第13話 なんでケンカになるの!

 期末テストも打ち上げも終わり、本格的に文献調査の続きに取りかかるべく、ダグラスの特訓が翌日の午後から再開された。六月の最後の土曜日のことである。


「あれ? 今日が土曜ってことは、明日には倒しに行かなきゃいけないってこと?」

「そうなるな」


 優貴の疑問に答えたのはインティスだった。いつもは月曜から金曜の五日間で特訓し、土曜に討伐、日曜に次の部屋の様子を見に行く、という流れだった。

 今回は期末テストと打ち上げで金曜までを使ってしまったので、もう土日しか残っていないのだ。文献の解読も終わっているから、これ以上討伐の日は延ばせない。


「次の部屋の守護獣は、前に一度戦ったから大丈夫だろ」

「そ、そうだけど……あの犬みたいなやつ……」


 テスト期間に入る直前の日曜日に入った文献調査が、その犬のような守護獣が現れた部屋だった。考えてみるともう二十日も前の出来事なんて信じられない。

 黒くて大きな犬、というのが高校生三人の率直な感想だった。大きいくせに素早くて、炎の塊を吐いて飛ばして来たり、すぐ噛みついて来ようとするので一度退却したのである。

 どんなやつだったかはもうダグラスに伝えてある、とインティスは言ったが、果たして勝算はあるのだろうか。


「明日討伐に行くとも言ってあるから、今日一日で何とかしてくれると思うよ」

「ほんとかなぁ……」


 動きすぎて筋肉痛になるのだけは嫌だと思いながら、優貴は特訓の場である薬屋の二階の大部屋へ向かった。



    ◇



「だ! か! ら! どうしてすぐ右に行くのよ! 左って言ったじゃん!」

「ご、ごめん……」

「暁も!」

「るせぇな! てめーが勝手に左って決めてるだけだろ!」

「はぁ!?」


 ダグラスの提案で、ことみが水の魔法による炎対策をしていた。優貴や暁の頭上から、それぞれの足元まで水の膜を張るというものだ。

 最初は手元で手のひらくらいの大きさの膜を作るところから始まり、そこから一時間もしないうちにヒトの身長以上の大きさまで作れるようになった。

 問題はその膜を思い通りの場所に、かつ二人の動きに合わせて瞬時に作れるかということだった。もう二時間繰り返しているが、まだまだ失敗することの方が多い。


「コトミ、もう少し膜を早く出せるようにしろ。それから、帰るまでにあの二人が隠れるくらいの霧を出せるようにしておけ」

「えー!?」

「膜の応用みたいなもんだ。できるだろ」


 ダグラスはことみにそう言うと、優貴と暁の方へ向き直った。


「さて、お前らにはまた別の対策をしないとな」

「別の対策?」


 優貴が首を傾げる。


「そうだ、そのでかい犬とやらは実際に襲って来るんだろ? 噛みつかれでもしたら怪我は免れない」

「そ、そっか……」


 普通の犬に噛まれたって痛いのに、自分の身長以上もある犬に噛まれたものなら、腕をもぎ取られてしまうかもしれない。


「試しに、俺がゆっくり距離を詰めてお前らの腕を掴んでみせるから、掴まれる前に避けてみろ」

「は、はい」


 犬の噛みつき攻撃対策だ。一歩ずつ近づいてくるダグラスを避ければいいだけである。

 と思ったのに、優貴はあっさりとダグラスの一歩目で、暁は粘ったものの八歩目で腕を掴まれた。


「……まだまだだな」

「うぅ……」


 その後何度か練習を重ね、ようやく五〜六歩目までは避けられるようになってきた。

 だが、続けてかかって来られるとどうしても負けてしまう。それは暁も同じだった。優貴よりも回数は多く避けられるが、やはり最後には捕まってしまう。


「よし、コトミ、こっちに合流しろ」

「え? いいけど……」


 ダグラスに呼ばれたことみが、霧の魔法の練習を中断させた。

 そして、三人へダグラスが指示を出す。


「よし、俺がさっきと同じようにお前ら二人を狙うから避けろ。コトミは二人が止まったところに膜を張れ。場所がずれたりして失敗したら、霧であいつらを隠せ、いいな」

「ええ……?」

「……わかったわ」

「…………」


 優貴が自信なさげなのはさておき、ことみと暁が頷くと、ダグラスはすぐに行動に出た。

 自分たちよりも遙かに重そうな鎧を身につけているのに、その動きは速かった。しかも捉えどころがない。彼が狙っている腕が右なのか左なのか、ぎりぎりまで見据えなければ避けられないのだ。

 結果はそれはもう惨憺たるものだった。

 優貴はダグラスの動きに引っ張られてすぐに捕まり、暁は何とかかわせるものの、その着地点とことみの水の膜がどうしてもずれてしまう。そして、言われた通りに霧を発生させようとしても、急ごうとするあまり思った通りの濃さにならないのだ。


「あーもう全然だめ! 優貴! あんた何でそんなにすぐ捕まるの!?」

「あ、あの……」


 さっきよりもかわすのが難しくなってて、と言いたいのだが、更に怒られそうで言えない。

 それに、文献調査の時に守護獣と戦った時は体が軽いと思っていたのに、今は全然そういうことがない。あれはやはり気のせいだったのだろうか。


「暁も! もうちょっと速く避けられないの!?」

「できるんならやってら。てめーこそ、マトモな霧出せねえんなら最初からやるな」

「あたしは速く避けてって言ってんの!」

「だからできるんならやってるっつってんだろ! いちいちうるせーんだよ!」

「うるさいのはどっちよ!」

「うわぁぁ……」


 優貴には温度が高すぎて、二人の喧嘩には到底割って入れなかった。

 隣のダグラスを見上げると、腕を組んでにやにやしながら見物している。


「ダグラス、止めないの……?」

「たまにはいいんじゃねぇか、こういうのも」

「そんなぁ……」


 決戦は明日だ。不安しかない。

 しばらくして双方の怒りは鎮火したものの、特訓を再開するとまた爆発した。それに巻き込まれる自分。

 既に足下からは筋肉痛が始まっていた。



    ◇



 日本の自室に戻ってから、優貴は母親に、明日用事があることを伝えた。

 当日の朝になって、また祖母の家に行くと言わせないための予防策だ。相変わらず土日のどちらかで片付けをしているらしく、今日はそういった様子がなかったので、明日声がかかる可能性が高い。

 前回祖母の家に連れて行かれた時は、掃除とは何たるかを一から教えられた。この調子だと、次に行ったらほうきの持ち方から教えられそうな気がする。そんなこと学校で当番が回ってくるからわかっているのに。




 ことみと暁は終始喧嘩ばかりだったが大丈夫なのだろうか。

 大きな不安要素を抱えたまま、とうとう翌日を迎えた。

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