第8話 四天王の忠誠
魔族軍は侍従、四天王それぞれの配下の将軍、副官の幹部全員が参加し、「魔王」の前に一同が揃った。
エスペランザは玉座から立ち上がり、厳然とした声を魔王の間に響かせた。
「このたびの戦いは、戦火を望まぬ我々の平和的な態度を侮り、愚かにも侵略してきた帝国に対し、諸君の奮迅の戦いでこれを退けることができた。
これも日ごろからの諸君の鍛錬の賜物だろう。しかしながら、帝国軍も新たな魔術兵器を用いて戦線を突破するところもあった。これについては、今後、対策を講じなければならない。
また、諸君の能力も今以上の向上と研鑽を必要とすることは言うまでもない。
追って四天王各位から各将軍に対し、指示がある。これに従い、各々の部隊によく周知させるよう命じるものである。以上。
侍従、四天王は残り、他は各自持ち場に戻れ」
魔族軍の幹部一同はそれを聞き、エスペランザの発言に叱責が無かったことに驚きながらも一斉に深く礼をし、魔王の間を後にした。
残れと言われた四天王は、カイルを筆頭に次席ラーラ、三席ギール、四席デントがエスペランザの前に並んだ。侍従は魔王の玉座の脇に控えていた。
いずれもこれからのエスペランザの叱責あるいは懲罰、もしくは処刑を覚悟しながらも、視線はジッと前をみつめていた。
「今回は我が力の未熟さからお前たちには心配をかけたことを、まず詫びておく」
それを聞くと四天王は一斉にエスペランザを見上げた。そして四天王を一人ひとりを見て頷いた。
エスペランザは表情にこそ出さなかったが、その目に怒りは無くむしろ慈愛に満ちていた。その視線にたまらず、次席であり、四天王唯一の魔女であるラーラはつい涙をこらえきれず、両手で口を覆い、嗚咽を漏らした。
カイルは唇をかみしめ、ギールは涙を流さぬよう天を仰ぎ、デントは流れる涙をそのままにジッと前を見つめていた。
これを見て侍従ゴラムは静かに微笑んでいた。
「我は死線をさまよい、目覚めた時に思う所があった。よって、我がこれまでとは違う態度、言動、行動をとることもあるだろう。
また、幸い、魔術やその他の能力はほぼ戻ったが、いくつかまだ記憶が定かではないこともある。そうしたことも含め、お前たちにはこれまで通り、四天王として我を支えて欲しい」
ハッと四天王は涙を拭い、顔を上げ、エスペランザの言葉に応えた。
そして四天王カイルは「恐れながら」と一歩前に進むと、
「このたびは我ら四天王の力不足から、魔王の間に勇者の侵入を許したことは万死に値することであります。
今後はこのようなことが無いよう万全の体制を備えると同時に、これからも四天王一同をはじめ魔王軍は、身命を賭して魔王陛下をお守りし、魔王陛下に絶対の忠誠を捧げるものであります」
というと一礼して下がった。
エスペランザはわかったというようにうなづいたが、玉座にもたれると四天王をジッと見つめ、静かに言った。
「だが、今回のお前たちの失態は無条件に許されるものではない」
四天王らはその言葉の静けさに呼吸が止まった。
「人間どもの忠誠はいかなるものか知らぬが、魔族の忠誠は単純でわかりやすいものだ。それは結果だ。もしも、今後今回のようなことがあれば、それは我への裏切りとみなすが、それでよいな」
身を起こし、顎に手をやりながらエスペランザは四天王を見やった。
リカードは射るようなその視線から目を放すことができなかった。そして半ば震えを抑えきれぬ声でようやく答えた。
「はい、異存はありません」
その他三名の四天王も同意するように頭を下げた。
「わかった。しかし、このままの魔族軍ではお前たちを意に染まぬ裏切り者にしてしまう。それは我の望むところではない。
ついては今回の戦いを徹底的に研究し、帝国への対抗策を講じる必要がある。各自幕下の将軍副官、部隊長を含め、どのような状況であったかを報告せよ。
それを持ち寄って今回の失敗の原因を突き止め、対策を講じる。将軍以下には失態を容赦した以上、罰を与えることはない。
すべての失敗を正確に報告させるのだ。まずはそこからだ」
次回の会議は追って知らせる、報告の進捗は侍従に逐次知らせよ、エスペランザはそう告げるとガウンをひるがえし、足早に魔王の間を後にした。
魔王エスペランザを見送った侍従と四天王は、解けぬ緊張のためか黙ったまま誰もいない玉座を前に、ただ立ち尽くしていた。
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