第28話 戦士たち

 森からいくばくか離れたテントの中で、リヒトは息も絶え絶えに横たわっていた。体は動かず、意識を失っていた。

 帝国から派遣された魔術師たちが魔術師団に回復魔法を施していたが、リヒトの状態は最も酷かった。

 しかし、帝国魔術師たちは昼夜を問わずこの英雄の命を救うべく回復魔法を続け、その甲斐あって停戦の翌日の夜には目を覚ました。

 リヒトが気が付くと、目の前には勇者クレイと聖女アンヌが見えた。

「良かった。本当に良かった」

 アンヌはリヒトを抱きしめ、クレイは手を握って涙を流していた。

 その後ろには皇子カールの姿が見えた。

「よくやってくれた。そして私が今ここに居られるのはリヒト、君のおかげだ」

 私は魔王に勝ちましたよねと、リヒトカールはそう言いたかったが、睡魔に襲われて眠ってしまった。

 

 ロレーヌは皇帝バルビローリを訪れていた。

「ラーラは離宮に置いておいたぞ」

「ありがとう、ロレーヌ。お前にはいつも無理を言ってすまない」

 全くだ、とロレーヌは皇帝を睨んだ。

「ラーラは思った以上に強かった。私の天撃剣セイントアタックを受け止めた。あれはカールが血だらけになった一撃剣だぞ」

「おいおい、あれでも跡取りなんだぞ、あまり手荒にしてくれるな」

「何をいうか。それくらいしないと到底魔王、魔族とは戦えん」

 真顔でそう答えられたバルビローリはややひきつった笑いを浮かべた。


「ところでお前の言う通りにラーラは連れて帰った。

 私に何かいうことはないか」

「わかっている、何が望みだ。ただし今、帝国は火の車だからな。金はないぞ」

 ロレーヌは金など要らん、と鼻で笑ったあとで傲然と言い放った。

「近いうちに宮廷舞踏会を開いてくれ。それだけだ」

「舞踏会だと?お前、踊るのか」

 バルビローリが驚いたように言うと、ロレーヌは即座に答えた。

「当り前だ、私が踊るために開いてくれといっているのだ」

「昔、誘ったら断ったではないか」

「私にも相手を選ぶ権利はある」

 これにはバルビローリも苦笑するしかなかった。

「では、お眼鏡に叶う相手ができたということか」

「その通り」

 ロレーヌはそれでは楽しみに知らせを待っているぞ、とヒラヒラと後ろ姿で手を振り去っていった。


 停戦後、守備兵を残して四天王たちは魔王の下に戻った。

「よくやった、カイル。旧領の回復は積年の魔族の念願。我は満足しているぞ」

 エスペランザはそう言ってカイルを呼ぶと両の肩に手を置き笑顔で迎えた。

 デント、ギールにも声を掛け、彼らに席を設けよと座らせた。

「なにか望みのものがあれば、申せ」

 エスペランザは彼らにそう言うと、カイルは立ち上がった。

「恐れながら、ラーラのことで申し上げたいことがあります」

 うむ、とエスペランザは頷くと言った。

「可哀そうなことをしたが、魔族の掟は知っておるな。カイル」

 弱きものは去るのみ、それが魔族の掟だった。

 当然、戦いにおいても魔族は戦いで捕虜になった者を救うことはしなかった。


「はっ。しかし今回の戦いの作戦の立案、実行はラーラの功績であります。

 また、勇者と闘う私の盾となり、背後を襲った帝国軍から私を守ったために捕らえられました。

 なにとぞ陛下の格別のお慈悲をもってラーラをお救いください」

 カイルをはじめギール、デントも椅子を降りて平伏し「お願いいたします」と涙をこらえるような震える声で言った。

「これは我々四天王のみならず、将軍、兵士すべての願いであります。皆、そのためであれば再び一戦交える覚悟でおります」

 エスペランザはそれを聞き、深く頷いた。

「世に破られぬ掟はないというがその通りだな。

 わかった。お前たちへの褒美として、帝国にラーラを帰還させるよう通告しよう」

 ありがとうございます、カイル、ギール、デントは深く頭を下げた。

「死んではならぬと命じたが、ラーラがその言葉を守っておれば良いのだがな」

 その魔王のつぶやきに三人は表情はわずかに陰った。

 それはもしも自分がラーラのように囚われていたら、と考えたからだった。


 王国では市中の混乱は落ち着いたものの、国境では魔族兵と帝国軍守備隊がにらみ合っている状態だった。

 女王は帝国に対し、供出金の全額を無条件で支払うことで関係を修復しようと目論んだが、帝国は王国への帝国軍の派遣はあくまで王国民の保護であるとして、外交的な態度を保留した。

 王国民は勇者クレイと聖女アンヌを救国の英雄と讃え、帝国への帰還の際には街道沿いに多くの王国民が集まり、国境まで絶えることがないほどだった。

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