Episode 1 始まりの冒険

Chapter 1 銃技使い(ガンスリンガー)アーク

 第一大陸と称されるセイアーレス大陸。その北に丁度内陸側へと窪んだ海域が存在している。

 そこは一般に北の海――、と称されている海域であり、そこには小さな島に小さな国家が生まれ、大陸から大きく離れているがゆえに、その侵略を受けることすらなく平和な生活が営われていた。

 そういった国の一つであるルーバート王国――、ゆうに3万Mt(=約8万平方キロメートル)ほどの領域を支配する孤島の王国が、彼の――後の偉大な冒険家アークの生まれ故郷である。国民のほとんどが戦争などというモノを経験したこともなく、ただ平和にのんびり生活しているのどかな王国。だが、そんな小さな島国にも、ある変化が訪れようとしていた。

 それは、およそ1か月ほど前……、突如として、この島にが出現したとの報告が政府に相次いだのである。妖魔とは幻想の魔物――、魔洞(アビス)と呼ばれる存在のが凝り固まって生まれる幻想の化け物である。それらは一般的な生命とは異なる存在であり、不用意に触れるとそれぞれの特性による外傷を受けてしまう。その特性とは、「線状に傷を広げる=斬撃」「一点に外傷を収束する=刺突」「広範囲に衝撃を与える=打撃」の三種類である。同時に生きた人類種を襲って殺す特性も持ち、戦いの経験の乏しい人々には明確な死を呼ぶ脅威であった。

 妖魔が出現したという事は……、当然その元になる瘴気――そして魔洞がどこかにあるという事。ルーバート国王は即座に部下の兵隊にその探索を命令し、――そして、島に出現した五つの魔洞を発見するに至る。その数は平和すぎる小国の戦力にとってはあまりに手に余る数であり、困難に直面したことのないルーバート国王は当然のごとく頭を抱えた。なぜなら、魔洞には絶対と言っていい確率で強力な守護者が住み着いているからである。それは魔洞の最奥にいる主であり、同時に魔洞を支える柱でもあった。それを倒せば魔洞はその存在自体がなくなる――、それは事実であったが、その守護者の力は一国の軍隊に匹敵するとも噂され、また……それらの守護者は例外なく人間に対して敵対的であり、討伐するには大規模な人員が必要となるのだった。

 何とも頭を抱える状況に、ルーバート国王は一つの策を思いつく。それは――、大陸で流行っているとある組織を、この島にも結成することであった。その名を……、と呼ばれる魔洞探索――破壊のプロを管理する組織である。しかし、その方策はさらなるトラブルを呼ぶ行為でもあった。なぜなら、アビスダイバーを名乗って懸賞金を稼ごうとする大陸の荒くれ者たちを、平和な島に呼び込むことに他ならなかったからである。――そして、当然のようにトラブルは起こる。

 O.E.1787年5月――、ルーバート王城のあるマルコナンの南。海岸線の漁師村マルコネルでそれは起こったのである。


「おい! こらっ!! テメェ、この野郎ッ!!」


 マルコネル村の外れ――、砂浜のすぐそばに建つ一軒家の扉の前で、一人の少年が大声で叫んでいた。いや、叫んだというよりも怒鳴ったという表現の方が近いだろう。その声に、室内にいた母親らしき女性が窓から外をのぞいた。


「どうしたの? うるさいわよ……。何をそんなに……」


 母親は窓の外を見たとたん、ぎょっと目を見開く。そこに自身の息子である少年と相対するように見慣れない妙な一団がいたからである。


「ああ!? ふざけんなッ!! 俺が何したってんだ!」

「はん?! 何したって――俺様の鉄騎馬を弄ってやがったろうが!」

「……それは、珍しいからちょっと触っただけで。別に何もしてないだろ!」

「俺の愛機の綺麗なボディに、テメエの薄汚い指紋が付いたろうが!」

「そんな事――」


 少年が相対している相手は、見たこともない人物である。腰には物騒な武器を下げており、平和なルーバート島においてはありえない存在であった。

 その男と口論を続ける少年の後ろでは、もう一人別の人物がニヤニヤ笑っている。こちらもやはり武装をしている。


「おいっ! 何とか言ったらどうなんだ?」


 そう言って、男がその手に持った剣を振り上げた時――、ようやく少年の母親以外の村人たちもその騒ぎに気づいたのか、家々から顔を覗かせ始めた。だが、誰もその争いを止めようとはしない。いや、止めることが出来ない。皆、遠巻きにそれを怯えた目で眺めるだけである。それもそのはず、その男たちは明らかに平和ボケした田舎者には見えない風貌をしていた。その身なりといい、明らかに島の外からやってきた傭兵崩れのならず者――、要するにアビスダイバーとして賞金を手にしようと渡ってきた者たちなのである。

 そして、今まさにその喧嘩は始まろうとしていた。その時――、


「おう! キッド! そんなとこで何してんだ?!」


 その一触即発の状況に似合わない、なんとものんきな声が響く。村人たちも――、そして荒くれのアビスダイバーもその声の主のいる方に目を向けた。

 ――そこにその青年はいた。


「あ……、アークにいちゃん!!」


 アークと呼ばれたその青年は、一見するとどこにでもいそうな若者である。背丈は中肉中背、やや痩せ型ではあるがその身体は引き締まっている。顔立ちは多少イケメンであったが、これといって特徴がない。その髪の色はここらでは標準的な金髪――、そして瞳は碧眼。頭にテンガロンハット――、カウボーイハットをかぶり、そして茶色の革のジャケットを身に着けている姿は、まさしく別世界におけるカウボーイそのもののいで立ちであった。そんな彼は、のんきな笑顔を張り付けながら、のんきな雰囲気で手を挙げながら少年の下へと歩いてきた。

 その様子に、荒くれのアビスダイバーたちはあっけに取られたような表情を浮かべる。だが、すぐに気を取り直したようにリーダー格の男は、その手に握った剣をそのアークに向けて突き付けた。


「テメエは何モンだぁ……?」

「俺かい? 俺はアークってんだが。まあ覚えなくてもいいぞ……」

「なに……? それはどういう意味だ?」

「そのままの意味さ。お前らみたいな馬鹿には俺の名前を覚えられないだろ――てことさ」

「ああ!? 舐めてんじゃねぇぞ!!」


 その言葉と共に、リーダーは手にした剣を横凪に振るう。その瞬間、アークは素早くその身を屈めて避けて見せた。

 

「!」

 

 それは平和な島の人間にはあるまじき戦士の動きである。剣を振るった男は驚きの目でアークを見た。

 

「ふーん……、その剣、回転式霊薬チェンバー――、回転弾倉式魔導武器(リボルビングエレメンタルウェポン)か? なかなかいい武器持ってるね?」

 

 アークは笑顔でそう男に向かって言う。その余裕綽々な態度に、男のこめかみに青筋が浮かぶ。

 

「なめてんのか?! このクソガキが!!」


 その怒号に、アークは肩をすくめる。

 

「いやいや、別に。ただ――」


 その刹那、そのアークの右手が閃く。

 

「とっとと五星武技(エレメンタルアーツ)を使った方が身のためだぜ――と思ってな?」

 

 次の瞬間、その手にいつの間にか握られたリボルバー式の拳銃が、男の目の前で火を吹き、銃口からは煙が立ち上っていた。

 

「なっ!!」

 

 男はそれを見て驚きの声を上げる。――それはあまりに素早い抜き撃ち。

 男の髪の毛が宙を舞い、ちょうど頭のてっぺんが薄く禿げてしまっていた。

 

「あ……ああ?!」

 

 その衝撃に一瞬、呆然とする男。だが、すぐにその怒りに顔を歪ませると、剣を握る腕に力を入れる。


「テメエ――、殺してやるッ!!」


 その言葉と共に、男はその剣を大きく振り上げる。――男は指でトリガーを引いた。

 その瞬間、回転弾倉が回転し、撃鉄が霊薬カートリッジを叩く。素早く霊薬が発火し――、霊薬が発する魔力が魔芯(エレメント)へと充填された。


[Release code:Limit Break]


「はあ!!」


 男の動きが常人では目視できないほどになって、その剣線が閃光と化して奔る。――それは、もはや常人では避けられるわけがないほどの高速剣であった。


「アークにいちゃん!」


 キッド少年が思わず心配そうに叫ぶ。それもそのハズ――、さすがのアークであっても、明確な五星武技を避けることなど不可能だからである。

 しかし――、アークは顔に笑顔を張り付けたままであった。


 ドン!!


 その衝撃波で地面が砕け土煙が上がる。その向こうには一刀両断されたアークが――。


「危ないじゃないよ……。アーク」

「ははは……。まあ結果オーライ」


何処からか少女の声がする。その言葉に答えるアークは、一刀両断にもされずその場に立っていた。


「な?!」


 さすがの男は驚きで目を見開く。今の一撃がアークには効かなかったからである。


「てめえ? なんで」

「まあ――、頭に血が上りやすい馬鹿は扱いやすいってことさ」


 アークはそのまま手にした拳銃の銃口を空に向けて――、そして引き金を引いた。

 その瞬間、撃鉄が拳銃内――、霊薬チェンバーの霊薬カートリッジを打撃する。そのまま着火した霊薬の魔力が弾頭である深紅の魔芯(エレメント)へと充填され――。


[Release code:Homing Bullet]


 その弾丸は空へと撃ちあがった後、そのままUターンして帰り、男が手にする魔導武器の回転弾倉を正確に撃ち抜いた。


「あが!!」


 いきなりの衝撃にその手の武器をほおりだして尻もちをつく男。


「なあ……、これ以上トラブルを起こすと。どうなるかわからんぜ?」


 そう言って笑うアークの目は――、全く笑ってはいなかった。


「う……」


 男の背後にいる仲間たちは。さすがに引いた表情でアークを見る。

 そして、しりもちをつく仲間の腕をとると――、


「行こうぜ――、これ以上は不味い」

「く……でも」

「俺たちは……、こんな殺し合いをするために来たんじゃないだろ?」


 さすがに――、仲間にそう言われた男は、その場にほおりだされた自身の壊れた魔導武器を手にすると、一瞬アークを睨んだ後、鉄騎馬にまたがってその場を後にした。


「アークにいちゃん!」


 キッド少年が喜びの表情でアークを見る。アークは変わらぬ笑顔で親指を立ててサムズアップしたのであった。


 その光景を家の陰で見つめる少女がいた。アークと同じ金髪碧眼のその少女は、魔導学者の証である魔導杖を手に、ただ呆れたふうでため息をついた。

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