一章 再会、四月


 入学式の片付けを終えてすぐ、啓明ひろあきは体育館を飛び出した。入学式の後、一年生は各々の教室で説明を受ける。雪子が本当に新入生ならば、まだ校舎に残っているはずだ。


 一年の教室に向かう前に、生徒昇降口に寄った。昇降口には、一年生の名前が張り出されているのだ。


 ここ私立世渡川よどがわ学園は、文武両道を校訓とし、勉学にもスポーツにも力を入れている。成績優秀な生徒やスポーツに秀でた生徒を全国から募集し、特別なカリキュラムを組んで、個々の才能を伸ばす。そうして何人もの生徒を難関大学へと進学させ、世界的に有名なスポーツ選手も輩出してきた。


 昇降口の上に貼られた膨大な量の名前に目を通していく。一学年九クラス。総勢二百七十名もの新入生の中から目的の人物を探し出すのは、普通ならば至難の業だ。


 ――


 一分もしないうちに、宗茂雪子の名前を発見する。一年一組だ。


 九クラスのうち、一~三組は普通科で、四~六組が特進クラス、七~九組がスポーツクラスだ。これは全学年に共通している。

 三年生の時の宗茂雪子は、三年二組――普通科だった。だから、名前があるとしたら普通科クラスだと予想していた。


 その時、チャイムが鳴った。遠くでざわめきが聞こえる。入学説明会が終わったのだ。


 ――まずい!


 人混みに紛れられると探し出すのは困難だ。

 昇降口から渡り廊下を抜けて、教室棟へと入る。新入生や付き添いの保護者でごった返した廊下を進み、一年一組の教室へと辿り着く。


「っ!」


 生徒達の中から探し出すまでもなかった。人目を引く長い黒髪が、目の前で揺れる。


宗茂むねしげさん!」


 教室から出てきた雪子の肩を掴んで、声を張り上げる。周りにいた生徒達が不審な目を向けてきたが、今はまったく気にならなかった。


「あの、私に何か?」


 雪子は、怪訝な顔で啓明を見上げている。

 正面からじっと見つめて、確信した。どこからどう見ても宗茂雪子本人だ。


「宗茂雪子さん、ですよね」

「はい。……あの、なんで敬語なんですか? 貴方の方が先輩ですよね?」


 啓明のスリッパを見て、雪子が小首を傾げる。今年の一年のスリッパとスカーフの色は赤だ。スカーフの色は今年度から新しくなっているが、スリッパの色は変わらない。そう、、赤のままだ。


「なんでここにいるんですか?」

「? あの、言ってる意味がよく……」


「一ヶ月前に卒業したはずの貴女が、どうして一年生になってるのかって訊いてるんです!」


「!」


 雪子の顔色が変わった。


「お前……」


 じりじりと後退りをしながら、右手を振る。中庭で見たのとまったく同じ動きだ。


「またそれですか。一体何なんですか? あの時もやってましたよね」

「お前、何故覚えている⁉」


 突如、雪子が大声を張り上げた。生徒達の視線が一斉に雪子へと集まるが、当の本人はまったく意に介さず、啓明を睨みつけている。

 啓明自身、困惑を隠しきれずにいた。雪子が何者なのかは不明だが、こんな風に人目をはばからず怒鳴りつけてくるとは思わなかった。

 周囲に人が集まってくる。このままここで騒いでいると、先生を呼ばれかねない。

 どうするべきかと思案していると、唐突に腕を掴まれた。


「ちょっと来い!」


 雪子に引っ張られ、縺れる足で歩き出す。


「えっ」

「いいから、言う事を聞け!」


 雪子の迫力に気圧されて、今度こそ口を噤む。


 ――一体何が起きてるんだ⁉


 腕を振りほどく事もできないまま、啓明は雪子の後をついていく事しかできなかった。



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