第2話 皇帝のいない夕暮れ
帝国では、箝口令が敷かれていたが、それでも宰相やごく少数の高級官僚は現状を知っており、一日も早い皇帝の目覚めを祈っていた。
ことに宰相のルーベルは執務室で昨夜から万が一の時を考え、まんじりともせず一夜を明かした。
ルーベルは執務室で現状を顧みて不安に苛まれていた。
このまま、皇帝が目覚めないようなことがあれば、帝位の後継争いはこれまで以上に激しくなるであろうし、帝国が混乱に陥るのは火を見るより明らかである。
皇帝には正妃の他に側妃が二人おり、それぞれに王子と皇女がいた。
第一皇子のカールがしっかりしていれば、帝位の継承が紛糾することにはならないのだが、カールには問題が多かった。
剣術を野蛮だと軍人を寄せつけず、取り巻きの貴族と共に遊び惚けているというのがもっぱらの噂だった。
母親の皇妃は皇子を甘やかしているわけではなく、諫言しているのだが、カール皇子はこれを嫌ってか逃げ回り王宮で見かけることはほとんどなかった。
第二皇子のアランは真面目で近衛師団長に剣術を習い、その他の学問もそれぞれ家庭教師が付き寸暇を惜しんで勉学に励んでいる。が、ルーベルからすると優秀だが皇帝の器かと言えば、どちらかといえば補佐役向きと見ていた。
こうしたわけで、未だ皇帝は継承者を明らかにせず、周辺国家は勢力拡大を狙って、それぞれの国がこの二人の皇子の後ろ盾となるべく、動いていた。
彼らが自ら帝国を侵略しないのは、自国が帝都の警備兵程度の軍事力しか持たないからだった。帝国と同盟を結んでいる周辺諸国はいずれも専ら現皇帝の築き上げた強大な軍事力の傘の下に魔族の侵略を逃れていた。
魔族討伐については同盟国議会で各国の負担金額の割合は決定済だが、それは現在の議会の長である皇帝の権威があって効力を持つ手形だった。
新たに誰かが帝位に就くとなれば、その手形は反故になる可能性が高く、次期皇帝の即位に協力した国家に有利になると各国は考えていた。
このまま継承者が決まらず皇帝が亡くなれば、同盟国間の対立は避けられず、最悪、争うようなことになると対魔族防衛どころではなくなる。
幸いなことに今回の魔王討伐では、久しぶりに魔王に直接攻撃を行うという成果もあった。
また、新たに参加した天才魔術師リヒトの的確な判断で使用された
だが、これも皇帝が計画した戦略あっての結果であり、勇者を支援する帝国軍という盾があって可能だったのである。帝国軍が魔族の四天王の足止めに成功したのも、皇帝の経験と戦闘に関する才能によるものだった。
ルーベルには、皇子たちにそうした能力があるようにも思えなかった。
そこでルーベルは唯一の皇女であるテレサを勇者に娶らせ、勇者を帝位に就ける計画を持っていた。これは、現皇帝自身が勇者であり、皇女を娶り帝位に就いたことを考えれば、前例があることである。
ただ、前皇帝には皇女だけしか継承者がいなかったという特殊な状況があった。今回は二人の皇子を差し置くことになるため、すんなり行くとは思えない。
それゆえ、何としても皇帝には命を長らえてもらい、計画の実現のため皇女の後ろ盾となってもらう必要があったのである。
宮廷医師たちは皇帝の怪我については問題なく、ただ意識が戻るかどうかそれだけだと診断していた。
宰相ルーベルは人類の将来が皇帝の回復にかかっていることを思い、大きな不安と焦りの中にいた。
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