第12話 水面下の動向・後編

 ゼラン家の男は、ダグラスの部屋に入るなり、早速質問をぶつけてきた。


「王子の呪いのことだ。あいつに王位の継承権があるなら、呪いにかかっているはずだろう。何か知らないか」


 開けた扉を閉め、ダグラスが溜息をつく。

 確かに、十二歳になると正式な王位継承者となる儀式を行うが、そこからこれまでの五年間、王子はいかなる時も人前に姿を現すことはなかった。

 それはもちろん、呪いによって若返ってしまう事実を伏せることが目的だ。だから、王子の状況について、外見すらわからないというのが当たり前になっている。


「お前、フェレナードと話したことがあるだろう。あいつから聞けばいい」


 ダグラスが軽くあしらうと、フードを脱いだゼラン家の男がむっとしたように睨んだ。

 まだ若く、年は二十代前半で、長い真っ直ぐな黒髪と意志の強い黒い目が印象的だ。


「確かに話をしたことはある。どこだったかは忘れたが、田舎から出てきたと聞いた。私は平民に用はない。それに、いつもろくに話せない異国の人間を連れ歩いて、気味が悪い」


 眉を顰め、男は吐き捨てるように言った。

 ダグラスは目を細める。連れ歩いている異国の人間とは恐らくインティスのことだ。ろくに話せないのではなく、あえて他者と交流を持たないでいることに、彼は気付いていない。


「俺は塔周りの警護しかせんが……万が一、王子に何かあって継承権がお前に移ったとして、お前は王家の呪いに耐える覚悟があるのか?」


 ダグラスは興味本位で聞いてみたが、男は胸を張って頷いて見せた。


「当たり前だ。過去に何人も呪いで命を落としているらしいが、私にその呪いをかけようものなら、世界中からまじない師を集めて解かせてみせる」

「ほー……」


 聞いているのは対策ではなく心構えの有無だったのだが、内容の薄い回答に思わずダグラスの相槌が棒読みになってしまった。


「……悪いが、俺には王子の容態については情報が下りてこない」


 警護を担当する師団長が王子との接点がないということは有り得ない。実際、塔の上階の王子の部屋に出入りするのは当たり前だし、何度も彼を抱っこしているわけだが、その情報は面倒事の火種にしかならないと判断する。

 ダグラスは言い切ると、男を追い出すために扉の方へ向かおうとしたが、男はその腕を掴み、食ってかかる。


「死期が近いかどうかだけでもいいんだ。わからないか」

「そういうことには関知しない」

「そう言うな。なあ、王子が死ぬようなことがあれば、お前は私を守ることになるんだぞ?」

「……その予測の仕方は好かんな」


 ダグラスは眉を顰めたが、男はその表情の変化にも気付いた様子はなく、更に畳みかけてくる。


「ゼラン家として、お前を迎えるためならある程度の身分も用意できると言ってるんだ。他に望むことがあれば、それも叶えよう」


 ダグラスは思わず漏れそうになる溜息を飲み込んだ。自分を侯爵として迎えようと言ってきたコルトラン家といい、詰まるところ、結局そういう話になっていくのだ。


「わかったわかった。とりあえず考えさせてくれ」


 早口でやりすごし、ダグラスは扉を開けて、男に出て行くよう促した。


「何かあれば言ってくれ、すぐに使いを寄越す」


 男はすぐに回答を聞き出せずに不満そうだったが、去り際にそれだけ残して部屋を後にした。

 どいつもこいつも、考えることは皆同じのようだ。王位の継承権と、一族の繁栄、それから地位。

 子供の頃、家族の命と引き換えに脳裏に刻まれた内紛の記憶。その首謀者連中と、今自分の周りで騒いでいる貴族共はまるで同じだ。奴らは自分たちの一族の繁栄ために動き、それらを統率したり牽引する者はいない。皆我先にと好き勝手で、傍から見ていればただの足の引っ張り合いだ。

 ……うんざりする。

 何度目かの溜息は、静寂の中に消えていった。



    ◇



 六月最終週の金曜日、ようやく期末テストが終わった。

 その日の放課後から、以前のように薬屋の二階の大部屋でダグラスとの特訓が予定されていた。

 だが、夕方だった集合時間よりも一時間も早く、フェレナードの部屋の奥にある魔法陣の起動する音が聞こえた。


「……何だ?」


 フェレナードは眉を顰め、開いていた箱や文献を咄嗟に閉じた。深海のような深い青色の布で仕切られた狭い作業スペースから応接室に出たが、誰もいない。

 だが少しして、魔法陣の方向からがやがやと数名の話し声が聞こえ始め、現れたのは高校生三人とインティスだった。


「ごめん、勢いに負けた……」

「え?」

「テスト終わったから! 打ち上げしよ!」


 事態を飲み込めないフェレナードに、誰よりも早く用件を言ったのはことみだった。その手には、学校帰りに買って来たらしい細長い箱。真ん中に穴のあいた丸いお菓子が描かれたそのカラフルな箱は、フェレナードには見覚えがあった。以前フードコートで、同じ箱を持って歩いている人間を何人も見たことがある。

 後ろには暁と優貴が大きな袋を持っていて、ペットボトルの飲み物や簡易的な紙食器が入っているようだ。


「打ち上げを? ここで?」

「そう! ここだったら王子も来やすいでしょ?」

「王子も呼ぶの?」

「そうよ。インティス、呼んで来て!」


 フェレナードとインティスの質問にことみは次々と答え、指示まで出し始めた。

 インティスは怪訝な顔でフェレナードを見たが、同じ城内ということもあり、ことみの指示は受け入れられることになった。



    ◇



「わーすごい! これ何? どうしたの?」


 フェレナードの部屋の、応接用に使っているテーブルに広げられた色とりどりのドーナツを見て、王子は嬉しそうにことみに尋ねた。


「テストが終わったから、打ち上げよ」

「お菓子?」

「みたいなもんね、ドーナツって言うのよ。ねえ、二人も食べるでしょ?」


 ことみがインティスとフェレナードに声をかけると、インティスが遠慮がちに手を振った。


「俺はいいよ。フェレにやって」

「え?」


 インティスに急に話題を向けられ、フェレナードは一瞬慌てたようだった。


「見たことはあるけど食べたことはないって言ってたじゃん」

「いや、言ったけど、結構前……」

「ほんと? 食べる? じゃあ甘さ控えめに見えるやつにしとくね」


 ことみはそう言って、賑やかな模様の入った紙皿にドーナツを二つ乗せて渡してきた。

 甘さ控えめはあくまでも女子高生の判断なので、きちんとホイップクリームが挟まっていたり、チョコがかかっていたりする。


「インティスの分はおかわり用にするわ。優貴、あんたはドーナツ食べられるでしょ」

「う、うん……」

「暁は? 全然イメージないけど」


 優貴はまだ暁の雰囲気が怖くて声をかけづらいと思っているが、物怖じせずに仕切ることみはすごいなと正直感心した。


「食える」

「あっそ、じゃあ適当に持ってってよ」


 柄付きの紙コップに手際よくジュースを入れて配り、全員を巻き込んで乾杯した。

 王子は初めて食べるドーナツが気に入ったようで、インティスの分はそのまま王子のものになった。あんな小さな体に、ドーナツが四個も入る胃が収納されているのだから信じられない。

 優貴にとって意外だったのは、暁もフェレナードも甘いものが苦手そうに見えて、そうではなかったということだ。暁は食べるのが早くて、王子が一個完食する頃には、暁の紙皿は何もなくなっていた。フェレナードはことみにどこで買ったのかを聞いていたから、そのうち買いに行こうとでも思っているのだろうか。

 ペットボトル七本の飲み物と合計十二個のドーナツは、王子を中心に談笑しながらあっという間になくなった。

 途中、特訓の時間になってダグラスが来たが、わけを話すとこれもまた意外に容認してくれて、特訓は明日ということにして城に戻って行った。

 後でインティスから聞いたが、みんな楽しそうにしてたので邪魔したら悪いと思ったのだそうだ。確かに、王子もそうだがフェレナードやインティスまで揃うことはあまりないかもしれない。

 必要経費は暁やことみと割り勘だったけれど、優貴は出資して良かったと思った。

 普段と違うことをしたおかげで、それまで知らなかった面が見えたからだ。今までで一番会話が成立していたし、暁やことみとも仲良くなれた。



 だが、それは気のせいだったのかもしれないと、次の日になって痛感させられた。

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