第9話 救済は償い・後編
「コトミのお部屋は久しぶりだわ」
「そうだね。あたしは親に友達のとこに泊まって来るって言って来たけど、ローザは大丈夫?」
「大丈夫よ。本来外泊は許されてないんだけど、同じ調査をしてる女の子と話をしたいって言ったら許可してくれたわ」
「よかった!」
ことみは嬉しそうに声を上げると、部屋に備え付けてある机と椅子を動かし始めた。ベッドの前に置けば、向かい合わせで座ることができる。
これまでも何度かローザがこの部屋に遊びに来たことはあり、魔法を教えてもらったりお喋りに花を咲かせたりしたが、彼女が親から文献調査に協力する許可を取り、堂々とここに出入りできるようになったと聞いたので、泊まりで女子会を決行することにしたのだ。
「じゃあ……この間約束してたマニキュアを塗ろうか。何色か持ってきたけど、どれがいい?」
「わあ……綺麗」
塗った後は剥がせるタイプのもので、彼女なら普段着の色使いから暖色系のピンク系や紫を選ぶだろうと思っていたのだが、意外にも選んだのは薄い水色だった。
「あっ……」
ことみは気付いた。理由を聞かなくてもわかる。
それはフェレナードの髪の色に似ていた。
◇
テーブルに置いたローザの細い指の、小指側から順に水色のマニキュアを塗っていく。
「なんかいいなぁ……」
ローザが思いを寄せる相手の髪色に指先を染めながら、ことみは思わず呟いていた。
クラスで黄色い声を上げながら恋愛話に花を咲かせるのとは違う、ひたむきで一途な恋心。
「そうかしら。そうでもないのよ」
「え?」
片手の親指まで塗り終わってことみが顔を上げると、ローザが困った顔で笑っていた。
「昨日の夜にね……」
「えぇ?」
ことみはローザから、昨夜の出来事を聞いた。
落ち着いた時間に二人きりになれればと思って、作っておいた源石を薬屋に持って行ったこと。
とはいえ、これだけを渡すのにわざわざ城から来てもらうのも悪いと思っていたら、同じ一階の奥から扉越しに話し声がしたこと。
そこから漏れ聞こえたのは、指先の髪色の彼が、ローザを魔法学院の一生徒としか見ていなさそうということ。
「フェレが? ローザを? そんな風には見えないんだけどなぁ……」
椅子側に座っていることみが首を傾げた。ローザに向けるフェレナードの視線は、それほど事務的だっただろうか。
鶏戦の前にローザがインティスにフェレナード宛ての源石を託していたが、本当は昨日渡すはずのものだったのだ。
「どうなのかしらね……」
水色の上から、保護用の透明なマニキュアを重ねて塗っていることみの手元を眺めながら、ローザは溜息をついた。
「……ローザ?」
「今となっては、何が偶然だったのかわからないわ」
「どういうこと?」
遠い目をするローザに、ことみは聞いてみた。
「……彼と出会ったのは、私は偶然だと思ってるの。もう十年くらい前になるけど、中央通りで転んで怪我をしたのを、たまたま居合わせた彼が魔法で治してくれたのよ」
当時のフェレナードがどうだったかはことみには全く想像できないが、少女漫画のイントロのような話だ。
「魔法で怪我を治すことができるって初めて知って、それから私は魔法学院を目指すようになったの。でも、父を説得しようとして喧嘩になってしまって……」
剣術に長けた兄が近衛師団にいるが、自分は剣を持てないから魔法しかない、だが父親は、そんなことをする必要などないと言う。そのやり取りを魔法学院の門の前で繰り返しているところにフェレナードがふっと現れ、さり気なくローザの説得を後押ししてくれたのだ。
「転んだ怪我を治してもらってから一年くらい経ってたけど、すぐ彼だとわかったの。でもその時の私は突然のことで気が動転してて、何を言われたか覚えてないんだけど、多分学院に入ってくれれば魔法の指導はきちんとします、みたいなことを言ってくれたんだと思うわ」
「へぇ〜」
かくして無事ローザは魔法学院に入ることができたのだった。
講師は使う魔法の種類によって違ったが、わからないところはフェレナードを探して聞くようにした。彼が通る廊下は大体把握していたくらいだ。彼は質問にいつも丁寧に答えてくれた。
「それでもただの生徒扱いって言うの?」
「ええ……後で他の生徒から聞いたんだけど、あの人あちこちで男女関係なくそういう勧誘をしてたみたい。魔法学院はなかなか入ってくる人が少ないって聞いたわ」
「うわ……」
さすがにその勧誘はあざといなとことみは思ったが、ローザは昔を振り返るように目を細めながら言った。
「でも、たとえ彼には通りがかりのついでだったとしても、私にとってはその偶然が運命の出会いだったのよ。何とか私の存在を知って欲しくて色々質問しに行って……そしたら、今回の調査で声をかけてもらったの」
「なるほどね……」
恋は盲目、という現象が、今まさに目の前で起こっているとことみは思った。
「今までフェレのように王家の呪いに立ち向かった人はいなかったんですって。王子のために、誰も成し遂げたことのないことをしようとしてるのはすごいことだと思うわ。……だからせめて、できる限りお手伝いをしたいのよ」
恋は盲目ながらも、単に彼に気に入られたいから協力しているというのではないと知って、ことみは彼女の人間性に安心した。
「うまくいくといいね」
「ありがとう。……で、ことみはどうなの?」
「は?」
突然話を振られ、ことみは開けっぱなしのマニキュアを倒しそうになった。
「だって、アカツキとユウキと、二人もいるじゃない」
「違う違う、あの二人とはそんなんじゃないの」
「そうなの?」
「ないない」
ローザの疑問を何度も否定し、ことみは苦笑いした。
恋愛ってなんだろう……思えば周りはそうやって騒いでいるが、自分とは無縁のような気がしていた。
現に中学の頃は陸上部一筋でそれどころではなかったので、高校ではもう少し学校生活を楽しもうと思い、部活には入らなかった。髪も伸ばしてこっそりピアスを開け(親にはバレたが)、毎日登校のついでにコンビニでお菓子を一つ買っていく。
『これでお互い付き合ってるとかだったらびっくりなんだけど!』
『進展したら教えてね〜!』
頭には相変わらずサキの高い声が響く。
ローザと同じ話題のはずなのに、薄っぺらい感じがした。
◇
マニキュアを塗り終わって、ローザは満足そうだった。
その後、コンビニで買ってきたお菓子を二人で食べて、一つしかないベッドで一緒に眠った。誰かと同じベッドで寝るなんて、小学校の時に友達の家に泊まった時以来かもしれない。彼女とは八つも年が離れているのにその差を感じることは全くなく、頼れるかわいい姉ができたような気分だった。
反面、学校での休み時間のやりとりを思い出しては苛々してしまう。甲高くはやし立てるサキの声。
『他に友達いないんじゃない?』
クラスにやってきた優貴を冷めた声でそう言っていたのは、もう一人の友人であるシオリだった。
単純に決めつけられることがこんなに嫌なことだとは思わなかった。そしてそれ以降、彼女たちと話す機会は次第に減っていった。
◇
それから一週間、六月も二週目に入り、期末テストの二週間前となるテスト勉強の期間がやってきた。
ネラスの街を歩いていた暁は、道端に座り込んだ少女に出くわした。
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