第11話 暗記方法:文字数・後編

 フェレナードの話を聞いて、優貴は大まかに公爵家の事情をノートに箇条書きにした。


 ・レグマージア家(王家):国の中心。王子の血筋。

 ・ゼラン家:王家に1番近い。長男を継がせたい。敵。

 ・コルトラン家:王家に2番目に近い。長男を継がせたい。敵。

 ・アルトメリア家:王家に3番目に近い。世継ぎがいない。味方。


「……そうだね、大体合ってる」


 優貴の手元を覗き込んで、フェレナードが頷いた。


「読めるの?」


 優貴は驚いた。自分たちは耳に翻訳機をつけているが、それは耳に入ってくる言葉が精霊の働きで日本語になるだけで、目で見る文字は翻訳されないからだ。

 実際、王子が自室の本をラウンジに持って来ているが、どの本も未知の文字が並んでいて全く読めない。


「多少は読めるさ。じゃないと、君に渡したような本は作れないだろ」

「あそっか……」


 彼から渡された『ネラス・ハール記』の存在を思い出した。今考えると、日本人じゃないのに、読むのに一週間もかかる本を作るというのはなかなかできることではない。

 優貴は自分で書いたノートのまとめを読み直し、ことみと暁にそれを見せながら覚え方を教えた。


「これ、名前の文字数が少ないほど、王家に近いみたいだよ。で、王子の味方は一番文字数が多いところ。後は敵」

「……あー、なるほどね」


 一番王家に近いゼラン家は片仮名三文字、次に近いコルトラン家は五文字、そして、一番遠いアルトメリアが六文字。味方は六文字のところ、というわけだ。

 視覚的に文字数を見て、ことみは納得したようだった。暁も特に首を捻っている様子はない。作戦成功だ。


「その覚え方は面白いね、ユウキは暗記が得意とか?」

「いやぁ……」


 覚え方を編み出せても、暗記が得意かどうかと言われると胸を張れない。中学の時、水素はH、ヘリウムはHeといった元素記号を覚えるのに苦労したのを思い出した。水兵リーベの語呂合わせ自体は覚えても、結局記号が思い出せないのだった。



    ◇



 夕食の時間になると言って、高校生たちはそれぞれ自分の世界の自分の家に帰って行った。


「……大丈夫?」


 立ち上がるフェレナードに、インティスが声をかけた。彼がここに来た時から、顔色が悪いのはわかっていた。


「…………」


 珍しく、フェレナードが答えない。


「……何かあった?」


 そう聞かれて、ようやく困ったように笑う。


「……ちょっとね」


 フェレナードが返す力ない笑顔に、だから日頃の生活がと言わんばかりのインティスを制して、フェレナードが続ける。


「……解読できた内容がさ、あまり良くなくて」

「そっちか……かなり調子悪い?」

「…………」


 沈黙は肯定だ。インティスは眉を顰めた。フェレナードは子供の頃から、負の思考が体調に影響する体質だと本人から聞かされたことがあった。幻覚や幻聴となって現れるらしいが、それは魔法を扱う才能に結びついていて、魔法を使う限り一生付き合っていかなければならない。確かに、文献の調査を始めてから変なものを見たり聞いたりすると言うことはあった。

 けれどその内容を明確に言わないのは、王家に関する調べ物は機密事項だからだ。

 万が一どこかに漏れて、代々続く血筋が脅かされるようなことはあってはならない。

 それに、詳細を聞いたとしても複数の家が絡んでいるだろうから、自分には内容が難しくて理解できない可能性もある。

 そこをわざわざ理解できるよう彼に説明させるのも申し訳ないと思い、あえて聞かないでいた。


「……今夜は早めに寝よう。夕食は出さないよう言っておくから」


 インティスはそう言って、二階の魔法陣の部屋へ行くよう促した。

 が、彼は動かない。


「……フェレ?」


 銀の髪の下で、眉は顰められたまま、目線が上がって来ない。

 そしてしばらくの沈黙の後、絞り出すように呟いた。

 その目には最悪の事態が幻として映っているのか、視線は足元の一点に縫い留められている。


「……インティス、もし王子が……」

「部屋に戻るって言ってるだろ!」


 良くない推測を察して打ち消すように、インティスが怒鳴った。


「……厨房が間に合わなくなる。早く」

「…………」


 インティスに睨まれ、息を吐いて肩掛けを羽織りなおす。

 そうして、ようやく薬屋から人の気配がなくなった。



    ◇



 深夜、日付が変わる頃。

 城の一角のとある扉を控えめに叩く音が聞こえた。

 静けさの中、その音は小さくても部屋の主には届いたようだ。

 少しして、分厚い扉が内側から開けられた。


「……何の用だ」


 部屋の主は低い声でそれだけ言ったが、訪ねて来た方はほっとしたようにかぶっていたフードを外した。


「ダグラス……良かった、いたんだね」

「……ここには顔を出すなと言っただろ」


 部屋の主であるダグラスの忠告を無視して、訪ねて来た男は部屋の中に滑り込んだ。


「アルトメリアの当主がこんなところにいると知られたら、ゼランとコルトランも黙ってないぞ」

「あの両家はせいぜい潰し合いをしていてくれればと思うよ。アディレス王子には、うちに世継ぎができるまでは生きていてもらわないと困るんだ」


 部屋の明かりの下で、背丈はダグラスには届かないが、歳はダグラスよりもずっと上に見える。褪せた金髪は短く、刻まれた皺が彼自身を臆病そうに見せていた。


「君がこの自室にいるということは、王子は安全ということだ。何かあれば、王子を守る近衛師団の君は必ず塔に召集されているだろうからね」

「言いたいことはそれだけか。いいから早く帰れ」

「僕は確認しに来たんだよ。直接、君に。……そのまま王子を守ってくれ。今は我がアルトメリア家に世継ぎはいないが、王子が無事即位する頃には用意できているはずだ。その時には、他の二家の当主はおいぼれになっているだろうさ」

「ああ、わかったわかった」


 ダグラスは二つ返事でアルトメリア家の当主を部屋から追い出した。厄介ごとは避けたいダグラスにとって、家同士の継承権争いに巻き込まれるのはごめんだった。



    ◇



 次の日の深夜。昨夜とは違う男が、ダグラスの部屋の扉を叩いた。

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