終 自由席の車窓から

「この席でいいかな」

 自由席車両に入ると、俺は適当に選んだ左手窓側の席に座った。荷物棚に荷物を置いてから、背もたれを倒す。座席に体を完全に預けると、自然と吐息が漏れた。


  十四時八分、俺を乗せた特急「サンダーバード」24号は定刻通りに福井駅一番線を出発した。終点大阪には約二時間後の十六時四分に到着する。


(思わぬ一日になったけど、楽しかったな)


 俺は窓枠に肘をついて、外を見た。隣には、開業を控える北陸新幹線の線路がある。


 北陸新幹線は三月十六日により、石川県金沢市にある金沢駅から福井を代表する港町、敦賀まで延伸される。東京と福井が、一本の線路で繋がることになる。


 もう今すぐにでも新幹線が走れそうな高架線を見ながら、俺は由芽子さんと歩きながら話したことを思い出した。ヨーロッパ軒でお昼を食べ、福井駅へ戻るその道中のことだ。


 由芽子さんは、通っている大学で地方創生ちほうそうせいを研究するゼミに参加していると言っていた。

「地方創生って、都市と地方の経済の格差をなくすことを目的とした国の政策のことなんだけどね。『北陸新幹線が開業したら福井はどうなるのか』、こういうテーマで今、色々とみんなで研究しているの」


 福井の街は新幹線開業で湧いていた。


 駅前には新しい高層マンションや商業施設の建設が行われていたりと、初めて訪れた俺でも分かるぐらい、開業に向けての準備が進んでいる。


「きっと、新幹線が開業したら、今以上に盛り上がって、観光客も増えるんでしょうね」


「東京や埼玉に住んでいる人は、今まで福井までのアクセスが不便だったけど、それが新幹線一本で来ることができるようになるからね」

 でもね、由芽子さんは続けた。「実は新幹線が伸びることで心配されていることもあるの」

「心配されていること、ですか?」


「そう。実は、新幹線延伸によって、関西からのアクセスがちょっと不便になるの」

 新幹線が延伸すると、関西と北陸を結んでいたサンダーバードは敦賀駅止まりとなり、そこからは新幹線への乗り換えが必要となる。時間は短縮されるものの、料金もその分高くなってしまう。


「だから、今まで観光に来てくれていた関西圏の人たちが離れてしまうんじゃないか。この問題をどうするのかって、色々議論しているんだよね」


「由芽子さんは、どう思っているんですか?」

 俺が尋ねると、少し間を置いてから、

「新幹線が通ることは、福井県民の長年の夢、だった。実際、新しく新幹線の駅ができる町はどこも盛り上がってるし、みんな期待してる。私も新幹線ができて嬉しいし、この生まれ育った街がもっともっと発展していって欲しいって思う。だけど、同時に、さっき話したような不安も感じてる。

 でも、正直、そういうのってあんまり関係ないんじゃないかな。だって、今色んな心配をしているけど、結局ただの予想にしかすぎないわけだし。どうすればこの街がさらにより良いものになるのか、創っていくのは、これからの未来を生きる私たち一人ひとりなんだから」


 あの時の由芽子さんの目は、キラキラしていたな。本当に地元のことを愛しているんだ、俺は強く感じた。

 

 わざわざ改札のところまで見送ってもらえ、お互いにインスタのアカウントをフォローした。


「新幹線が開業したら、また福井に遊びに来てよ」

 由芽子さんは手を振りながら言った。「今度は、恐竜博物館とか、東尋坊とか、色んな場所を案内するから」


 列車は足羽川あすわがわを渡る。堤防にいくつもの桜の木が見える。ここの桜は本当に綺麗だと、由芽子さんは写真を見せて教えてくれた。次の春、ここの桜は鮮やかな桃色を新幹線の車窓から見せてくれることだろう。

 


  了

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