僕は真っすぐに運転出来ない ―― 始まりの輝き
@McCoy
1
大学二年の夏、僕は、ハルと再会した。
再会と言ってもそれは単に偶然の巡り合わせだった。日が落ちかけた頃、新宿駅近くにある歩道橋から真下の線路を行き交う電車をじっと見つめていた僕の背中に、ハルが声をかけてきたのだ。
「川島じゃん」
「えっ」
びくりと振り返った。そこに、やたら光沢のある細身のスーツを着たどう見てもホストの男が立っていたから、再びびっくりした。明るい色の髪に複数のピアス。チャラ男の顔をまじまじと見、そして思い至った。
「えっと……あれ?もしかして、坂崎君?」
と言っても、坂崎とはクラスが一緒になったことはなくて、かろうじて顔見知りくらいの間柄だった。通っていた区立中は僕が三年になる時に他校と統合され、坂崎は、廃校になり合流してきた方の生徒だったから。
背が高く、日に焼けた爽やかなサッカー少年で、クラスの中心人物だった坂崎の変貌ぶりに、僕は、心底驚いて目をみはった。
「何してんだよ、こんなとこで」
「え、あ、ああ。あの、電車を見てて」
えぇ?と、坂崎は手入れされた眉を怪訝そうに上げた。背負っていたボディバッグの位置を直すフリをして、僕は、フェンスにかけたままだった右手を下ろす。
「小学生かよ……。何、大学の帰り?あ、聞いたぜ、お前、〇大行ってるんだって?すげーじゃん!さすがだわ。中学ん時から、頭良かったもんな」
「まだ夏休み中だよ。来週から後期が始まる」
「へえー。そーなんだー」
振ってきた割に興味なさげに相槌を打ち、両手を上げてふわぁーぁと伸びをした坂崎は、ふと僕の顔に目を留め、きょとんとして静止した。手を下ろし、首を捻り、顔を近付ける。しげしげと覗き込む。
「何?」
問いには答えぬまま、坂崎は顎に手を添えた。何やら考え込んでいる。と、一歩下がって、僕の全身を指アングルに収め始めた。角度を変えてひとしきり見回す。はいはいはい、とテンション高く一人合点をしてから、キリリと真顔を作って僕を見た。
「――なあ川島。お前、この後暇?」
「え?」
「暇だな」
「……え、は?」
「暇だよな」
「え、ちょ……何?」
圧にたじろぎながらも聞き返す。坂崎は、じれったそうに舌打ちをした。
「だぁからね?今・夜・時・間・あ・る・か、って聞いてんの。別に、無理強いしないぜ?――で?どうなの。暇?」
1分前まで想像だにしなかった展開だ。ホスト風の男に、今夜暇かと詰め寄られている。リスクしか感じられないその状況下で、僕は、何故だかわからないけれど、正直に答えていた。
「暇と言うか……特に、予定はないけど」
っし!っしゃ!と横を向いてガッツポーズをとった坂崎は、エヘン、と咳払いして取り繕い、こちらに向き直って、ニッと笑った。
「いーねいいねえ。んじゃさ、川島、ちょっと付き合ってよ」
「ん、え?どこに?」
「いーからいーから。ついて来なって」
僕の背に手を回し、押し出すようにして歩き出す様子は、完全に歌舞伎町の客引きだ。が、胡散臭い言動には同時に、妙な無邪気さがあって、小心者の僕でさえ強い警戒感を覚えない。
(悪い奴じゃない。……多分)
かなり戸惑いながらも、意を決して、坂崎についていくことにする。
「何?どこ行くの?説明してよ」
歩きながら投げかけたごく真っ当な言い分に、んー?と生返事をした坂崎は、しばらく進んだ先の赤信号で、足を止め僕を見た。またしても、真顔だ。
「川島」
真面目な調子で迫られ、焦る。
「え?」
「お前さ」
「何?」
「――女装って、どう思う?」
「……………………はい……?」
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