のみんなもきっと同じなんだよ。だからって何をしてもいいわけじゃない。子供だからってなんでも許されちゃ警察はいらないもん。これ以上度が過ぎたなら私も覚悟を決めるよ。だからその時はダディ達も付き合ってね?」

「ああ」


「まぁ、そんなこと言ったってもう少ししたら卒業だからどうにでもなると思うけど!」


「優衣の気持ちは分かった。俺達はお前の気持ちを尊重する。だからこれ以上はこの事に関して俺たちからは何も言わない。彩菜もそれでいいよね?」

「うん」


「だけどな優衣。お前が手を伸ばせば俺達はどこまでも手を伸ばす。だからもしもの時は俺達を頼ること。約束できるかい?」

「うん!!分かってるよ、ダディ、マミー!!」


俺達に抱きついてくる優衣。

感性や言動がどんなに大人っぽくても子供なのは変わらない。

矛盾しているようなこの感じがとても人間っぽくも感じられた。



そして翌日。


この日は仕事が休みで俺は家でゆっくりしていた。

昨日は優衣の事で頭がいっぱいになってしまったが俺にはもう一つ考えなければならない事がある。

優衣の事も大事だがこっちもめちゃくちゃ重要だ。

もしかしたら、ウチの妻が浮気をしているかもしれないからだ。

いや、間違いないだろう。

あれだけの男物の服に下着まで見つかった。こうなったらもう言い訳のしようはないだろう。

だけど俺はこの事を果たして妻に言い出せるのだろうか?

言い出さなければいけない事は分かっている。でももしも俺がここで敢えてアレを見て見ぬフリをしたのならまだどうとでもなるのかもしれない。

正直、この事実を知っても尚、俺は妻の事を嫌いにはなれないらしい。

果たしてどうしたものか……。


「ねぇ、パパ。ちょっといい?」


俺はソファーに蹲り考え込んでいると、なんとも言えないタイミングで妻が話しかけてきた。


「なに、どうしたの?」


俺は起き上がり、いつもの様に妻の話を聞く。

今の所はなにも悟られない様に。


「やっぱりパパって浮気してるでしょ?」

「は!?」


なにを言ってるんだ!もしかしてまだあの事で俺を疑っているのか?……ってかそれは俺が言いたいセリフなんだが!!


「何言ってんだよ……そんなわけないだろ」

「本当に?」


「本当だよ。この前の口紅の件の事を疑っているならこの前話して解決したろ?」

「それは分かってる。嬉しかったわ」


「だったらなんでそうなるんだ?」

「私もね、この前みたいな物なら何を見たって都合がいい風に捉えるようにするわよ。だけどそうもいかなくなったのよ」


「だからなんの話なんだ…」

「フンッ。じゃあコレがなんなのか説明してもらえるかしら?」


妻が目の前に見せたのは、俺の部屋のクローゼットの奥底にある女装道具一式だった。


「な、なんでこれを……」

「この前偶々アナタの部屋の掃除をしていたら偶然見つけたのよ」


いつもなら俺の事はパパって呼ぶのにアナタ呼びなんて、相当怒ってる。

だけど、


「てかさ、なんで俺の部屋の掃除なんか勝手にしてるんだよ!互いの部屋の掃除は各自で担当する。プライベートな空間には許可無しに入らない。それが我が家のルールだろ?」

「分かってるわよ。ルールを破ったことを謝れって言うならいくらでも謝るわよ。だけどその前にアナタの方が先なんじゃないの?」


「……俺は別にやましいことなんてしてないぞ!!」

「それならコレを持ってた理由も説明出来るわよね?私も持ってない位の高級コスメなどのメイク道具一式に男のアナタがオシャレでも着ないようなこの女物の服を持ってる理由を!!」


「だからそれは……」

「それはなによ?この前みたいに全部私へのプレゼントだなんて言わせないわよ」

「それは……」


言えない。言えるわけがない。実は俺には女装の趣味があるだなんて言えるはずがない!!くそッ!俺は浮気なんかしてないのになんでこんな目に遭わなくちゃならないんだ!!浮気をしてる方はアッチなのに!


「言えないんだ……。まぁ、言わなくても大体の想像はつくけどね。どうせ、私達がいない間に内緒で頻繁に女でも連れ込んでたんでしょう?」

「違う!!断じてそれは無いってば!!」


「じゃあ納得のいく説明をしてみなさいよ!!」

「だから!それはだな……」


…………ダメだ。もう限界だ。これ以上何を言ったって聞く耳なんて持ってもらえない。それなら、こっちも言わせてもらう!どうせ終わるなら言われっぱなしなんて御免だ!


「あのさ!」

「…何よ」


「せっかくだからこっちからも言わせてもらっていいかな?」

「は?」


「俺は浮気なんかしていない!!大体、俺を裏切って他の男と浮気をしているのはそっちだろ!!」

「はぁ!?なんでそうなるのよ?丁度いい言い訳が思いつかないからってこっちにデタラメ言わないでくれる!?」


「デタラメなんかじゃない!!俺は見たんだよ、お前のベッド下にある収納スペースに大量の男物の服をしまってあるところをな!しかもご丁寧に下着まで一緒に隠してあるなんてな!ビックリだよ!」

「!!……なんで私の部屋に勝手に入ってるのよ!!そっちだってルールを破ってるじゃないの!なんでそんな事するのよ!!この変態!」


「変態……」


くそっ!!変に開き直りやがって……


「理由なんかこの際どうでもいいだろう!これでお互い様だ!このビッチ!!」

「はぁ!?なんてこと言うのよ!!」


「だってそうだろう?わざわざベッドの下に連れ込んだ男の衣服を隠すなんてそういうことなんだろ?」

「変なこと言わないでよ!!私はそんな事もしてないし浮気なんかしてない!!」


「じゃあ聞くけどアレはなんなんだよ?」

「いや、アレは……」


「ほら、言えないじゃないか!!やっぱりそうなんじゃないか!」

「だから、とにかくそういうことじゃないのよ!!誤解しないで!…というか私の事ばっか急に攻め出していい気になってるみたいだけど!私に隠し事をしていたのはアナタも一緒でしょ!!人の事ばっか棚に上げないでよ!」


「俺は別にそういうつもりじゃ……」

「一緒よ一緒!全部一緒。嘘をついて隠し事をしてたんだから全部一緒よ!」


「…おい、そうやって言うってことはやっぱり俺に隠し事をしてるんじゃないか!だって一緒なんだろ?」

「あっ、いや、それは……」


もうダメだ。結婚してから15年。それだけ長い間一緒にいれば喧嘩だってした事もあった。だけどそれは些細な事がきっかけで大した内容でも無かった。だから直ぐに元に戻る事もできた。

でも……これは……元には戻れない。

確かに俺は彩菜に嘘を吐いてきた。隠し事だってした。

それは事実だ。

どうせもう全てが終わる。それなら最後くらい嘘も隠し事も全て晒してしまおう。

これを話せば浮気の疑いは晴れるだろう。だけど他の理由で夫婦関係は終わる事になる。

どっちにしろ終わるんだ。

もう隠す必要なんか無い。


「ああそうだよ!!」

「…なに、開き直るわけ?」


「ああ。もうなんでもいい。お前の言う通り俺はお前に嘘を吐いて隠し事をしてきた!それでいいか?」

「浮気をしたって認めるのね?」


「それは認めない」

「アナタね……」


「だけど嘘や隠し事をしてるのはちゃんと認める!」

「…そこまで言うなら全部言ってくれるのよね?私に吐いた嘘と隠し事の全てを」


「ああ。お望み通り全部洗いざらい見せてやる。だから待ってろ」 


俺は彩菜の前を素通りして自分の部屋に向かう。


「ちょっとどこ行くのよ!!」

「準備があんだよ!逃げねぇから黙って待ってろ」

「なんなのよ……」


5分後。

私は超特急で支度を済ませてリビングへ戻る。


「ったく、待たせすぎ!!一体何の準備なのよ!……って、」


彩菜が振り返った先にいた人物は。


「誰よアンタ!!」


そこにいたのは見た事もない、とても容姿が淡麗でモデルさんのような女性だった。


「あ、アンタ誰なのよ!!いつの間に入ってきたのよ!なんとか言ったらどうなわけ?」

「…………」


「あー、分かったわ。アンタがあの人の浮気相手ね!!」

「違います」


その女とは会った事がない筈のにどこか聞いた事もあるような声だった。まるで昨日見たドラマに出ていた女優さんの声にそっくりだ。


「アイツもなに考えてんのよ!浮気相手なんかをわざわざ呼んじゃってさ、何がしたいわけ!?」

「だから違うってば」


「なにが違うのよ!……あれ?」


今の声も聞いたことがある。目の前にいる女の声なんかじゃない。この声は私の夫だ。


「浩介!!どこにいんのよ!自分は姿を見せずに浮気相手に丸投げするわけ?最低ね!」

「ここにいるよ。ほら」


また声が聞こえる。だけど夫の姿は見当たらない。


「だからどこにいんのよ!!」

「ここにいるだろ。目の前に」


「え……」

「ようやく目があったな。彩菜」


「ウソ……まさか……アナタ……」

「そうだよ。私がお前の旦那だ」

「えぇ!!!」


私は驚いて開いた口が塞がらない。こんな状況って本当にあるんだなぁ。


「驚くのは分かるけど、これが事実だ。俺は浮気なんかしていない。お前が見たメイク道具や服も浮気相手の物なんかじゃない。全部俺の物だ」

「嘘でしょ……」


「嘘じゃない。これ以上俺はお前に嘘をつかないし隠し事もしない。全部終わるんだからな」


「…………」

「…………」


「呆れた……」

「だろうな。分かってる」


「……なら私も話さなきゃね。私の嘘と隠し事」

「……別にいいぞ。お前は言わなくても」


「折角だから聞いてよ」

「一応聞いとく。逃げるなよ?」

「逃げないわよ。私も準備が必要なの。だからそれまで待っててちょうだい」


彩菜は俺の事を見つめながら自分の部屋へ向かう。


「…………」

10分後。


「…………」

30分後


それだけ待って彩菜は姿を表さなかった。

不審に思った俺は彩菜の部屋の目の前まで行きノックする。


「なぁ、まだか?」

「……待たせたわね。久しぶりだったからちょっと手間かかっちゃった」 


「あぁ?」

「いいわよ入って」


彩菜の声が聞こえて合図を受けた俺が部屋に入ると中に彩菜の姿は無かった。

そこにいたのはマンガの中から飛び出してきたようなホストみたいなビジュアルをしたキザっぽい男だけだった。


「だ、誰だお前!!」

「…………」


「彩菜はどこにいるんだ!?」


俺は部屋中を見回すがそれらしい人物は見当たらない。


「大体お前は誰なんだ!名前くらい名乗ったらどうなんだ!!」

「月光院 翼」


少し照れながら男は名前を口にする。


「げ、月光院?不思議な名前だな……おい、お前が彩菜の浮気相手って事でいいのか?」

「違います」


「じゃあお前はなんなんだよ!そもそもどうやってこの家に入ってきたんだよ!あれ?……」


なんかこんなやりとりさっきやった気がする。

まさか……。

その左手薬指につけている指輪。あれは俺が渡した指輪だ。

ということは。


「お前……彩菜か?」

「そうよ。やっと気づいた?」


さっきまで男の声だったのに急に彩菜の声になった。見た目との違和感が凄すぎる。ってかそんな事で驚いてる場合じゃない。他にもっと驚くことがあるだろ!!


「ねぇ、もっとリアクションしてくれてもいいんじゃない?驚きすぎよ」

「いや、無理だろ」


「まぁ、気持ちは分かるけどね。私もさっき同じ気持ちだったから」

「なぁ、これって…」


「そうよ。私も浮気なんかしていない。私にはちょっと前から男装趣味があんのよ」

「マジでか……」


「マジよ。大マジ」

「じゃあ、あの服は全部彩菜の物ってことか」


「そうよ、全部私が買ったもの。新品よ」

「でもあの下着は?男装するだけなら別に必要無いだろ」


「アレはアレで必要なの。私ってなんでも形から入らないとなりきれないタイプだから。細かい所も拘らないと思いっきり好きになれないのよ」

「なるほど…その気持ちは確かに分からないわけじゃない」


「でしょ?でも本当に驚きよね。二人して嘘を吐いて隠していた事が全く同じだったなんて。笑えるわね」

「だな……」


「だからさ、私達これからも上手くやっていかない?」

「え?」


「だってさ、二人して同じ趣味を持ってたなんて奇跡じゃん。それだけ私達の相性が良かったって事でしょ?それに、2人とも浮気なんかしてなかった。それならこれ以上喧嘩する必要も無いし別れる必要もないじゃない。そう思わない?」

「そうだね……」


「さっきから動揺しすぎ。誤解も解けたんだしいつも通りやろうよ、パパ」

「……そうだな!そうしよう。彩菜、色々と悪かった」


「こちらこそごめんね、パパ」


こうしてまさかの隠し事が発覚した事で俺の悩みは案外あっさりと解決することとなった。

人は想定外の事が起きすぎると考えるのを無駄に放棄するらしい。

だけどこれでいいと思う。最悪な形にはならなかったのだから。

残された悩みがあるとしたらそれは……



次の日の朝。


「じゃあ、私学校行ってくるね。マミーとは後で学校でね」

「うん、後でね」


優衣は朝の支度を終えて家を出ようとする。


「あ、優衣ちょっと待って!」


それを俺は止める。


「なにダディ?」

「出かける前に少しだけいいかい?俺と彩菜からどうしても話しておきたい事があるんだ」 


「いいけど、できるだけ早く済ませてね」

「ああ分かってる」


「なら話ってなーに?」

「この前の優衣の話を聞いて色々と決めた事があってな、まずは今日の午後俺も行くから」


「え、ダディが?」

「ダメか?」


「ダメじゃないけど…ダディ仕事はいいの?」

「心配ない。都合はつけたしどうとでもなる。」


「そっかぁ。ならダディの事も学校で待ってるね」

「ああ、ありがとう」


「これで話は終わり?」

「いやまだだ。どっちかというとこっちの方が大事かもしれない」


「んーー?」

「実は昨日俺と彩菜で色々とあってな、その時決めたんだ。これ以上嘘や隠し事をしないって」


「うん」

「でもそのせいでもしかしたら今以上にお前に迷惑をかけるかもしれない。それでも受け入れてくれるか?」


「……それって、犯罪的なやつ?」

「違う違う!断じて法は犯してない!」


「ならいいよ。なにがあっても私は別になにも気にしないよ。だって何を隠してようがダディやマミーは私にとって変わらないもの」

「ありがとう……そういうことだから彩菜」


「了解。優衣悪いけどもうちょっとだけ待っててくれる?」

「えーー、学校遅刻しちゃうよー!!」

「大丈夫。それまでにはなんとか間に合わせるから!」


俺と彩菜は大急ぎで部屋に戻るともう一つの姿の支度を整える。


「ダディ!マミー!まだー?」


「お待たせ」

優衣には聞き覚えのない女の声がする。


「悪いな待たせた」

今度は知らない男の声がする。


「?……!?」


そして優衣の前に、もう一人の私ともう一人の俺が姿を見せる。


「……ハハッ!!」


優衣はそれを見た途端、全てを察したように笑い出す。


「アハハハッ!…私ってやっぱり変わってるよね。そりゃそうだよ。だってダディもマミーも変わってるんだから!!もう最高!!」


2人に抱きつく優衣。

どうやら俺達はこういう家族らしい。



そして、午後。


優衣が待っている教室に向かう私達。

正直周りからめちゃくちゃ見られてるし、子供達もなんだかザワザワしているように感じる。

確かに私達の格好は、学校という場所には少し不釣り合いなのかもしれない。

だけど別に指定があったわけじゃないしふざけてるわけじゃない。

強いていうならこれが私達の勝負服。

教室についた俺達はノックをして扉を開ける。


「失礼します」

「お待ちしておりまし……え、」


入ってくる私達の姿を見た途端言葉を失う優衣の担任。


「ダディ、マミーこっちだよ」

「うん」

「おう」


私達は優衣の呼びかけに応えるように隣につく。


「あ、あの……失礼かもしれませんが松井優衣さんのご両親でしょうか?」

「ええ。間違いありませんわ」


「ほ、本当ですか?」

「何か問題でも」


「いやそういうわけじゃないんですが……以前お二人と会った時よりも大分ご年齢もお若く見えますし雰囲気も違うものですから…つい」

「確かにそれはそうかもしれないな」

「では改めて私から自己紹介を。間宮 咲凜と申します。これからどうぞよろしくお願いいたします。と言っても娘ももう直ぐ卒業ですがね」


「は、はぁ……え、」

「月光院 翼だ。どうぞよろしく」


「え……あの、お二人とも本当に優衣さんのご両親なんですよね?」

「さっきからそう言ってるだろ」


「いや、お2人とも聞いていた苗字や名前が違うので」

「ああ!!私としたことがうっかりしてましたわ。ついこの姿の時の癖で、その名前のまま自己紹介してしまいましたわ」

「俺もだ。うっかりしてた」


「…………」

担任の顔が引き攣ったまま戻らない。


それはそうだよな。自分の生徒の両親と会ってみたら、こんな訳のわからない奴らが両親として出てきたのだから無理もない。

だけど本当に驚くのはこれからだ。

俺は咳払いをすると声だけを元に戻す。


「それではもう一度私から。私、間宮咲凜こと優衣の父親、松井浩介です。いつも娘がお世話になっております」

「え!?……」


妻も咳払いをして声を戻す。


「俺、月光院翼こと、優衣の母、松井彩菜です。いつも先生のことは優衣から聞いておりますわ」

「…………えぇぇーーーー!!」


担任は大人にしては珍しい程の大きな声で驚き叫ぶ。

暫くして驚き終わると担任は冷静さを取り戻す。


「……あの、お2人ともふざけてらっしゃるんですか?それならやめてください。どんな理由で今日、私がお二人を呼んだかお分かりですよね?」

「分かってますよ。もちろんふざけてなんていません。私達は二人ともこう見えて大真面目ですよ」


「だったらなんでそんな格好をしてるんですか!!ここは学校ですよ。イベント会場じゃないんだ!コスプレなんてしないでください」

「コスプレなんてしてませんよ。この格好にモデルなんてありません。それにこれは衣装でもない。なあ、彩菜?」


「ええ。これはれっきとした私達の私服ですわ」

「私服!?なわけ……」

「私服ですよ。私達はこの格好でどこへでも行けますから」


「…………」

どうやら担任の先生の理解が追いつかないようだ。


「そんな事はいいんです。先生、今日私達を呼んだ理由についてお話をしていただけますか?」

「……それはですね、普段からの優衣さん言動や格好が子供らしくないといいますか、学生らしくないんです。変わっている事がいけないなんて事は言いませんが、ここはそれを自重するべき場所なんです。ご両親のお二人がどんな格好をしてようが、どんな考えを持っていようがここは学校なんです。ここは集団行動が基本の場所なんです!それを娘さんにも理解させていただきたいんです!今回はそれについて話すためお二人を呼んだ次第です」


言うじゃないか。


「だからなんなんでしょう?」

「は?」


「確かにウチの娘は他の子と比べれば着ている服も性格も変わっているのかもしれない。だけどそれの何がいけないんでしょう?」

「……ですからここは学校なんですよ。ここに通っているのは優衣さんだけではありません。他の子達の事も考えていただかなければならないんです。しかももうすぐ優衣さんは小学校を卒業します。そうなったら今のようには行きませんよ!」


「だからそれがなんだって言うんです?」

「ですから!」


「優衣が変わってる事で何か問題があったんでしょうか?他の子達が学校生活を送る中でそれが困難になるほどの問題が起きたんですか?」

「いや、それは……そうじゃありませんが。でも、」 


「変わっていてもいいというのに周りがいるから黙ってそれを自重しろという。それじゃあ言っている事が矛盾しているのはでは?」

「…………」


「この子は他の子と比べて子供っぽくなくて大人っぽいから変わってる。言動が周りとは少し違うから変わってる。そんな些細な事で人を区別する方がよっぽど変わってる!!」

「ダディ…」


「優衣はなに一ついけない事はしていない筈だ。法律違反な事は何一つしていないし、校則だって守っている。優衣の行動が変わっていてそれが問題だというのら明確な理由を示してください。それが示されて間違っている行動をとっていたのなら親としてきっちり指導をして責任を取ります」

「……言ってる事はごもっともなのかもしれません。だけどここは集団行動を学ぶ場所でもあるのです。ですから」


「それならもっと学ばないといけない人が他にいるのでは?」


「マミー……」


「大体、一人変わった人間がいたからって崩れるような団体行動のどこに必要性があるんでしょう。人間色んな人がいて当たり前だと言うのにそれじゃ話が違います」

「それは……」


「綺麗事だと言われるかもしれませんが、真の団体行動とは様々な考えを持った人間受け入れ、共にそれを考える事を言うのでは?まぁ、それが難しい事は私も分かっていますが……」

「…………」


「俺達や私達は変わった趣味を持っていてる。性格だってきっと変わってる。こういう場所で思った事を正直言う人も珍しいでしょうから。皆、他人から見たら変わってるんですよ。そう思うしかないんです」

「…………」


ぐうの音も出ない担任。


もう言いたい事も言った。これだけ言えば後はどうとでもなるだろう。

後は……


「色々言いましたけど、今話した事は全て忘れてくれても構いません……先生。これから、あと約一年娘の事を担任として教師としてよろしくお願いします」


俺達は頭を下げる。


「……はい、分かりました」

「ただ一つだけどうしても忘れていただきたくないことがあります」


俺は先生の耳元で囁く。しかも咲凜の声で。


「ウチの娘は変わってます。だから色々と持ってるんですよ。……出るところへ出ればこっちの勝ちです」

「!?」


「……これからは何を見ても見てみぬフリしないようお願いしますね?」

「…………お、お、脅すんですか?」


「さぁ?私達は家族全員変わってますから」

「…………」


担任の顔は青ざめて震え上がっていた。


「帰るわよ、優衣。話は終わったみたい」

「うん」


そして俺達は教室を後にした。


「…ダディやり過ぎじゃない?」

「いいんだよ優衣。このくらいやんなきゃあっちは分からねぇ」


「マミーもだよ。ってこの姿の時はこういうキャラなんだね」

「嫌いか?」


「全然、寧ろどストライク!」

「だと思った」


そんなやりとりをしながら似たもの親子は家へと帰る。

ちょっと歪な親子の形はこれにて綺麗に収まった。



最後の翌日。


俺達はいつものように各々の朝の時間を過ごしていた。


「ダディ、こっちとそっち、どっちがオシャレ?」

「んーー、俺ならこっち。私ならそっちかな?」


「じゃあ、そっちにしよう!」


「パパ、コーヒー飲む?」

「ああ。いや、やっぱり紅茶にしてくれるかい?」


「そう言うと思って最初から紅茶にしてたわよ」

「なんだよ、変わった質問をして」


「しょうがないでしょ、私達ってそういう家族なんだから」

「それはそうだけどさ……」


「そういえばパパ今日はいつもより早く仕事へ行くって言ってなかったけ?」

「そうだ!!そうだった!!ヤバい!行かなきゃ!」


俺は大急ぎで最後の支度を整えて玄関に向かう。


「ねぇ、マミー?」

「ん?」


「この前私に話してたもう一人のパートナーの事、ダディに話さなくていいの?」

「シッ!!」


妻は慌てて娘の口を塞ぐ。


「じゃあ、行ってくる!!」

「「いってらっしゃい!!」」


俺は慌てながら家族に挨拶を済ませるといつのもように仕事へ向かった。


END

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ウチの夫は浮気している〜松井家の恐らく可笑しな日常譚〜 春風邪 日陰 @sirogitune

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